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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
12/82

メニュー08 風邪とサンマ。

 学校の敷地内の桜の樹が赤く色づき、街路樹のポプラが茶色く枯れた大きな葉を落とす。

 ヒュウっと秋の冷たい風が吹いて、落ち葉を集めているのだか、散らかしているのだか。


 ついこの間までは暑い暑いと言っていたのに、急に秋の装いが深まって、身体がその温度変化について行けず、体調を崩しやすいのもこの頃。


「くちゅん!」


 鼻がむずむずっとして両手で顔を覆い、それに備えるとすぐにくしゃみが出た。

 6時限目の授業中だったので目が合った古文の先生に頭を下げて、授業をしばし妨害したことを謝ると、何でもなかったかのように授業は再開された。

 ぶるっと寒気を感じた気がしたが、このあと掃除をしてホームルームをすれば、料理倶楽部に行って咲くんに温かいものを作って貰おう。

 

 今日のメニューは何かなぁ♪


 この時点では、そのくらいの余裕があったのだけれど……。

 すぐにカタカタと歯の根が合わないくらいの寒気が襲ってくる。

 おかしいと思い出したのは、教室のゴミを焼却炉に持っていく時。

 やけに寒風が身に沁みる。上に何も羽織らずに出て来てしまったからだと思っていたけれど、室内に入っても寒気は取れず、カチカチと歯を鳴らして、独り凍えていた。


 それでも楽しみにしている料理倶楽部には顔を出したい。


* * *


 文字通り這うように家庭科調理室に着くと、既に部員が集まっていてエプロンを着けたり、手を洗ったりを始めていた。


「遅くなって、すみません」

「あら、美晴ちゃん。顔色悪いけど大丈夫?」


 南部長と同じく3年生女子の東先輩が引き戸に掴まって立っている私を見て、心配そうな顔をした。


「ちょっと寒くて……」

「今日は急に寒くなったものね。レモネード作ってあげようか?」

「ありがとうございます~」


 皆良い人ばかりだぁ……。

 

 ヨロヨロっと調理室に入って、カバンからエプロンを取り出す。エプロンを着けて、手を洗って……あ、あれ?

 椅子に腰を下ろしたら、だるくて身体が動かせなくなってきた。


 隣の調理台に今日の調理に使われる食材が並べられる。


 ピカピカの銀色の細長い身体をバットに並べた秋刀魚はぷくぷくとして脂が乗っていて美味しそう。

 しめじ、まいたけ、えりんぎ、えのきがこんもりと盛られた籠。

 青々としたかぼす。

 新米の1キロ袋は地元産。

 瑞々しい大根。

 肉厚に育ったほうれん草。

 南豆腐店から買ってきた豆腐のしっとり感が味わえるうすあげ。


 あー、美味しそう。

 これで何を作るんだろう。


 教室の前方、ホワイトボードには、3年男子部員、西先輩がマジックを手に今日の課題を記入していく。


 

 秋刀魚の塩焼き、大根おろしとかぼす添え。(尻尾を焦がさない化粧塩の仕方)

 キノコの炊き込みご飯。

 ほうれん草と焼うすあげの和風サラダ。

 大根とえのきの味噌汁。


 うわあ!!

 秋の味覚大集合じゃないですか?


 ホワイトボードのメニューと食材に、目を奪われていたら咲くんがようやく家庭科調理室にやってきた。

 遅刻じゃなけど、珍しく遅いね。


「すんません、遅れました」

「いいのよ、まだ始まってないわ」


 南部長に謝って、当然のようにこちらにやってくる。

 どうも、お目付役……じゃなくて、文化祭が終わっても私の教官をしてくれる気満々みたい。

 本当に最初にキャベツの千切りを教えて貰った時からずうっとお世話になりっぱなしで、良いのかな。迷惑になってないのかな。

 

 ああ、それにしても寒い。


「美晴ちゃん、大丈夫?」


 湯気の立ったマグカップを置いてくれる東先輩が心配そうに顔を曇らせた。

 

「大丈夫です。ありがとうございます」


 お礼を言って、温かいカップを両手に包む。

 ふうふうと息をかけて表面を冷ますと、ずずっと啜った。

 レモンの酸味と蜂蜜のコクのある甘さが舌に残る。


「美味しい……」


 ……ん? なにか?


 黒いエプロンを着けた咲くんが、不機嫌そうな表情でこちらをじっと睨んでいる。

 そのまま、つかつかと歩み寄って来たかと思えば、洗ったばかりの掌をヒタリと額に当てられた。


「ひゃっ!!」


 氷のように冷たい咲くんの手に体温を吸い取られるような気がして、身を竦める。

 咲くんの表情は更に険しくなり、眉間に皺が寄って、形のいい眉毛が顰められた。


「美晴、今日はもう帰れ」

「え……やだ」


 咄嗟に返した返事で、咲くんの表情が更に恐くなる。


「ヤダじゃねーだろ! 熱あるじゃねーか、なんで部活に来てんだよ」

「え? 美晴ちゃん熱あるの?」

「そうなの? 大丈夫?」

「さっき異常に寒がっていたもんね~」


 わらわらと料理倶楽部の面々が集まり、人の輪ができあがった。


「ここにいると皆にうつすだろ。迷惑だ」

「もう、タマちゃん。そんな言い方……。でも、美晴ちゃん、無理しなくていいのよ?」


 ほら立て、と咲くんに手を引かれて立ち上がるけど、腰に力が入らなくてふらっと倒れそうになった。


「保健の先生、まだ居たかしら?」

「一人では帰らせられないわねぇ……」


 うう……。

 皆にご迷惑をかけてしまった。

 バカだ私。

 自分勝手過ぎる……そんなことにも気付かないなんて。


 じんわりと視界が揺れてくる。

 どうしてだろう、こんなに感傷的になってしまうのは。


「ほら、おぶされ」


 え……。

 咲くんが後ろ向きに身を屈めて、私の次の動作を待っている。


「早くしろ」


 おんぶ……ってことですか?


「やだっ、咲くんにうつしちゃうもん」

「じゃあ、ひとりで歩けるのかよ」


 咲くんが呆れたように笑う。


 駄々っ子みたいだってことは分かってるけど、止まらない。

 ポロポロ涙が零れるのも気にしないで、ヤダヤダを繰り返してしまう。


「やだぁ、帰っても誰もいないもん。ここにいさせてぇ……」


 はぁ……と溜息を吐かれる。

 嫌われちゃうかな。

 頭ぐちゃぐちゃで考えられないんだもん。

 

「俺、コイツ連れて帰るわ」

「タマちゃんちに?」

「ああ、うちに誰もいないって言ってるし、そんなところで俺付き添えねーし。かといってコイツ独りにも出来ねーし……」

「そう、夕方におうちの方に連絡しましょう。お願いしてもいいかしら?」

「ああ、うちんちなら商売してるけど、親父もお袋もいるから夕方親父の車で家まで送っていけるし。部長、コイツの親への連絡頼めますか?」

「分かったわ。私も後で様子見に行くわね」


 熱でクラクラしている私を強引におんぶした咲くんは、学校から商店街の道のりをそれでずっと歩いた。

 

「サンマぁ……うぅ……きのこごはんぅ……」

「はいはい、元気になったら作ってやっから」

「独りぼっちはやだようぅ……」

「分かってる。美晴を独りにしねぇって」


 道々熱に浮かされ、朦朧とした意識で、ぶつぶつと文句を言っていたらしい私を宥めながら夕方のお買い物で賑わっていた商店街をおんぶして歩く咲くんを、ご近所の奥様方に目撃されていたことを私は知らない。

 

 熱で弱っていた心が孤独を嫌って、咲くんにぎゅうっとしがみついていたことも、覚えていない。


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