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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
19/82

メニュー13 手作りお弁当

「美晴ちゃん、自分でお弁当作ってるんだ?」


 さすが料理倶楽部だね、と涼夏ちゃんが私のお弁当をのぞきこんで言った。


 いやあ、それほどでもないんだよ。本当に作れるものって少なくて、それに手際が悪いから時間がかかるしね。でも練習しなきゃ上手くなれないってことも知った私は、毎日4時起きでお弁当を作る。

 時々本当に「このまま寝ていたい~」って思うときもあるんだけど、初めて朝ごはんに卵焼きとお味噌汁を作った時の母と父の驚いた顔と、その後に見せてくれた笑顔が忘れられなくて、毎日見たくて……。それを続けているうちにふと思ったんだよね。お弁当作ってみようかな、って。


 レパートリーは玉子焼き、青菜のお浸し等々、料理倶楽部で教えてもらった料理をぐるぐるぐる。

 今日のメニューは青菜の煮びたしと人参サラダ。そして、私にとって忌まわしい過去が付きまとう鶏の唐揚げ。

 過去の失敗は繰り返さないと、中までしっかり揚げた結果、表面はキツネ色を通り越して焦げ茶色で中はパサパサな仕上がりになってしまい、またまた失敗。

 どうしてなんだろう。



 硬い唐揚げにガシガシとかじりつくと肉汁もなく香ばしすぎる。

 下味が全く付いていない。なんでだろう。


 斜め前には黙々とサンドイッチを食べる彩子ちゃん。いつも話題が途切れない彼女とのギャップが激しいけれど、事情は察せた。

 涼夏ちゃんとふたりで顔を見合わせて、また黙ったまま自分のお弁当に無言で向かう。


 告白どうだったの? なんて軽い調子で聞けない空気がそこにはあった。聞かなくても彩子ちゃんのこの雰囲気で言わずとも知れた。


 ……友達が失恋したのに、ほっとする私は罪深い。


 友達と同じ人が好き。

 どうやっても何を言っても偽善的になるような気がして、彼女に慰めの言葉を掛けることができない。



「……咲。好きな子がいるんだってさ」


 拗ねたように唇を尖らせて、呟く。ポロンと透明な真珠が頬を伝った。


 ……。

 好きな人が自分を好きとは限らない。恋愛って儘ならないね。


 涼夏ちゃんに肩を抱かれて、ハンカチで顔を覆っている彩子ちゃんがしばらくして顔を上げた。無理に笑っているように口元はぎこちないし、少し目の縁が赤いけど彩子ちゃんはニヤッと笑った。


「咲ったら胸のおっきい子が好きなんだって」

「えーー? そんなこと言ったの?? なにそれサイテー」


 うん、サイテー。


 思わず彩子ちゃんのブレザーを押し上げている胸に目線を移してしまう。


 これの何が不満なんだか。

 女の子の魅力は胸じゃないぞ。


 きっと3人とも同じ事を考えていた。


 男子ってしょうもないわねーって。


 彩子ちゃんがプッと吹き出す。

 涼夏ちゃんもあはあは笑い出す。

 私も呆れてしまって笑いだしてしまった。


「美晴ちゃん、気を付けなよ」

「え?」

「えっ……て、美晴ちゃん狙われてんじゃない?」


 3人の視線が私の胸に集まった。


「や、おっきいってほどじゃ……」

「充分おっきいでしょ! サイズいくつ?」

「え? やだ! ひゃぁん!」


 後ろから回り込まれて彩子ちゃんにムズッと握られてしまった。


「あんたたち、ここ教室だから」


 涼夏ちゃんの声ではっと周りを見回した。衆目を集めていてかなり恥ずかしい。

 もうそこからは真っ赤になって俯いてお弁当に集中しているふりを貫いた。



◆◆◆



「ねぇ、鶏の唐揚げ上手くいかないんだけど、コツとかあるのかなぁ。アジフライと揚げる温度が違うとか?」

「鶏の唐揚げの揚げ方?」

「うん」


 箒を掃く手を止めて、黒板を消している咲くんに相談してみることにした。

 咲くんは、黒板を拭いている手を止めて振り返り、への字口のままで訊き返してきた。


「しっかり中まで火を入れようと思うと黒くなるし、パサパサになるし上手くいかなくて……」

「ちゃんと練習してんだ」


 ふわっと笑った咲くんの手が頭に載せられる。


 ちょっと!

 その手、いま黒板の掃除してなかった!?


「口で説明するよりやって見せた方が早いな。後で家に来いよ」

「え?」


 ドキンと心臓が跳ねる。

 すこし彩子ちゃんの視線が気になった。


「あ、店の方な。今日親父に手伝えって言われててさぁ」

「あ……クリスマス会の買い出しにのりこ部長に召集かけられてる……」

「ならその後で来ればいいじゃん」

「でも、いいの?」


 

 しどろもどろながら返事を返す。

 お手伝いしなきゃいけないのにお邪魔にならないのかな。

 

 そう思って見上げると、咲くんはニッとイタズラっ子のように笑いながら頷いた。




◆◆◆




「ジャガイモ、にんじん、きゅうり~♪ 冬のきゅうりは高いね~」


 買い物メモを見ながらサラダ班みんなで八百屋さんでお買い物。

 【前田青果店】は商店街にある八百屋さんで、ところ狭しと野菜や果物が見世に並んでいる。

 ニュージーランド産のカボチャもあるけど、基本は国産。それも地元産の農家のお野菜の委託販売なども手掛けている。

 春菊、小松菜、ほうれん草。

 葱、白菜、椎茸。

 お鍋でお馴染みの瑞々しい冬の野菜が店先を彩る。


 

「のりこ、ブロッコリーは?」


 ひとつ98円のブロッコリーを手にした京子先輩が声を上げる。


「要る要る」

「ジャガイモはどのくらい買うんですか?」

「3キロほど」

「3キロぉ!?」

「そうだよ~♪ 20人分だもん少ないくらいよ?」


 やいのやいの言いながら買い物かごをお店のおじさんのところに持っていく。


「らっしゃい! のりちゃん、今日はなんだい?」

「前田のおじさんこんにちは。学校の料理倶楽部の買い出しよ。クリスマス会するの」


 威勢のいいおじさんに話しかけられたのりこ部長は、笑顔で応対する。


「そうかい! 学生さんの勉強の為ならおじさんも勉強・・しとくかな」

「前田のおじさんありがとう!!」



 買い物袋を手分けして持つと、随分割り引きしてもらったであろうお代を封筒の中のお金からのりこ部長が支払った。


「有難うございました!!」


 みんなで頭を下げてお礼をいうと、【前田青果店】を後にした。


「じゃあ、京子も美晴ちゃんも隼人くんもお疲れ様でした! 明日のクリスマス会楽しもうね」

「お疲れ様でした~。のりこ、美晴ちゃん、隼人くんまた明日」

「女将、東先輩、渡瀬先輩、お疲れっした」

「のりこ部長、京子先輩、隼人くんお疲れ様でした」


 それぞれ荷物を持って商店街に消えていく。


「さて、」


 見送っていたのりこ部長がくるりと振り向いた。


「美晴ちゃんは【ねこまんま食堂】に寄って行くんだっけ?

「あ、はい」

「面白そうだから付いていこうっと」


 そう笑いながら二人で【ねこまんま食堂】の暖簾をくぐった。









「おう! 来たな。なんだのり姉も一緒か」

「一緒じゃ悪い?」


 夕食には早い時間にも拘わらず、【ねこまんま食堂】の店内には、ご年配のお客様で賑わっていた。

 暖簾をくぐったところで、厨房に立っていた咲くんから声がかかる。のりこ部長が咲くんの言葉に笑顔で噛みついた。

 そっか、学校の外じゃのりこ部長のこと『のり姉』って呼んでるんだ。


「こんにちは、おじゃましま~す」


 ペコリとおじさんとおばさんに挨拶をする。


「せっかく来たんだし、手伝って行こうかな」

 

 紺のエプロンを着けるのりこ部長。

 美晴ちゃんもはい、と同じく紺のエプロンを渡される。

 その後、咲くんに手渡された定食を、のりこ部長の指示で運んだり、おしぼりやお冷やを出したりした。バイトみたいで楽しいかも。






「お待たせしました。赤魚の煮付け定食です」

「ありがとう。大将良かったねぇ、孫の顔を見られる日も近いんじゃない?」


 読んでいた新聞を畳んで脇に置いたお爺さんが、咲くんのお父さんに愉快そうに話し掛けた。


 ま、孫!?




「いやあ、うちの倅はまだまだ嫁を貰うほど甲斐性なくて」

「大将と比べちゃ可哀想だよ」


 ガハガハとお爺さんとおじさんがカウンターのこっちと向こうで笑い合う。


「なんでもね、おじさん、若い頃からあちこち料理の武者修行でひとり旅していたんだって。で、旅先でおばさんと大恋愛の末に結婚したらしいよ」


 こっそりとのりこ部長が耳打ちしてくれた。おばさんを盗み見ると、会話を続けているおじさんとお爺さんの傍らで食器を下げながら恥ずかしそうに微笑んでいる。


「で、大将。この娘さんたちは、どっちがどっちのお嫁さん候補なんだい?」

「そりゃ~、土方のじいさん。のりちゃんは遼の、美晴ちゃんは咲だよ。な?」


 な? って……。

 誰に同意を求めてるんでしょう。


「跡取りが二人かぁ! 楽隠居も夢じゃないね!」

「あー、咲はともかく遼はなぁ、定食屋は継がないんだと」

「そうかい、遼ちゃんは何になりたいんだ。こんな立派な店があるのによぅ」


 おじさんたちの話は遠慮なく続き、厨房の奥にいる咲くんとおばさんが苦笑いしているのを感じた。



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