ねこまんま食堂のまかないメニュー その6
【咲side】
「一口だけじゃわかんない」
布団の上にペタンと座り、潤んだ瞳で見つめてくる。
体温が高いからこその紅い唇を、ぱかっと開けて、まるでキスをねだるように顎を持ち上げた。
汗ばんだ首筋に黒髪が貼り付いて、目線を下にすれば、ブラウスの釦が2つはだけて胸の谷間がギリギリ見えない。
ペタンとふくらはぎを外向きにして座った膝は、スカートからはみ出ていて、無防備にこぶしふたつ分くらい開いている……。
ゴクン……。
非常に眼福……いや、忍耐を必要とされるこの状況。あまつさえ、のり姉は空気を読んで階下に行ってくれた。
が、ちょっと待て、俺!!
美晴は熱を出してるんだぞ。
俺も、自宅の、しかも自営業で階下に親ものり姉も赤ん坊の頃から俺ら兄弟の事も知ってる常連客もいるこの状況で、どうにかできるほど豪胆じゃない。
なぁ、咲。見てみろよ、この警戒心のなさ。
気があって誘っているんじゃなけりゃ、全くの興味なしで男だって思われてないんじゃないか?
ああ、ますます後者のような気がしてきた。
甘えるような仕草も、無邪気な笑顔も、負けん気の強いところも、がんばり屋なところも……全てが可愛くて、時々翳る表情は目が離せないほど弱々しくて……。
こんなに俺は美晴の事が気になるのに、美晴にとっての俺は、同クラの友人で、料理倶楽部の仲間で、口煩い師匠なだけなのかもしれない。あまつさえ、男と認識されていない?
フウフウと吹き冷ましては、人肌になった粥を口に運んでやる。
絶対的に信用されているのは、嬉しくもあるが、同時に非常に虚しい。
だからといって、誰にも譲る気はないけどな。
いつかこれが恋に変わってくれと祈りを籠めて、粥を吹き冷ます。
美晴の細い喉が、嚥下のためにコクンと震えた。
俺の作った料理から摂取した栄養素が彼女の細胞の隅々まで行き渡ればいいと思う。
美晴のために作った料理だから。
粥を食べきったところで、もう少し寝るように言った。
美晴は素直に布団に潜って……目だけを出して嬉しそうに笑う。
俺は、本来今日はバイトの日ではないのり姉と交代しなけりゃ行けなかったし、このまま傍にいるとか「何の拷問だ」と思うから、階下に降りる事にした。
「20時になったら送って行ってやる。それまで寝てろよ」
「……うん。咲くんありがと」
小さい声で礼を言われて、全身がこそばゆくなった心地がした。
その夜。
結局は送っていくことなく、のり姉が連絡とってくれたおかげで、店に美晴の母親が来た。
美晴の母親が変な奴な訳がないとは思っていたが、予想に違わず、世話になったうちの両親にきっちり挨拶して帰り、俺にも「いつも美晴と仲良くしてくれてありがとう。家でもね、咲くんの話を聞かせてくれるのよ」と優しく笑った。
仕事帰りにそのままタクシーで来たからと、きちんとしたご挨拶はまた改めてと言い、うちの親を恐縮させていた。何にしても親同士の印象は上々のようで、もしかしたら【お持ち帰り】した事で何か言われるかもと、密かに思っていたが、徒労に終わった。
マジ、自営業で良かったと思う。
そして、家で母親に俺の事をどう話しているのかが非常に気になった。