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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
16/82

メニュー10 ユリ根のホイル焼き

 細木さんが退院して再び登校してきたのは、10月の半ばだった。


 急性虫垂炎。つまり、盲腸炎だったらしい。

 

 戻ってきた細木さんは、相変わらずお友だちに囲まれている。

 そんな窓際の机に集まって談笑している彼女たちを見るともなしに眺めていた。


 すると、不意に細木さんと目が合った……。


 ギクリ。


 細木さんが近くにいる女子に何やら話している。確か……笹岡……凉夏さんだっけ?

 細木さんとは対称的に背が高く、ボーイッシュな笹岡さんは、にこりと細木さんに頷くと、こちらに向かってきた。


 いやいや、私が廊下側に座ってるだけで、彼女は教室を出ていくだけかも知れない。

 いくらピンチヒッターで白雪姫をしたからって、文化祭の件で言いがかりとか、因縁つけられたりとか……しないよね?


 笹岡さんは綺麗な歩き方で机の間をするりと抜けると、そのまま廊下に……出ずに私の机の横に立った。

 ニコッと笑ったまま、長身から見下ろされる。


「美晴ちゃん? 独りならこっちにおいでよ」


 申し出は嬉しい。嬉しいけど、どうしよう。


「美晴ちゃんは、独りが好きなの?」

「えっと、そういう訳でも無いんだけど……」


 すでに出来上がってるグループには入りづらいと申しましょうか……。


「彩子がね、誘ってきてって」

「細木さんが……」

「そう。文化祭で代役してもらって迷惑かけたからお礼が言いたいんだって」

「いや、お礼なんて……」


 とんでもないと顔の前で小さく手を振ったのに。


 笹岡さんは強引に手を握って立たせると、窓際へと私を連行した。






「あなたが白雪姫演じてくれたんだってね?」


 なんだか蛇に睨まれた蛙の気分。

 艶々の栗色の髪を巻いて、胸元に垂らしている。胸の下で組まれた腕は威圧感があるし、綺麗に整えられた眉と長い睫毛の眼力は半端じゃない。


「ありがとう。いきなりで大変だったでしょう? 私もね、数日前から体調がおかしいなとは思ってたんだけど、我慢しちゃってたんだよね~。本当に助かったぁ」


 睨まれているかと思ったら、細木さんは急に両手で私の手をとり、手の中に包み込んだ。


「えっと、あの……細木さん?」

彩子(あやこ)って呼んでね。こっちは涼夏(りょうか)、そっちはね、……」


 彩子ちゃんはいきなり怒涛の勢いで友達を紹介し始めた。涼夏ちゃんはそれを一歩離れたところで柔和な笑みを浮かべて傍観している。


「咲の王子様格好良かったでしょ? あ~、残念!! 話聞いたけど、美晴ちゃん咲にキスシーンで頭突きしちゃったんだって?」

「う、うん」

 

 彩子ちゃんはケラケラと笑いだした。

 その間も手は繋がれたまま。

 ……えっとそろそろ手を離してもらってもいいかなぁ。


 友達が出来たのは単純に嬉しい。


 一緒にトイレに行ったり、お弁当を食べたり、教室移動も……こんなの前の学校以来だから久しぶりだなぁ。

 うん、なんだか嬉しい。


 嬉しいけど……。


 次の教室移動では彩子ちゃんと涼夏ちゃんが腕を組んで前を歩いている。


 ……本当に仲いいんだなあ~。


 


◆◆◆



 彩子ちゃんは多分咲くんの事が好きなんじゃないかなと思う。

 咲くんの方をよく見ているもの。

 咲くんの気持ちはどうなのかなぁ。

 彩子ちゃんたちと一緒にいると、やけに咲くんと目が合う気がした。

 もしかしたら咲くんも彩子ちゃんの事……?


 そこまで考えて、これまでの咲くんとの事を思い出す。

 いやいやいや!

 好きな子いるのに「あーん」とかしなくない?

 もう二回もしちゃったんだよね。

 あ、三回か。

 内、一回は催促されて私からしたんだっけ。

 う、うぬぼれてもいいのかな。


 まさか、咲くん誰にでも優しいから、皆にしてる……ってことないよね?

 子どもに食べさせるみたいにさ、全然抵抗ないのかも。

 だってほら、告白とか何にもされてないし。

 ……私からしてもいいのかな。

 

 前の彼氏の時は、向こうから告白されたからなぁ。

 正直なんて言ったらいいのか分かんない。

 

 ああ! でも、私の勘違いで断られちゃったらどうしよう。

 料理倶楽部も来にくくなっちゃうよね?

 そうしたら、お料理が上手くなってお母さんを楽にしてあげる計画がぁ!




 って、考えながら剥いてましたけど、コレは何でしょう。

 少し黄色っぽいような白色で、鱗のようなものがガッチリと塊になっている。匂いは……土っぽい。

 玉ねぎのように剥いても剥いても終わりがない。いや、小さくなってきてるから終わりはあるんだろうけど。

 これ、どこからが食べられるものなんだろう。


 咲くんにはこの塊を8つ渡された。

 剥がして洗っといてくれとの指示付で。


 言われるままにとりあえずボウルの中に剥いたものを溜めていってるけど、オガクズのようなものがボロボロと出てくる。


「美晴、できた?」


 【女将】である南部長と何やら打ち合わせをしていた咲くんが調理台の前に帰ってきた。


「こんな感じでいいかな?」

「上手い、上手い」


 ボウルいっぱいに剥いた白いプラスチック片のようにも見える、多分野菜のそれを見せると、咲くんの表情が柔らかく綻んだ。

 にっこりと優しく笑う咲くんの笑顔に釣られて私もつい口角が緩んじゃう。


「何の打ち合わせだったの?」

「ん? ……来月のお楽しみ」

「ところで、これは何?」


 咲くんがにやりと口角を上げる。


「ユリ根。美晴知らなかっただろ」

「ユリネ? って、あの咲いている花の百合の根っこ?」

「根っこじゃねーよ。勉強は出来るくせに意外にバカだな美晴は。球根、だろ」


 むか。

 言い間違えただけだもん。


 咲くんは、クスリとおかしそうに笑うと、ユリ根の剥がした欠片の茶色いところを包丁で削っていく。その手際の良いことといったら見惚れてしまうほど。


「ところで美晴、細木たちと仲良くなったんだ? 今日一緒に弁当食ってただろ?」

「あ、うん」

「友達出来て良かったな。細木は見かけはアレだけどさ、いい奴だから」


 包丁を扱いながらの雑談だから仕方がないのかも知れないけど、目が合わないのが無性に寂しい。咲くんから他の女の子を褒める言葉を聞いて、チクリと胸が痛む。

 私ってこんなに了見が狭い人間だったかな。


 教室で独り座っている私に声をかけてくれた彩子ちゃん。いい人なのは分かるんだけど、ライバルじゃないか。


 あ、やだ。

 嫌な人間になってる。


 咲くんは洗ったユリ根をアルミホイルに包み、グリルに並べた。


「それだけ?」

「それだけ」


 咲くんがにやりと笑って、次の作業に移った。


 咲くんの指示のもと、包丁で野菜を切る練習をする。

 この前はイチョウ切りをしたけど、今日は短冊切りですか?


 人参の長さを3等分に切って、厚みをさらに等分に切る。

 そしてそれを薄くスライスしていくのだが。


「美晴、上手くなったよ」


 咲くんが笑顔で褒めてくれる。

 

 そうでしょ? そうでしょ?

 ちゃんと猫の手もできるようになったし、1ミリ幅でスライスも出来るようになったよ。


 嬉しくてつい頬の筋肉が緩んじゃう。


 私が切った人参は、同じ大きさに切ったうす揚げと小松菜と一緒に咲くんの手によって煮びたしにされた。


「そろそろかな」


 咲くんがグリルからアルミホイルを取り出す。


 そっと開けてみると、ふわっと甘いような芋っぽい香りが立ち上がった。


 さっきまでつるつるとプラスチックのようだったユリ根が、ほっくりと湯気を立てている。


 咲くんはそこにバターを落とした。ユリ根の熱でバターがとろりと溶けだす。


「うわぁ! 美味しそう♪」

「だろ?」


 得意げに口角を上げる咲くんが、菜箸でそれをひとつ摘まむ。

 それを「ほら、味見」と差し出された。

 思わず口を開けると、咲くんはポカンとした顔をした後、ぷっと吹き出した。

 

「バカ。火傷するぞ、手を出せ」


 かぁ~と赤くなって、慌てて手を出すと、掌にユリ根がポトンと落とされた。


「あち! あちち!」


 ふうっと吹いて、ぱくっと口に入れれば、ホクっと柔らかい。甘みと微かな苦み。

 バターのこってり感と塩気が甘みを引き立たせている気がする。


「おいしい! 美味しいよ、咲くんっ」

「だろ?」


 二人でコソコソ味見をしていたら……。

 

「こ~ら、味見はほどほどにね」


 と、南部長に注意を受けた。


◆◆◆


「来月22日はちょっと早いけど、冬休み前の部活動最終日なので、クリスマス会をします。5班に分かれてパーティー料理を1品ずつ作るわよ。そのあとクリスマス会のパーティーをしましょう。プレゼント交換もするからね! 予算は500円以内で用意すること! 質問はない?」


 南部長の視線が皆をぐるりと回ったあと、新入部員の私と目が合った。


「22日ならデートの約束している人も大丈夫でしょ?」


 笑い声とざわめきが調理室内に起きる。


 ……咲くん、クリスマスにデートする人いるのかな。


 様子を窺ってみたけど、咲くんは部長の方を向いていて、目が合わなかった。


 その後、班分けのクジをした。結果は……初めて咲くんと離れてしまった。

 一緒の班になったのは南部長と、東先輩。そして一年生の男子がひとり。

 なにこれ、料理初心者の私をがっちりサポートメンバーですか?


「美晴ちゃん、私食べる方が得意だからタマちゃんみたいには教えてあげられないけど、ごめんね」


 小さくガッツポーズをとっていたら、南部長が笑った。


「シェフと比べちゃだめよ、美晴ちゃん」


 と、東先輩も笑った。



「南部長も東先輩もよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げたら、二人の先輩は苦笑して互いの顔を見合わせた。


「私の事は、【女将】か【のりこ】って呼んでよ。美晴ちゃんと仲良くなりたいし、タマちゃんだけ名前呼びってズルいよ?」

「じゃあ、私も【京子】ね」

「僕も一緒の班ですよ、よろしくお願いします。美晴先輩」


 いつの間にか一年生の男の子が隣に立っていた。


「金剛寺隼人です。【隼人くん】って呼んで下さいね」


 え? え? え?


 のりこ先輩に京子先輩に隼人くんですか……。


 気恥ずかしいけど、名前呼びって不思議なことに気持ちの距離が縮まる気がする。


「のりこ先輩、京子先輩、それから、隼人くん。足手まといにならないように頑張りますので、よろしくお願いします」

「美晴ちゃんは真面目ねぇ。誰かさんに爪の垢煎じて飲ませたいわ」

「楽しいクリスマス会になるように、がんばろうね」



 4人で微笑み合った。



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