2-王都リベルン
揺れる馬車の中、俺達地球組の人間は情報を交換していた。と言ってもっ交換出来る情報など極僅かなものであり、更には隣に俺たちを呼んだ世界の人間が二人も座っているのだ。馬車がそこまで広くない事もあり、それなりに密着しているため、声を潜めて喋っても隣の人間に嫌でも聞こえてしまう。なのでこの世界の人間について個人の感情などに限っては吐き出せない。この馬車の中でわかったのはそれぞれの名前と出身などその程度のものだ。
まず一番最初に俺に話しかけてきたのは遠藤翼。サッカー部のキャプテンを勤める秀才な人間だ。見た目は爽やかに切りそろえられた短い髪の毛に優しさを感じられる大きな瞳。全体的にかなり整った顔をしている。それに正確も相まって世間一般で言うならイケメンと呼ぶのだろう。
そしてその隣に座っていたのは少しばかり活気にあふれる少年。名前は笹ヶ根正一で遠藤翼とはどうやら幼なじみの関係にあるらしい。今回の召喚?に至っても巻き込まれた、などと言っており、どうやら翼の持ってくる厄介事にいるも巻き込まれているらしい。人事ではあるが頑張って欲しい所だ。今回の厄介事を含め、だ。
最後に余り口を開かない少女の胡桃恵子。余り口を開かない、というよりは人見知りの部分がでかいのかもしれない。友人であろう翼と正一とは口を聞いていたが、俺とは全くと言っていいほど口を聞いてくれなかった。寧ろ俺と視線が重なると慌てたように俺と視線をそらすのだ。…怖がられているのかもしれない。まぁ…そういった感情を当てられる事には慣れているが。
肝心の俺の紹介だが、当たり障りのない程度に紹介しておいた。親の関係で学校には言っておらず、世界を回っていた、と。NSSオリジナル所有者なんて事は口が避けても言えない。言った所で目の前の三人を余計に混乱させるだけだろう。因みに目の前の三人はNSSを持っているとの事。そのの能力の内容までは聞かなかったが、こういった学生でもすでにNSSを所有していると言う事実に少しばかり驚いた。
NSSが用いられているのは軍部の方ばかりと思っていたからな…この三人が持っていると言う事は完全に一般の世界にも普及してしまっているのだろう。この三人はそれを便利な力程度にしか思っていないだろうが、実際の所は違う。国が保有する力を高めるために学生と言う早い段階から育てられているにすぎない。結局の所NSSの力は戦争に用いられるのだから。
「それでこの馬車は何処に向かっているんだ?」
あらかた俺たちの紹介が終わった所で、本題に入る。
「王都リベルンに向かっています。と言っても分からないのですね…失礼しました。王都リベルンとは多くの種族が共存する共和国となっています。初めて見る異種族かもしれませんが慌てずに私達に付いてきてください」
帰ってきた答えは簡易なものだった。
王都。つまりはこの二人が所属する国。
まぁそこで情報を集めてもいいだろう。多種族が集まると言うのならばそこで多くの情報も集められる筈だ。面倒ならばイヴィに情報を集めてきてもらうのが一番早いが、知らない世界と言う事もあり、やはり自分の目でしっかりと確かめたい。結局の所自らの欲だ。
それにしても多種族、か。一体どのような生き物だいるのだろうか。俺の記憶にある限りファンタジーものの映画に出てくる異種族と言ったらエルフやドワーフなどと言ったものか?他にはドラゴンなどと言った生き物もいるかもしれない。ドラゴンか…本当にいるのならば是非この目で見てみたいものだ。
「リベルンまでは後数分で付きますので今のうちに体を休めておいてください。リベルンに付いてからは暫く休めないと思いますので」
勝手に呼び出しておいてそちらのペースに合わせるのか。まぁその王都とやらもそうでもしなければならない重要な問題があるのだろう。俺には関係ないが。
(ジン。王都についたら私も外に出ていい?)
と、そこでイヴィからの声が響く。流石に今口を開いたら変人としか思われないので俺も脳内で答えを返す。
(ああ、別に構わないぞ。久しぶりに二人で行動しようか)
(やった!)
嬉しそうなイヴィの声を聞き、自然と俺も感情が緩やかになり、思わず頬が上に上がる。その様子を見られたのか女騎士が此方を怪訝な目で見るが、見て見ぬふりをし、俺も無視を徹した。
そのまま馬車の中は静まり、リベルンまでの道のりを急いだ。
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目の前に広がる広大な町並み。決して日本では見れることがないであろうその景色に俺は圧倒され、馬車から降りた所で呆然としていた。
レンガで作られた家が綺麗に計算された配置で並んでおり、一本の大通りが中心に向かうように真っ直ぐの伸びている。女騎士に聞けばリベルンは円状に広がっており、北、東、南、西にそれぞれ一本づつ大通りが設置されており、それらを真っ直ぐ進むと王が住む城があるとの事。リベルンの外からでも微かに城の存在は見えており、近づけばかなりの大きさだろうと容易に想像する事が出来る。
「これは…すごい」
翼も俺と同じようにこの景色に圧倒され、呆然としている。他の二人も同様だ。
「申し訳ないが此処からは馬車を変えて城の方まで向かって頂きます」
何か変える意味があるのか?と思うが、この世界は世界で何か決まり事みたいな何かがあるのだろう。その意味が理解できない俺たちは口を挟む事なく頷きその場でリベルンの景色を眺めながら新しい馬車をその場で待った。
その場で待つこと数分。大通りの奥の方から今まで乗っていた馬車よりも広く、豪華な馬車がこちらに向かってきた。
…まさかあれに乗らないと行けないのか?
幾分が派手になった馬車に若干憂いを覚えながらも目の前で止まった馬車の中に皆は渋々と言った感じで乗り込んでゆく。此処まで来て乗らない訳にも行かないので俺も馬車に乗り込んだ。
座り心地は先程の馬車とは比べ物にならない程に良く、高貴な人間にしか乗れないものなのだと直感で分かった。…まぁ見た目からでもそれは十分に理解出来る事だったが。
ともかく無駄に豪華な馬車に乗った俺たちはリベルンの中心。王が住まう城へと向かった。
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「…」
「すごい…」
「わぁー綺麗!」
「どんだけ金掛かってるんだよこれ」
目の前に佇む城に圧倒され、皆がそれぞれ感想を口から零す。城で統一された外見は清楚感と言った純白さを感じさせ、威圧感を醸し出すその大きさは地球でも見たことがない程だ。此処まで来る間の庭になる部分に埋められた木々もしっかりと手入れが行き届いており、ここに来るまでの間飽きることはなかった程だ。
「此処からは歩きになります」
二人の女騎士に先導され、俺達もその後をついて行く。道行く途中で会うメイドや兵士は皆俺たちを見ると歓喜に染まった表情をし、中には涙を流す連中も居た。
一体俺たちにどれほどの価値があるのか、嫌でもメイドや兵士の反応を見て理解する事が出来た。他人の感情に幾分が鈍いであろう三人も流石に皆から寄せられた期待に緊張を隠せないのか、城の中に入ってからは一言も喋れないでいる。一体一介の学生に何を望んでいるのか…戦争でもやらすつもりか?人を殺したことのない、そういった世界を知らない人間に。
暗い感情が沸々を沸き上がってくるが、今此処で感情にまかせて暴れるのは阿呆としか言い様がない。内から湧き出る感情を表に出すことはせず、ただ先を歩く二人の女騎士の後を付いて行った。
「此方が謁見の間になります。…王が中に居ますので無礼のないようお願いします」
そういった作法を知らない俺達に何を期待しているのか、とは言わず、素直に頷いておく。
俺達の反応を見て満足したのか女騎士は一息入れると目の前の大きな扉を開いた。
開かれた扉の先に見えたのは左右に広がる幾つもの石柱。そして足元から一直線に伸びる赤の道。その先に置かれている二つの王座。そんな空間には数多の人がおり、二つの王座に座る人物が王なのだとすぐに分かった。
少しばかりの緊張が体に走りながらもゆっくりと歩みをすすめる女騎士の後に着いてゆく。
王座の前についた女騎士はその場で跪く。この世界の作法がいまいちどういったものが分からない俺たちだったが、女騎士の形を見よう見まねで皆真似する。
「勇者四名を連れ只今帰還しました!」
女騎士の簡易な報告に周囲は少しばかりざわつくが、王座の上に座る壮年の男性がそれを手で制すとゆっくりと口を開いた。
「うむ、ご苦労だった。見た限り…少なくない騎士が死んだようだな」
「はい。恥ずかしながら私の部下は一人を覗いて皆…」
「そうか…後のそれ相応の褒美を送る。今は疲れた体を休めてくれ」
「はい」
女騎士は王と短いやりとりを交わし、謁見の間から出て行った。
そうなると必然的に残されるのは俺たち四人。嫌でも周囲の人間の目は俺たちに集まる。
「此度の事で混乱しているだろうがまずは私達の話を聞いて欲しい。異界から来た勇者達よ」
話、か。話を聞くだけ聞いて出て行けばいい。勇者なんて呼ばれるぐらいなのだから、その運用方法は大方の予想はつく。力を求めているなら、その力を使う場が出てくるのは当然なのだから。他の三人がどう答えるかは知らないが、俺は御免だ。違う世界に来てまで殺し合いの真ん中に身を置きたくはない。
そう自分の中で考えを纏めていると一人の視線に気付く。そちらの方に視線を向けてみると、その先に居たのは青い髪をした一人の少女。髪の色と同様の青く深い色をした瞳で此方を見ていた。
…なんだ?当然の疑問が出てくるが、少女の格好を見て何となくだが、その少女が誰なのか分かってきた。周りを見てもあの声の年頃の女はこの少女だけ。そしてあの不思議な雰囲気を言い…恐らくあの声の持ち主があの少女だろう。
「我らの国リベルンを含め、世界の各国は魔族と呼ばれる種族と長年争いを続けている。我らの国は自ら魔族に攻め入る事はなく、防御に徹していたのだが、何故か近年魔族の戦力が急激に上がったのだ」
一人の少女に気が取られている内に王の話は始まっていた。
魔族との戦争。
魔族がどんなものかは知らないが、やはり戦争と来たか。戦争と言うワードを聞いた三人は顔を強張らせている。当たり前だ。殺し合いと言った文字が無関係な国に生まれ、育ってきたのだから。いや…だからこそ、こいつらは戦争に手を貸してしまうかもしれない。戦争がどんなに悲惨なものか知らないから。同情の念だけで。
「そこで我らは過去から伝わる勇者の召喚魔法を行使し、そなた達を呼んだのだ」
本当に簡易な説明だが、王の言いたい事は分かる。つまり戦争に負けそうだから俺たちを呼んだ。そして何かしろの力を持っている俺達の力を貸して欲しい、と言うことだろう。
恐らくその召喚魔法とやらは力ある人間をピンポイントで呼び出す事が可能なのだと推測出来る。でなければこんなにも皆が歓喜の表情をする筈がない。誰一人として疑っていないのだ。俺たちの価値を。
「つまり…僕達に魔族と戦って欲しいと?」
そこで初めて翼が口を開いた。
「ああ。此方の都合で勝手に呼び出し戦いの中に身を置いて欲しいと言う要求は無理があるものだとは理解している。だがこのままではリベルンは近いうちに魔族に滅ぼされるだろう…。頼む、力を貸してくれないか?」
王の願いに翼と恵子は顔を合わせ大きく頷く。その二人の様子を見ていた正一も呆れ顔をしながらもやれやれと言った様子で二人のそばに寄っていた。この様子を見てもわかるが、この三人は手を貸すつもりだろう。
「…戦い方もしらない僕達でよければ」
翼の答えにその場に居た人は皆歓喜の声を上げた。涙を零すものに隣のものと抱き合う人。色んな反応をしている。
そんな中、やはりと言うべきか、あの不思議な雰囲気を纏った少女だけは笑っても、泣いてもおらず、俺の方を静かに見ていた。
「後ろに離れているソナタも我らに味方してくれるのか?」
と、そこで王が俺の方に視線を移し、そう話しかけてきた。
答えなんて最初から決まっている。
「俺は何処にも属さないし、戦争にも参加しない」
俺の答えに王と少女を除いた皆は驚きの表情をする。
「ならソナタはどうする?此方の都合で呼んだ以上、無理強いはしないが…此方に属さない以上は我らも手助けは出来ぬぞ?」
「別に助けてもらわなくても生きていける。それに折角の違う世界なんだ。楽しませてもらう」
「そうか…分かった。そなたは自らの道を行くと良い」
「そうさせてもらうよ」
予想外にすんなりと認められた事に拍子抜けしながらもその場から踵を返す。後ろから三人の視線が向けられている事に気づくが、分からない振りをし、そのまま謁見の間を出て行った。
(何も貰わなくてよかったの?)
「ああ…最初はそのつもりだったけどな。別に必要なものも得にはないだろ?」
(…ふふ。そうだね)
何処か面白そうに返事を返してきたイヴィにむっとしながらも馬車で来た道を一人歩いていた。
(…ジン)
「ああ」
イヴィの呼びかけに短く返事をし、後ろに振り返る。振り返った先に居たのは…先程謁見の間で俺の方を見ていた少女だった。先程と同じような格好で息を切らしながら、俺の方に走り寄ってきた。
「何かようか?お前に言われようが俺は戦争には参加しないぞ」
予め少女に釘を刺しておく。そんな俺の言葉に少女は悲しそうに目を伏せるが、何かを決心したかのように、俺の方を真っ直ぐ見てきた。
「私は…私は…」
「なんだ?」
「私は…貴方について行きます!」
「は?」
少女の声はやはりあの時聞こえた声だと何処か遠くで認識しながらも、少女の口から出た意味不明の発言に俺は情けない声を上げた。