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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
10/82

メニュー07  豆腐を切ろう。

 文化祭二日目に玉野くんに強引に着せられたセーターは、その後脱ぐ機会が無く、最後まで着てしまっていた。


 南部長に借りた(こちらも強引に着せられた)メイド服はクリーニングの方がいいよね?

 どんな顔してクリーニングに出せばいいのやら。

 とりあえず親には任せられないので、紙袋に入れてベッドの下に押し込む。

 先ずは玉野くんのセーターから手洗いすることにした。


 洗面ボウルにぬるま湯を溜めて、手洗い用の洗濯洗剤を溶かす。

 その中に、セーターをゆっくりと浸けて押し洗いした……。



◆ ◆ ◆



「玉野くん、これ。ありがとう」


 翌朝教室で、友達と話をしていた玉野くんに紙袋に入れたセーターを手渡す。


「じゃ、これで」


 そそくさとその場所から離れる。

 玉野くんは別として、人見知りしてしまう質の私はまだそこには馴染めない。陰湿な感じではないにしろ、ちらちらと周りから見られている気がして。


「美晴、ちょっと!」


 教室を出てトイレに行こうと思っていたところに背後から呼び止められて立ち止まる。


「これやるよ」


 ギュッと握ったこぶしが突き出されたので、両手でそれを下から受け止める。ポトンと手のひらに落とされたのは、キャンディみたいなトロリとした青色のボタンが付いたヘアピン。


「これ……」


 文化祭で後で見に行きたいなぁと思っていた手芸倶楽部の?

 今さっきのお礼のタイミングじゃ用意出来ないはずなのに。

 自分にくれるために用意してくれたと自惚れてしまいそう。


「今日放課後、料理倶楽部に来いよ」

「うん」


 わざわざ言われなくても行くけど……。

 用件だけ言うと、さっさと教室に戻りそうになる玉野くんの背中を反射的に摘まんで引き留めた。


「あっ、ダメっ、待って!」

「何?」


 背中を掴まれた玉野くんがゆっくりと振り返った。


「た……タマ、タマ、タマ……」

「ぷっ。女がタマタマ言うなよな」

「なっ! 違っ!!」


 玉野くんが言った「タマタマ」の言葉の意味が分かって、真っ赤になってしまう。違う!皆みたいに『タマちゃん』って親しげに呼んでみたかっただけだから!!


 クスリと笑った玉野くんが上半身を屈めて、耳の傍で囁いた。


「咲、って呼んでよ」


 え? いやっ、いきなりそれはハードル高く無いですか!?


「あ、いや、玉野くん、ありがと」

「……」


 んなっ!

 あからさまに耳をホジホジして聞こえないふりしなくても良いじゃないのよぉ~!!


「え~と、タマちゃん……」

「咲」

「うっ。さ……咲……くん、プレゼント……ありがとう」

「おう」


  

 うう、これが精一杯。

 にんまり嬉しそうな笑顔を見せた、咲くんが、「じゃあ」と片手を挙げて教室に戻っていくのを熱くなった頬を押さえて見送った。

 私はというと、チャイムがなるまで教室には戻れないでいた。

 あ~、なんだか恥ずかしい!!


 そりゃね、みんなみたいに『タマちゃん』って呼べたらなぁとか思ってたけど。そうしたら、クラスの一員になれた気がするじゃない?


 だけど、だけど!!

 咲……なんて。

 細木さんが呼んでるのを聞いて、モヤモヤってしてたけど、実際の破壊力は凄い。


 な、慣れる日が、来るのかな……。


 洗面所の鏡を覗きこんだ。左サイドの髪を留めた青いボタンがつるりと光っている。

 その下には、口許が弛んだ赤い顔の自分がいた。



◆ ◆ ◆



「そうそう、青菜は根っこのところに土が付いてるから、よ〜く洗えよ」


 流水を流し、ボウルの中でほうれん草の根元を開いて指を突っ込みながら、土を洗い流す。

 どうした風の吹きまわしか、今日は調理サポートとして調理台に立っている。

 鬼コーチよろしく咲くんが、懇切丁寧にほうれん草のおひたしの作り方をレクチャーしてくれています。

 本日のメニューは、五目ごはん、ブリの照り焼き、ほうれん草のおひたし、豆腐と生わかめの味噌汁です。えへへ、美味しそう。


「湯が沸いてきたら、塩を入れる」


 横で腰に手を当てて立っている玉野コーチの指示通り、ぐらぐら沸いた湯のなかにふたつまみの塩を入れた。

 ちなみに『ひとつまみ』というのは、親指、人差し指、中指の三本で摘まんだ量のことなんだって。


「塩を入れた湯で茹でると、ほうれん草のあくが抜けて、緑色が綺麗に仕上がるんだ。葉を持って根元から入れろよ」

「へ〜、そうなんだ。何で根元から?」

「葉の方が火が通りやすいからだ」


 根元から鍋に沈めていったほうれん草は、直ぐに鮮やかな緑色に変化する。

 菜箸で茎を摘みあげた咲くんは、氷水を張ったボウルを用意した。

 

「そろそろいいから、水の中に入れて」

「分かった」


 菜箸でほうれん草を持ち上げ一気に氷水の中にダ~イブ!!


「こうすると一気に冷えて、綺麗な緑色が保たれる。料理は見た目も大事だからな」


 そうして冷やされたほうれん草をまな板の上で、根元と葉先を互い違いに並べ始めた。

 そしてそれを持ち上げると、上から下へと握る場所を変え、水分を絞る。

 3センチの長さにカットすれば、切り株のような形になったほうれん草のお浸しが出来た。


「互い違いにして絞れば、葉も茎も均等に食べれるだろ?」


 咲くんはそういいながら、優しい目付きでダシで薄めた醤油をかけ、糸のようにふわふわしたかつお節をちょこんと乗せた。


「今の季節はカツオ節で喰っといて、冬になればゆずを載せるとか、他にも白和え、胡麻和えなんかもうまい。青菜を茹でる時は湯から塩入れて、根菜は水から。これ基本な」


 コクコクと頷く。

 これなら簡単そう。


「じゃあ、次は味噌汁な」


 コンロに咲くんがダシをとった鍋が火にかけられていた。

 小さい魚のようなものが浮かんでいる。

 ……これは何?


「これは煮干し。煮干しでダシをとる時は、頭と腹を取ってからしばらく水に浸けておく。それから火にかけるんだ。店じゃ出しちまうけど、このまま具にして食ってしまえばゴミが出ない」


 へ~。

 なんだか塩っぽいような魚っぽいような匂いがする。

 鍋の中で対流に乗って銀色の煮干しがキラキラと泳いでいるようにも見える……頭ないけど。


「他の具を入れる時はここで入れるけど、今日は豆腐とわかめの味噌汁だから先に味噌入れるぞ」

「え? なんで?」


 網のお玉みたいなところに味噌を入れた咲くんは、それを火を止めた鍋に入れて、菜箸でほぐしながら溶かし始めた。

 もわんと味噌が溶け出して、淡黄色だったダシの色が見慣れた味噌汁の色に染まっていった。


「豆腐は塩味の付いてる汁に入れないと、煮たてた時に、すが入りやすくなる。んで、味噌は煮たて過ぎると風味が無くなるから、火を止めてから味噌を入れる。食う前には豆腐が温まる程度に温め直す程度にしとけよ。ぐつぐつ煮たてたら台無しだからな」


 なるほど、麹はいきものだもんね。しいたけもそうだけど、菌類かと思うとちょっと……。おいしいから食べるけど。

 ほいっと手渡されたのは手のひらサイズのきぬごし豆腐。


「これを適当に切って」


 味噌汁の中に入ってる豆腐って、サイコロみたいなのだっけ?

 よくあるイメージを頭に思い浮かべて、まな板の上に載せる。

 ……と。


「っきゃ! 咲くん、危ない!!」


 見れば、咲くんは手のひらの上に載せた豆腐に包丁を当てているところだった。

 手が切れる!!

 思わず悲鳴を上げたら、ギロリと睨まれた。

 なんだなんだと他の部員さんも集まってくる。


「驚かせるなよ、バカ」


 うわ~ん、バカって言った!!

 

「ああ、豆腐は崩れやすいからね、まな板の上で切ってもいいんだけど、移す時に崩れやすいから手の上で切っちゃったりもするのよ。美晴ちゃんもやってみる?」


 南部長が「はい」と手のひらに豆腐を載せてくれたけど、硬直してしまう。

 ダメ! 無理!!

 絶対手のひらを切っちゃう自信あるもん!!!


「大丈夫よぉ、包丁を引かなければ手は切れないわ」


 引けば切れるんですね……ゴクリ。


「美晴、できないなら俺が切ってやろうか?」


 手首を掴まえて、包丁を構える咲くん!!


「きゃあーーーー!! やります! できます!! だからやーめーてー!!」


 ひぃぃぃぃ~。

 

 掴んでいた手首を解放されて、右手で包丁を握った。

 部費争奪人気投票の一位に輝いたお祝いのぶりの照り焼き担当の先輩だけがグリルの前に戻っていったけど、面白半分の他の部員さんたちは、私たちの調理台の回りをぐるりと取り囲んでいた。


 ゴクリ。


 言い知れない緊張感が私を中心に同心円を描くように広まっていく……。

 

 いざ……!!


 真上からそっと包丁を押し当て……どこまで下ろしたらいいのぉ~~。

 手のひらが切れたらどうしよう~~~。

 おもわず涙目になって、咲くんを見る。


「はぁ~~(タメ息)。そのまま、手のひらに包丁が当たるまで下ろしても大丈夫だよ」

「ほんと? 本当に切れない?」

「引かなきゃ大丈夫だから」


 そう言いながら左手の上で、右手をのこぎりみたいに手前奥とギコギコ動かすジェスチャーをしてみせる咲くん。


「真っ直ぐ下ろして、真っ直ぐ上げろ」

「う……うん~」


 思い切って手のひらに当たるまで包丁を下ろしてみる。

 柔らかい豆腐に食い込むように切りこむ包丁の刃が、ツンと手のひらに当たった。

 緊張マックス!!!

 そぉう……っと真上に上げて、豆腐から包丁が出てきた時には、詰めていた息がほうっと漏れた。


「こんな緊張感のあるお料理初めて」


 南先輩がその緊張して張りつめた空気を朗らかな笑顔で吹き飛ばした。


 一度出来てしまえばこっちのモノ。

 やればできる子なんだってば、私は。




 正直言って、咲くんの豆腐よりは確実に、どう見ても大きい豆腐が汁椀の中でごろごろしている。


「サイズを揃えなきゃ、中まで温めるのに差が出るだろ」と咲くんには呆れられたけど……包丁に対してちょっと自信がついたかな、と思う。


 すが入ってないつるりとした豆腐が美味しい……!


「この豆腐……美味しい!!」


 すが入っていないから、ぼそぼそしてなくて美味しいのはもちろんだけど、大豆の味が濃くて甘い。なんでだろ、これ。おいしい豆乳をそのまま固めてるみたい!!


「あ、これうちの豆腐なのよ」


 豆腐の美味しさに感動していると、南先輩がニコッとして言った。


「商店街の中の【南豆腐店】が私の家。美味しいでしょ? どうぞ、御贔屓に~♪」

「買う買う!! これでお味噌汁作って、うちのお母さんに食べさせてあげたい~」


 隣に座っていた咲くんの視線がつと私のこめかみの辺りに移動して、にっと笑った。

 ポッと頬が熱を持った気がした。


 青くてつるつるしたキャンディみたいなヘアピンが、彼の茶色い瞳に映っていた。


「ところでさあ、仲がいいことは良いことなんだけどさ。タマちゃんと美晴ちゃん、いつの間に名前で呼び合う中になったの?」


 南部長が汁椀を持ったまま、ニタニタと笑う。


「今日から」


 ワタワタと焦る私の横で、咲くんがにっこりと笑顔で答えながら、急に肩を抱き寄せてきて……咀嚼していたほうれん草を吹き出しそうになった。

 

 



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