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おいしい料理のつくりかた  作者: 紅葉
おいしい料理のつくりかた本編
1/82

メニュー01 誰が為に料理を作る?

 定期考査ってさあ、保健体育や家庭科までしなくってもいいと思わない?

 大体、キャベツの千切りが試験内容なんて、転校早々大ピンチ!


 親の仕事の都合で転校してきた私は、時期外れの転校をしてきた……みたい。

 夏休み明けの転校って珍しくもないと思うんだけど、大学みたいに前期・後期の2学期制のこの高校は、夏休み明けに前期考査を行う。つまり転校早々定期考査なわけよ!

 国語、古文、理科、歴史、数学……などの普通教科は問題ない。

 自慢するわけじゃないけど、前の高校でも学年10番以内には入っていたのよ!

 だけど、総合評価となると話は別。途端に100番台に落ちちゃう。

 その原因は、体育と家庭科のテスト。しかも試験内容はペーパーじゃなく実技なのです。

 答えがない教科って苦手……。



 ぶつぶつ文句言っていても始まらないから、追試の練習を始める為に放課後の家庭科調理室を占拠することにした。

 何を隠そう、本日の家庭科の前期考査はボロッボロ。

 だって仕方がないじゃない、前の高校じゃ1学期は被服だったんだもの。

 キャベツの千切りなんか練習してないもん。

 両親共働きのウチじゃ、『家計がお得、ママにっこにこ~♪』のCMで有名なトクケイで食材を毎日配達してもらっている。キャベツどころか野菜は全て洗浄済、千切りキャベツはビニール袋を破って、即盛り付けだもの。


 それでも、前の高校で転校まで付き合っていたヨシくんにお弁当を作ってあげた事があった。“彼が喜ぶお弁当特集”号のお料理雑誌を買ってきて、頑張って作ったのに。

 それなのに! それなのに!!

 ヨシくんってば、『ははっ、すげえ。ここまでマズイ料理初めて食ったよ』なんて、言ったんだよ!!


 おにぎりに手塩付けてないからって何よ! (塩分摂り過ぎは良くないんだからね!)

 炒めソーセージが焦げてるからって何よ! (香ばしいじゃないのよ!)

 唐揚げが外はキツネ色だけど中が生だからって何よ! (レアっていうのよ!)

 卵焼きがぐしゃぐしゃで、しかも殻入りだからって何よ! (カルシウム補給なんだから!)

 冷凍ブロッコリーを茹でたら、加減が分からなくてぐにゃぐにゃだからって何よ! (消化にいいじゃない!)

 サラダの水切りが出来てなくて、他のおかずがビシャビシャで、しかも生野菜がおにぎりの熱でぐったりしていたからって何なのよ!! (……さすがにそれは私も気持ち悪かったけど)


 愛情は込めてたもん!

 私の事が好きなら『美味しいよ』って食べてくれてもいいじゃん。


「ヨシくんのバカー!!」


 サクッ!!


「ぎゃあ!!」


 血! 血! 血~!!!!


 キャベツの千切りの練習をしていたのを忘れてたぁ~!!

 かる~く肉削げた! 肉削げたぁ~!!!


「ったく、何してんだよ」


 つかつかと家庭科調理室に入ってきた男子は、真っ直ぐ私の方に歩いて来て、血がダラダラ流れている私の手首を掴んだ。そして、水道の蛇口をひねると、流水の中に私の手を突っ込んだ。


 コイツ馬鹿? 馬鹿なの?

 血が出ている時に水につけたら血が止まらないじゃん!

 このまま私、失血死してしまうの?

 おまわりさーん、私が死んだら犯人はコイツです。うちのクラスの玉野咲たまのさくです!!


「おい、暴れんな!」


 流水から出した指を、今度はキッチンペーパーに包んで上からギュッと掴んだ。

 

 イダダダ!!!!

 やっぱり、殺されるぅ~!!

 指先を絞殺されるぅ~!!


 そして、手首を掴んでいる手が、私を吊り下げるように高く上げられた。

 自然に玉野くんの顔と私の顔が近づいてしまう。


 おわっと……!


 不機嫌そうな玉野くんの顔をついマジマジと観察してしまう。

 日に透けると茶色に見えるさらさらの髪。

 体毛が薄いのか、目立たないヒゲとつるりとした頬。

 くっきり二重まぶたと長いまつげに縁取られたアーモンド形の目に茶色っぽい瞳。

 きゅっと不機嫌そうに引き結ばれた薄い唇……。


 発達途上の男子の身体はひょろっと背が高くて、腰は女子より細い……羨ましい!

 でも、手首を掴んで私を吊り下げている力は、男子のもので力強い。


 5分くらい吊り下げられていたでしょうか。

 いい加減本当に痛い。

 もう痛いのは、傷なんだか、手首なんだか、とりあえず腕一本がズキズキします。


「もういいかな」


 ようやく手は降ろされ、玉野くんはそっと大事な包みを開く様な手付きでキッチンペーパーを開いた。


「渡瀬、騒ぎ過ぎ。皮一枚削いだだけじゃん」


 雑な言葉使いとは裏腹に、ふわっと柔らかく笑うと、学生服のポケットから絆創膏を出して指先に巻いてくれた。

 どうやら血は止まったようです。良かったぁ。


「あ……ありがと」

「おう」


 ……だけどさ、こういう時は漫画とかじゃイケてる男子が血を吸ってくれたりするんじゃないの?……。

 なんかちょっと王子様っぽくない……。


「あほか。口で吸ったらバイ菌入るだろ」


 ありゃ? 声が出ていましたか。

 カァっと頬が熱くなって、何故か握られたままだった手を引き抜く。


「玉野くんは……何しにきたの? 確か、今日の家庭科の試験はパスしてたよね?」


 そう、玉野くんはふわっふわの糸の様な見事な千切りを作って、家庭科の先生を唸らせていたのでした。私とじゃ天と地の差なのですよ……。


「俺は部活しにきたの! ここは料理倶楽部の活動場所なんだよ。邪魔だから出ていって?」

「もう、タマちゃんたら~、そんなこと言っちゃだめよ?」

「南部長……」


 いつの間にやら、家庭科調理室には男女数名の生徒がいて、エプロンを着けて手を洗ったり、冷蔵庫から食材を出したりしていた。

 南部長と呼ばれた女生徒が、玉野くんの後ろに立っていた。

 丸顔に優しげな表情の先輩だ……失礼だけど、お母さんみたいな印象を受けた。

 いや、うちの母とは似ても似つかないけどね。何ていうか、一般的な大家族の母ちゃん……みたいな?


「お前こそ何してたんだよ」


 調理台の上を見ても分かりませんか?


「……追試の練習」

「これが千切りってか?」


 玉野くんがまな板の上の千切りキャベツを見て笑う。

 悪かったわね~!!


「これじゃ、百切り……いや、十? むしろざく切り……」

「タマちゃん!!」


 からかう玉野くんの声に被さるように、南先輩の鋭い声が玉野くんを窘めてくれた。


「自分で何とかするもん。絆創膏ありがと……」


 のろのろと指を庇いながら、調理台の上のキャベツとまな板と包丁を片付け始めた。

 くそぅ……! ちょっと料理が出来るからって偉そうに!

 私だって、私だって練習すれば、出来るようになるもん。


「あ~あ、シェフ、女の子泣かした」

「女の子かわいそ~」


 周囲から玉野くんを面白がりつつも、責める声が上がった。

 違うもん、泣いてないもん! 

 

「ぁあ! もう、悪かったって! 教えてやるから帰るな!」


 玉野くんがセーターの袖で涙を拭うように私の目元を擦った。

 ぐすん……、そのセーター綺麗なの?

 

「でも……部活の邪魔したら悪いもん」

「いいから! ほら、千切りやるぞ!」


 玉野くんはバラバラになったキャベツの残骸をザルに移して、丸々としたキャベツの葉を外し始めた。


* * *


 ほう。キャベツの葉はそうやって剥くのか……。


 玉野くんはキャベツをひっくり返して、芯に近い葉脈に包丁で切れ目を入れて剥がし始めた。


「何? もしかしてここから?」


 手元を覗き込んでいたら、信じられないようなものを見る目で見られた。


「渡瀬んち、母親も親父も料理しねーの?」

「するよ! するけど、トクケイで運ばれて来た、もう切ってある野菜を炒めたりとかするだけだし……母さんが料理している間は、たいてい勉強しているから……」

「ああ……なるほど。渡瀬が料理下手な原因分かった」

「え!? 本当?」


 それだけで?


「料理っていうのはさ、実際目の前でやってるのを見て覚えるもんなんだよ。だから、初心者が料理の本とか見ても無駄。あーいうのはさ、食材の基本的な扱い方や、調理道具の扱い方が分かってから読むもんなの。渡瀬はさ、つまり経験不足ってこと。他人の作ってるの沢山見て、美味いもん食って、自分も料理して、失敗してって経験すれば上手くなるよ」

「本当?」

「ああ。よく見とけよ」


 玉野くんは話をしながらも、剥がされたキャベツに包丁を入れて太い葉脈を切り離した。


 へ~、包丁の先を使うんだ……。


 2枚に分かれた葉を数枚纏めてくるくる巻くと、リズミカルに包丁で切りだした。

 細いふわふわした千切りが、またたく間にまな板の上に現れる。


「すご~い! すご~い!」

「そりゃどうも。じゃ、今みたいにやってみな」


 まな板の前の場所を開けられた。


 俄かに緊張し始める。

 ええ……と、どうしてたっけ?


 慎重に包丁を入れて葉を切り離す。

 

 次はぁ……巻く?


「それじゃ巻きにくいから、太い葉脈を外すんだよ」

「あ……そっか」


 包丁の切っ先を使って、……っと。


 着々と作業が進んでますよ?

 ほら、やれば出来る子じゃん、私!!


「立ち位置が悪い」


 玉野くんが肩を掴んで、まな板に対して45度になるように身体を斜めに動かされた。次に閉じて立っていた足の間に上履きを履いた足を差し込まれて、足払いの様に足を開かされる。

 どうでもいいけど、脚の間に足入れる……って、女子扱いされてなくて少し哀しい。


「あ……切り易い……かも」


 それでも玉野くんのような糸みたいな千切りは切れないけどさぁ……。


「左手! 指伸ばすな、見てる方が指切りそうで怖い。そう、卵を軽く握る様な形してみ? そう、それが【猫の手】。これ、基本だから!」

「う……うん」


 ……ザク、……ザク、……ザク……。


 う~ん、なかなか細く切れないなぁ。


「猫の手にした人差し指の関節に、包丁を押し当てるんだよ」

「そんなの、怖い!! 絶対指切る!!」

「第2関節より上に包丁を上げなきゃ、切れねぇって」


 うぅ、本当かなぁ……。


 ザク、……ザクザク……。

 ……ザクザク、ザク……。

 ザク、ザクザク……。


「玉野くん、後は練習するだけだから、みんなの所に行って来ていいよ。ありがとう」

「うるせ。危なっかしくて目が離せねぇよ、偉そうなこと言ってないで練習しろ、練習」

「う……うん」


 ザクザク、ザク……。

 ザクザク、ザク……。

 ザクザク、ザク……。


 お? どんどん細くなってきたんじゃありませんか?


 ザクザクザク……。

 ザクザクザク……。

 ザクザクザク……。


 なんとなくリズミカルに切れるようになってきたかも♪


「あ……あれ? もうキャベツないの?」

「ひと玉刻めば充分だろ」


 苦笑しながらも優しい表情の玉野くんがそこにいた。

 夢中になっていたから気付かなかったけど、キャベツひと玉も千切りしてたんだ。

 どうりで包丁を持っていた右手が強張っている。


 大きいザルに山盛り一杯のキャベツの千切りを見て、玉野くんが笑った。


「上手くなったよ、渡瀬。褒美に美味いもん食わせてやる」


* * *


 他の部員はフライパンで肉だねの様なものを焼いている。

 この匂いは……ハンバーグ!!

 途端にお腹が空いてきましたよ。


 家庭科調理室の前方、ひと際大きい教師用の調理台の後ろのホワイトボードには、『本日のメニュー【ロールキャベツ】と書いてあった。

 つまり……。

 目の前の山の様なキャベツの千切りに目を遣る。


「私……皆さんのロールキャベツ用のキャベツ刻んじゃった……?」

「ピンポ~ン♪」


 南先輩がクイズに正解したかのように返答した。


「ご、ごめんなさい!! 迷惑かけてごめんなさい!!」


 コメツキバッタの様に部員の皆さまに向けてぺこぺこと頭を下げた。

 なんて事をしちゃったんだろう!!

 

「いいんだよ、気にするな。料理には臨機応変に対応することも大事だからな。実際、キャベツがなきゃハンバーグになっただろ?」


 玉野くんがにやっと笑って慰めてくれた。


「女将、キャベツの葉脈はスープでも作りますか?」

「そうね、ポタージュでもコンソメでも良いけれど、生クリームあったかしら?」


 私が出した大量の葉脈と最初の失敗したキャベツの残骸の入ったボウルを別の部員さんが隣の調理台に持っていった。何故だか女将と呼ばれていた南先輩も、彼に付いて離れていった。


 玉野くんが豚肉の入ったパックと、卵のパックを持って、調理台に戻ってきた。


「何作るの?」

「トンペイ焼きだよ。食った事ある?」

「あ……お好み焼き屋さんで食べた事ある。そんなの作れるの?」


 心底呆れたような顔をして、玉野くんが顔を見返してきた。


「本当、ここまでくると面白いわ。まあ見てなよ」


 玉野くんは大量の千切りキャベツを大きいザルに移し替えて、まずキャベツを洗った。

 そして、大きなフライパンをコンロに載せて火を付けた。

 食用油をフライパンに入れて、生のピンク色をした豚肉を炒め始める。

 豚肉が見た事のある白っぽい肉の色になった。これが火が通ったという状態なの?


 そこにキャベツを入れる。もちろんザルのキャベツは全部は入らないから、2掴みくらい入れたっぽい。

 それを更に炒めて、炒めて……なんだか甘い良い匂いがしてきたよ。

 キャベツって炒めると透明感のある鮮やかな緑色になってくるんだね。今まで良く見て食べてなかったなぁ~。

 そこへ何やら調味料らしきものを入れた。白っぽいペーストの様なもの。


「何それ?」

「塩麹。今の俺のお気に入りなの」


 炒められてクタっとしたキャベツとジュウジュウ焼けた豚肉は、もうそれだけで美味しそう~。


「もう少し待ってな」


 よだれを垂らさんばかりに玉野くんの手元を見ていた私に、小さく笑いながら玉野くんが言った。


 フライパンの中身を皿に出して、キッチンペーパーで拭った後、油を少し足して今度は溶いた卵を流した。

 じゅわ~♪ と良い音と共に、プクプク小さく膨れながら薄焼き卵らしきものが焼けてくる。まだ半熟状態の内に、皿の中身をフライパンに戻した。

 そして、器用に揺すりながらオムライスの様にそれを包んでいく……。


「ふぁぁ……!! 美味しそう~!」

「仕上げ」


 お皿に出したトンペイ焼きにソースとマヨネーズ、青のりと鰹節をかけた。

 湯気でふわふわと鰹節が躍っている。

 鼻をくすぐるソースの匂い~!! くぅ~! 美味しそうー!!


「召し上がれ」


 トンッと私の前にトンペイ焼きの皿が置かれた。


「頂きます……」


 両手を合わせてから、お箸を持つ。

 薄焼き卵は綺麗な黄色で、箸で千切ると抵抗なく破れた。中から幸せな湯気に包まれたキャベツと豚肉が現れる。

 このキャベツ、私が切ったんだ……!

 なんだか感動しちゃうよ。

 太さが揃ってないのはご愛敬だけどね。

 卵焼きにキャベツと豚肉を包んで口に入れる。

 キャベツの甘みと、良く焼けた豚肉がカリカリして、油の旨味がじゅわっとして……。

 食欲を刺激するソースとマヨネーズは鉄板コンビだね!!


「うわぁ! 美味しい! 美味しいよぅ~」

「何で泣いてんの?」


 玉野くんが不機嫌そうな顔で睨んでくる。


「だって、だって……。私の切ったキャベツが美味しいんだもん~。こんな美味しいトンペイ焼き食べたの初めて~!!」

「ふっ……まあ、俺の実力だけどな」


 そんな玉野くんを軽く無視して、私は一心にトンペイ焼きを食べた。

 私の切ったキャベツが美味しく食べられた! それは、私にとっては感動的な出来事だった。上手く千切りも出来るようになったし、これで追試は大丈夫だよね!

 でも……切っただけじゃ、お料理した事にはならないよね。

 もう誰かの為に作った食べ物を無駄にしたくない。

 美味しいって、誰かに食べて貰えるようなお料理を作りたい……!


「ねえ、私でもトンペイ焼き作れる……かな?」


* * *


 玉野くんのご指導のもと、私はトンペイ焼きを作りまくった。

 卵は玉野くんが割ってくれたので、私はひたすらキャベツと豚肉を炒めて炒めて炒めて……!

 豚肉とキャベツのある限り!!

 あ、卵もか……。

 

 

 トンペイ焼きを作ってみたいって言った後、最初に玉野くんから言われた言葉が胸に残っている。





「渡瀬はさ、誰の為にトンペイ焼きを作りたい?」

「誰……?」


 意味が分からなくてキョトンとしていると、言葉を少し変えて再び訊ねられた。


「つまり、誰に食べさせたい?」

「う~ん……」


 その時、家庭科調理室の窓から運動場が見えた。

 野球部がワッセワッセと掛け声を上げながら、運動場をランニングしている。


 本当はいつも遅くに帰って来て、いくら下処理済だといっても煮るか焼くか揚げるかしなくちゃいけないトクケイの食材を使って、ご飯の準備をしてくれる母さんに食べさせてあげたい。

 仕事から帰って来て、ご飯を食べるだけにしてあげられたら、母さんは凄く楽だと思う。

 本当は、母さんに楽をさせてあげたい。

 でも、あの日の出来事が私に呪縛をかけてしまった。



 でも今、玉野くんのおかげで呪縛が解けかかっているような気がする。

 お料理が下手なのは、経験不足だって言ってくれる。

 練習すれば上手くなる、きっと!

 私は母さんに食べて貰うために、まず目の前の羊たちに試食してもらう事に決めた。



「うめぇ!!」

「うわっ! お前ズリィ! 皿抱え込むなよ!!」


 大量に焼いて焼きまくったトンペイ焼きを、野球部の部員に差し入れをした。

 美味い、美味いの大合唱♪

 思わず小鼻が膨らんじゃいますよ~。にひひ~。


「さすが料理倶楽部のシェフだな!」

「これ作ったの、俺じゃないぜ」

「「「えーーーーーーーーーー!?」」」

「誰?」


 野球部に所属していたらしい、名前はまだ覚えていないがうちのクラスの男子が玉野くんに聞き返した。

 

「コイツ」


 玉野くんが親指でクイッと私を示した。

 一斉に野球部員の視線を浴びて、居た堪れない気持ちになる。


 うう……逃げ出したい。


「うぉおおおーーーーーーーー!」

「渡瀬さん、すげーーーーー!!」

「美味いッス!! 旨いッス!!」

「ありがとう~! すっげぇ、美味い!」


 地響きのような男子のどよめきと賛辞。そして拍手が贈られ、嬉し恥ずかし……やっぱり嬉しい。


 玉野くんをこっそり盗み見ると、目が合った。

 玉野くんは、今までで一番の笑顔で微笑んでくれていた……!!

 

 誰かに食べて貰えるって嬉しいね。

 もっと上手くなりたいよ。

 ねぇ、また教えてくれますか、おいしい料理のつくりかたを。


 



 ―――それから私は正式に料理倶楽部に入部した。

 身分は料理倶楽部マネージャーだって。

 まだ調理には入れて貰えないでいる。

 『まずは他人の作っているところを見て覚えろ。そして、味を舌に覚えさせるために食べること!』なんだって。

 ちなみにあの後、母さんと父さんのためにトンペイ焼きを作った。

 二人ともとっても喜んでくれて、もっともっとお料理がしてみたくなった……のになぁ。

 玉野くんの美味しいお料理を食べられるのは好きだけどね~。


「で、当然追試はパスしたんだろうな」


 放課後、私達以外に誰もいない教室で、不機嫌そうな表情をした玉野くんが聞いてきた。

 でも、私は気付き始めている。

 彼のこの不機嫌そうな表情は、心配してくれている表情なんだって。

 顔に似合わず口は悪いけど、なんだかんだ言って優しいんだよね~。今日も追試の結果が聞きたくて、待っていてくれたんでしょう?


「玉野くん……ありがと。なんとか合格したよ」

「当然だ」


 嬉しそうな顔で、くしゃりと頭を撫でられた。

 

 突然、がらりと二年生の教室の引き戸が開く。そして、南先輩が飛び込んできた。

 ぎゅっと南先輩に抱き締められる。

 ふんわり柔らかい先輩の身体に、女同士だけど、ちょっとドキドキしちゃった……。


「美晴ちゃん、おめでとー!! さあ! 美晴ちゃんの歓迎会するわよぉー!」




 南先輩に引き摺られるようにして連れて行かれたのは、駅前商店街の中の一軒の定食屋さん。

 紺色の暖簾に【ねこまんま食堂】と屋号が染め抜かれている。


 中に入ると、料理倶楽部の面々が既に揃ってテーブルについていた。


 店内は使いこまれた色の木製のテーブルが4つ。それぞれに木製の椅子が4脚ずつ置かれていて、座面には紺色の座布団が敷かれていた。

 厨房を取り囲むように、緩やかなカーブを描いてL字に飴色に輝いているカウンターが設置してある。そこにも紺色の座布団を敷いたスツールが5脚。

 厨房の壁際には大きな業務用らしい冷蔵庫が鎮座していて、コンロや流し台は使い込まれている風なのに、清潔そうにピカピカしていた。


「まあ、小さい店だけど安い、美味い、多いって言うんでうちの学校の学生御用達の店なのよ。ゆっくりしていって」

「「ぅおい!! お前の店かよ、ここは!!」」


 南先輩が制服の上から、紺色木綿のエプロンをかけつつ朗らかに言うと、2方向からツッコミの声が上がった。


「いらっしゃい、家庭科クラブの新入部員だって?」


 白い板前さんみたいな服装をしたオジサンが、調理台に手を掛けてこちらを見ている。

 さっき、玉野くんと一緒にツッコミ入れたのこのオジサンだよね。

 普通にしていてもちょっと不機嫌そうな表情といい、玉野くんに似ている。……他人の空似かな。


「【料理倶楽部】だ! 親父」

「はい……って、玉野くんのお父さん!?」


 オジサンはにまっと笑って、「ゆっくりしていきな」と頷いた。


「これがうちの親父。んで、あっちがお袋。後、三年生の兄貴がいる。今日はまだ帰ってないけど。んで、南先輩はうちの近所に住んでて兄貴の幼稚園児の頃からの同級生。一年生の頃からうちでバイトしてんだよ」


 玉野くんの紹介を聞きながら、あっちはどっち? と視線を巡らすと、ふくよかな体形の女性がいた。朗らかそうに笑いながら部員にお茶を出してくれている。

 きっと、不機嫌そうな男ばかりの家族の中で、太陽のような存在なんだろうなぁ……。

 自営業だけど帰ってきたら家族がいて、兄弟もいて、楽しそうだなぁ。


 私の場合、帰ったら一匹お留守番していたマロン(ミニチュアダックスフント)が、弾丸のように玄関に駆けてきて、頬をペロペロしてくれて、栗色のお腹をグリグリし返して、私服に着替えたら散歩に出掛けて……。

 マロンは唯一私の帰りを待ってくれている家族なんだけど……やっぱり寂しい気持ちは拭えない。


「お腹一杯食べな」


 ドンとテーブルに載せられたご馳走は、腹ぺこの高校生仕様に大盛り!

 キャベツの千切りの上にこんもりと盛られた豚の生姜焼きの大皿。

 とんかつ! 鶏のから揚げ! アジのフライ!


 ひゃっほ~い!!


 大きな鉢にどっさり入ったおでんは、飴色におつゆが滲みていて柔らかな湯気を立ち昇らせていた。

 黄色い沢庵と、海苔を巻いた塩むすびも並ぶ。

 

 最後にオジサンの手で、トンッとテーブルに運ばれたのは……黄金色の玉子焼き。

 焦げてなくて、見た目にもしっとりとしているそれに添えられているのは、大根おろし?

 玉子焼きにはケチャップ派の私は、これをどうしていいのか分からない。


 きっと不思議そうにコレを見ていたのだろう。

 グレーのフード付きのパーカーに、ブラックジーンズという私服に着替えて、南先輩とお揃いの紺色のエプロンを着けた玉野くんが、私の横で腰に手を当てて仁王立ちしていた。


「出汁巻き玉子だよ、食った事ねーの?」

「う、うん」

「はぁーーーぁ、信じらんね。まずなぁ、大根おろしを乗せるだろ? で、しょうゆをちょっとだけ垂らしてだな……」


 なんだかんだといいつつ、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる玉野くん。

 嬉しいんですけども! 嬉しいんですけども!!


「ほら、食ってみろ!!」


 玉野くんが箸を持っています。

 箸の先には、一口大に切られた出汁巻き玉子が摘ままれています。

 そして、それを「食ってみろ」と鼻先に突き出されています。

 これは……これは……『あ~ん』しろってことなんでしょうか?


 玉野くんのお父さんが怖い顔で睨んでます。(多分驚いているだけだと思うけど)

 玉野くんのお母さんは驚いた顔をしています。

 南先輩をはじめ部員の皆さんはニヤニヤしてます……。


 まごついている間に、玉野くんの眉間の皺がますます深くなっていきます。

 

 【公開処刑】という単語が何故か頭に浮かんできました。


「う……」


 目を閉じて口を開ける。

 口の中に玉子焼きが突っ込まれた。

 噛むとじゅわっと溢れるお出汁の味。


 正直言うと、何で出汁を取っているのか皆目見当つかないけど、美味しいことは確かです。

薄焼き玉子の時とはまた違う、優しい玉子の味が口いっぱいに広がります……。

 大根おろしの爽やかな辛みの中に、ほのかに甘みも感じられて、お醤油の香ばしい良い香りとしょっぱさが……!!


「美味し~い!!」

「だろ?」


 玉野くんが焼いた訳ではないと思うのですが……。

 自慢げに笑う玉野くんが少し可愛いと思ってしまった。

 

「玉野くん……今度はこの出汁巻き玉子のつくりかたを教えてくれますか?」


 玉野くんは少し偉そうな表情で、口の端だけをきゅっと上げて頷いてくれた―――。


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