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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
18/82

メニュー12 アジフライ

「さあ! 今日はアジのフライを作るわよ」


 声高らかにのりこ部長が宣言した。


 季節はもう12月。冬休みを前に料理倶楽部の活動日はもうあと僅か。


 ひとり一匹ずつのアジが配られた。


「今日のテーマは、魚の三枚おろし。フライの衣つけと、揚げ物の基礎ね」


 のりこ部長が魚のさばき方の手順をホワイトボードに書いた後、口頭で説明する。


「……といった手順なんだけど、分からなかったら呼んでね。では、始めましょう」


 号令で一斉に動き出す部員。


 私はまな板の上のアジとにらめっこしたまま。


「今日はタマちゃんまだ来てないのね? 欠席連絡はきてないんだけど」


 のりこ部長が近寄り言う。


「捌き方分からない? ……タマちゃんいないけど、美晴ちゃんとりあえず失敗してもいいからやってみようか」


 のりこ部長は、私の手元を覗きこみ、手付かずのアジを見た。


 今頃咲くんは……。


 想像するだけでもやもやする。


 クリスマス目前、学校全体がなんだかそわそわしている気がする。出来ることなら彼氏彼女とクリスマスを過したいと思うからなのか、告白があちらこちらで行われていて、うっかり遭遇した日には、盗み聴くつもりがなくても気まずさ200%なのだ。


 そして私は知っている。


 咲くんが今日の放課後、倶楽部の前に彩子ちゃんに呼び出されていたのを。


 盗み聴きしたんじゃないよ、ラブレターをこっそり読んだのでもない。

 彩子ちゃんから直接『咲に告白してみようと思ってるんだ』と相談されたのだ。


 そして、それを妨害する権利は、私には……ない。


 頭を左側にしたアジを左手でしっかり固定して包丁で尾から頭にかけてうろこをとる。

 コンタクトレンズのようなうろこがピンピンと跳ねて飛び散った。

 次にゼイゴをゴリゴリとこそげるように……でもこれがなかなか硬くて思うようにならない。


「あ、骨」


 ゼイゴとともにぐりっと抉るように削られた尾の肉は、その下に骨を覗かせていた。


「遅くなりました。すんません」


 からりと引き戸を開けて遅れて入ってきた咲くんは、手早く身仕度をし、手を洗う。


「こらっ。無断遅刻はペナルティだからね!」


 のりこ部長の叱咤が飛ぶが、咲くんは堪えている様子はない。


「美晴。それ、食うとこ残る?」


 私の隣の綺麗なままのまな板の前に来た咲くんが、私のまな板の上に載っているアジを見て、皮肉交じりに言った。


「……魚のフライ、小さめの方が好きだし」


 それで食べられるはずの身を捨てるのは、非常にもったいない話で、身が残らないのはひとえに私の技術不足で。

 我ながらつまらない言い訳をしたものだと思う。

 でも、私にはそんなことより、咲くんが彩子ちゃんの告白になんて返事したのか、そっちの方が気になっていたりする。


 ひっくり返して、またゴリゴリとゼイゴを取っているうちに、隣の咲くんのアジは、うろことゼイゴを取られ、頭を落とし、腹に包丁を入れられるところだった。

 肛門まで切り目を入れられたアジは、内臓を除かれ、流水で洗い、キッチンペーパーで優しく水気を拭かれた。


 ぽっかり空いた腹と背中から包丁を入れ、あっという間に三枚におろされた。包丁を寝かせて薄く腹骨まで削ぎとる。


 鮮やかな包丁さばきに、ぼぅっと見惚れてしまう。


「美晴?」


 呼ばれてはっと意識を戻す。


「な、なんでもない」


 目の前にはゼイゴが削がれただけで、すでに無惨な姿のアジ……。

 情けなくて泣きたくなる。


「泣くなよ美晴。俺だって最初からこんなにできてた訳じゃないし。親父に何匹も何度もやらされて、「こんなもの店に出せるか」ってダメ出しされて、夕飯にアジのフライばっかり食わされたこともあったし」


 咲くんが優しい声色で話す。

 

「練習しなきゃ上手くならねぇんだから、とにかくやってみろよ」


 ……泣いてなんかないから。


 




 第2の難所は背中と腹に中骨にそって包丁を入れるところ。


「なんか、ボリボリいってる……」


 三枚おろしのうち、一枚は身から外された骨なんだけど。


「これも唐揚げにして食うか?」


 と、咲くんがニヤニヤして言うほど、それには身が付いている。


「頑張ったな」


 汗をぬぐい、何とか三枚におろし終えた私に、咲くんはふわりと笑った。











 アジに塩コショウを振って、浮いてきた水分をキッチンペーパーで押さえ、小麦粉、溶き卵、パン粉の順に衣を付ける。


 咲くんがパン粉を少し摘まんで、油の中に入れた。パン粉はゆっくりと沈んで、底に落ちてしばらくしてからゆっくり浮かんでくる。


 しばらくしてからもう一度。


 今度は、油の中に沈んでいったパン粉が、途中でしゅわしゅわと泡をまとわり付かせながら引き返してきたように浮かんできた。


「もういいぞ」


 一人ずつ衣を付けたアジを二枚入れる。しゅわしゅわと軽やかな油のはぜる音を立てながらアジが揚げられていく。

 キツネ色にからりと揚がったフライは、キッチンペーパーを敷かれたバットの上に上げられていく。


「一度にたくさん入れると油の温度が下がるからな」


 一度に揚げられる数は、鍋の大きさにもよるけど、と咲くんが言う。

 先に揚げていた先輩が終わり、バットにアジが上げられて、いよいよ自分の番!


「次、美晴やってみ」

「うん」


 アジの尾を持ってそっと近づく。油に浸かった辺りから、ジュワ! っと音がして、ビクッと手を放したものだから、油が少し跳ねた。


 はぁぁぁ~、ドキドキしたぁ。


 アジの周りに大きな泡がブクブク現れる。

 ピチピチ、パチパチ、ジュワジュワ……。

 雨が降っているみたいな音がする。


「おい、あんまり覗きこむと顔を火傷するぞ」


 ひぇっ!


 腕をおもいっきり伸ばして、菜箸でアジをひっくり返す。


 んぎゃ~!

 ピチッってなった! 油がはねた!!


 それでも何とかひっくり返すと、うっすらキツネ色に色づき始めていた。


 じわじわとその色は濃くなってきて、やがてザ・フライな色になってきた。


 こんなものかな。


 咲くんの顔色を窺うと、こくんと頷いてくれたので、油の中から上げてバットに並べた。


 皆より小さくて形も不恰好な、でも愛しい私のアジフライちゃん。


 


 その後、ペナルティで咲くんが作ってくれたふわふわのキャベツの千切りを添えて、試食会となった。


 一口かじると、衣はさっくり、かりっとしていて歯触りがいい。中のアジは下味がしっかり付いていてふんわり柔らかだった。


「美味しい!」


 思わずにっこりして顔を上げた先には、咲くんの顔があった。視線が合って、ドキンと心臓が跳ねた。


「お前のも食わせろ」


 咲くんの皿から、お店で買ったようなアジフライが私の皿に。そして私の不恰好なアジフライが箸に挟まれて直接咲くんの口に……。


「うん、美味い」


 ばくばくと私のフライをかじり、白ご飯とお味噌汁も咲くんの口に吸い込まれていく。


 ああ、そういえば食べさせてもらうばかりで、自分の作った料理を咲くんに食べてもらうのは初めてだったと気付く。


 見かけはアレだけど、美味しいって言ってくれた。

 無性に嬉しくて、ダメだ。にやけちゃうよぅ。


 






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