ねこまんま食堂のまかないメニュー その4
美晴視点ですが、本編を離れてのんびりお散歩。
二学期制の学校には10月のはじめに一週間の秋休みがある。
夏休みが終わり、文化祭が過ぎてお祭り気分だったのもここまで。秋休み明けには、実力テストが待ち構えている。
家に居てもひとり……と、一匹。
そろそろ勉強も飽きてきた。こんな気分で続けていても能率は上がらない。
愛犬のマロンを抱き上げて頭の匂いを嗅ぐと、少し寂しい気分が紛れた。
腕の中からすり抜けたマロンが、リードを咥えて戻ってくる。期待に満ちた瞳で見られると……。
「お散歩行こうか、おいでマロン」
赤い首輪にリードを取り付け、小さいお散歩用のバッグを持つ。この中には、ビニール袋と新聞紙、小さいスコップなど。
マンションのドアを施錠すると、秋の柔らかな日差しの中に足を踏み出した。
マンションを出て、今は黄色く色づいている桜並木を小さな川に沿って遊歩道を歩く。
川だと思っていたけど、用水路かも。
川に架かっている橋を渡って、片側一車線ずつの道を歩く。
買い物袋を提げたおばさんや、幼稚園児を後ろに載せた自転車を漕ぐお母さんたちとすれ違う。
軽く会釈をしたり、「こんにちは」と挨拶したり。穏やかな日常、少し嬉しくなってしまう。
向かいから手を繋いで歩く幼児とお母さんが来たので、リードを短く持って端に寄り、行き過ぎるのを待った。
小さな男の子がマロンをじっと見て足を止めた。お母さんもそんな男の子をにこにこして見守っている。
「ナデナデしてみる?」
男の子に問い掛けると、瞳がキラキラと輝いた。
「いいんですか?」
「はい。大丈夫ですよ」
しゃがんでマロンを抱き上げると、万が一の事も考えてしっかりと保定する。
……男の子に怪我をさせないためと、知らない人に触られるマロンの不安を解消するため。
「優しくナデナデしてあげてね」
男の子はおそるおそる手を伸ばすと、マロンの頭の柔らかな栗色の毛を少し撫でた。
それだけで男の子はにこにこの笑顔になった。
「ありがと」
「またね」
男の子と手を振り合い、その親子と別れると、【西産婦人科】の角を曲がった。
赤い実を実らせているハナミズキの街路樹の下をゆっくりと進む。
ここは車も進入してくる普通の道路だけど、道路部分がサーモンピンクの砂利を固めたみたいな道になっていて、歩道部分は赤茶色の煉瓦が敷き詰められている。少し外国みたいなオシャレな雰囲気で、気に入っている。
ミツバ商店街の看板を横目に見ながら横切る。
咲くん、今何してるのかな。
駅前ロータリーの入り口に客待ちタクシーの運転手さんが新聞を読んでいるのが見えた。
緩やかなでも長い坂を登ると、昔、ミツバ山を切り拓いて造成したという住宅地へと入っていく。その途中で脇道に逸れると、赤い鳥居が迎えてくれる。
木々が繁った鎮守の杜をジャリジャリと細かい砂利を踏みながら歩く。清々しい空気に包まれて、肺の中から清浄になれそうだ。
石でできた1対のキツネが迎えてくれ、境内へ。
神域だからね、オシッコしちゃだめよマロン。
クラスの女子が言うには、お稲荷さまを祀っているここは、何故か恋愛成就も叶えてくれるらしい。
……やっぱり神頼みは最終手段だよね。
うん、先ずは当たって砕けてみよう。
いやいや、砕けちゃったらダメダメ。
……少しだけ。
ジュース代にと持ってきた100円玉をチャリンとお賽銭を入れて、二礼二拍一礼……だっけ?
咲くんともっと仲良くなれますように。
クゥン……とマロンは私を見上げて不思議そうにしていた。
「行こうか」
参詣道を引き返し、坂を下ると駅前ロータリーとは反対側の北口の駅前交番の前を通って、駅前公園に立ち寄る。
夕方の公園には、たくさんの子ども連れのお母さんたちがいた。
「美晴!」
思っても見なかった人の声で名前を呼ばれて、後ろを振り向いた。
「咲くん」
青いギンガムチェックの長袖シャツに白いTシャツ。ブラックジーンズに蛍光イエローのスニーカーを履いた咲くんが、私を見つけて公園の入り口の単車避けのポールをハードルよろしく飛び越えて、駆け寄って来る。
「散歩?」
「うん」
「名前何てーの?」
「マロン」
しゃがみこんだ咲くんがマロンをワシャワシャと撫でる。
マロンも嬉しそうに千切れるほど尻尾を振っている。
「あーー! くそっ。俺んち食いもんやだから犬飼えないんだよな~」
咲くんはマロンに頬っぺたをべろんべろんされても厭がらずに、にこにこしている。
「リード、俺持ってみていい?」
「うん」
リードを手渡すのをマロンも期待した目付きで見ている。そんなに振ったら尻尾千切れるよ?
「今から帰り?」
「うん」
「……今日俺ヒマだから送って行ってやるよ」
「え? いいよ、悪い……」
断ろうと思ったのに、咲くんが持ったリードを引っ張り歩き出すマロン。
「ほら」
笑顔の咲くんが私の手をとり、繋いだ。
ジュースを諦めたおかげかな。
神様ありがとう。