プロローグ2
長い時間空気に触れて固まった返り血を手で振り払いながらも、人の死体で溢れ返った道を歩き続ける。先程イヴィの力を借りて、相手の中心部を破壊し、そこにいた人間全てを殺した。
その事を上層部の連中に報告すると後ろで控えていた後衛班が雪崩れ込み、本当の目的である、とある物を回収していた。
下っ端の連中には恐らく敵の殲滅または撃退としか言い渡されていないだろうが、"オリジナル"の力を持つ俺には今回の作戦の詳細がしっかりと伝えられている。
それは"オリジナル"を模造し作られた最新のナノマシン兵器、通称NSSの回収。
今からや10年前、突如外宇宙から一つの隕石が飛来した。その隕石は地球のとある小さな島国に墜落し、そしてその姿を消した。衛星が捕らえた映像では、そのサイズは数メートル程のものだが、その隕石が飛来したと思われる場所には何の被害もなかった。当然世界の人間が困惑し、裏でその小さな島国に調査隊を派遣した。だが結果は同じ。本来ある筈の隕石は消えており、その後すらも発見できなかった。これ以上の調査は無意味と判断した各国の上層は調査を打ち切った。
しかし、その一年後。謎の隕石に関する話は急激に発展する。
一年という短くも長い時間が過ぎ、隕石騒動のほとぼりが冷めてきた頃、件の中心である島国で異常とも取れる事件が起きたのだ。それは生徒数百名が通う学校での虐殺事件。
小さくも大きくもないその学校内ですごしていた生徒は一人を除き、全て死に絶え、そしてそのステージである学校もその場から姿を消していた。その場に一人の少年と隕石が落ちてきたかのような大きなクレーターを残し。
小さな島国で起きたこの異常な事件を各国の人間が放っておく訳もなく、われ先にと人員を派遣し、その事件で生き残った少年の身柄を確保しようとする。
今思えば此処が俺の人生の分かれ道だったのかもしれない。此処で今俺が所属する組織にさえ拾われなければ…。今更後悔しても仕方のない事だが。
まぁ…各国から送られた人員から何の力もない少年が逃げられる訳もなく、その身柄を拘束される。
その少年の名は黒金仁-つまりは俺だ。
何処の国でもない、裏の組織に捕らえられた俺は体から脳の奥まで、今持ちうる技術で調べられる所は全て調べられた。そしてそこから生まれた結果は既に人間との構造と遠くかけ離れていると言う事実が分かった。
イヴィとの意思疎通が出来るようになったのもその頃からだ。既に分かると思うが、イヴィは外の世界から来たまったく未知の生き物であり、そのイヴィは俺と完全に融合してしまっている。それにより俺の体は既に人間のものではなくなり、本来なら人間に仕えないような力すら使えてしまう。
最初に兵をつぶした不可視の壁もその力の内の一つ。有り体に言ってしまえば、超能力のようなものが使えるようになった。…厳密には違うが。
当然、そんな力を俺を捕らえた組織が放っておく訳もなく、その力を複製しようとありとあらゆる実験を俺に施す。
結果から言えばイヴィとまったく同じ力を持つものは出来なかったが、それでもかなり劣化したとあるナノマシン兵器を作り上げる事に成功する。それが最初に言ったNSS。Non Native Species。
NSSはイヴィの力の一部を人工の手で作り上げ、それを人間の脳に組み込むことによってイヴィの力の一部が使えるようになると言う物。それを作り上げた組織の連中はそりゃもう歓喜し、NSSを複製しては、超能力を使える人間を大勢作り上げた。
だが、それがいけなかった。力に溺れた連中は外の世界に踏み出し、大きな戦争のなかった世界に大きな禍根を生み出した。NSSを用いた新たな人間と銃器を用いた戦争。それだけで見れば銃器の方が強いと思えるかもしれない。しかし現実はまったくの間逆であり、生身でありながら強力な力を使えるNSSもちの人間の手によっていくつもの国が落ちた。
当然オリジナルの力を持つ俺も数多くの人間を殺し、いくつ物国を落としてきた。
最初の頃は弱小であった組織は膨大に膨れ上がっており、今ではこの組織の名を知らぬものがいないほどの存在となった。だが大きくなればなるほど、内部による問題が生まれる。それはNSSの情報に関する買収だ。
外部の人間が金の力を使い、組織の連中からNSSの情報を買ったのだ。それによりNSSとNSSの戦争が生まれ、世界の戦争はされに激しくなってゆく。今回の作戦も外部に漏れたNSSに関する情報を消すためのものだ。…既に手遅れだと言うのに。
「本当に…くだらない」
俺だって小さな頃は何も知らない、こんな血塗られた世界を知らないただの一般人の餓鬼だった。なのに今は未知の強大な力を振るい、人間を殺してゆく虐殺マシーン。笑える話だ。
この現状が気に食わないなら組織をつぶせばいい。そう思うかもしれない。けどそんな事を今更しても既に全てが手遅れなのだ。オリジナルを持つ俺の存在が既に公に知られている以上、俺が此処の組織をつぶそうが、強大な力を持つ俺は何処に言っても道具として使われる。結局やることは一緒なんだ。
その事を察している俺は考える事を放棄し、日々人形のように人を殺してきた。心の何処かが悲鳴を上げている事に気がつきながらも。
そんな事を思い返しながらも道を歩いていると、ふと一つの死体が目に入る。それは俺が最初に殺した集団の中にいた一人の兵士であり、力のはじの方にいたため比較的軽傷ですんだ兵だった。…既に命は亡くなっているが。
何時もならそんな死体の事なんて気にせず、基地の方へ帰還するのだが、今日は昔のことを思い出してしまったせいか、その兵士の存在をきにかけてしまう。
…なにか握り締めている?
死んだ兵士が片方だけの腕で大切に握り締めている何か。俺はそれが気になり、兵士の傍らに行くと腰を下ろし、握られている何かを確認した。
それは一枚の写真。この兵士が、家族と映った一枚の写真だった。皆幸せそうに笑っており、この写真に写る妻と子供は…今もこの兵士の帰還を願っているだろう。
「ッ!」
胸が締め付けられる思いになる。今更そんな事を思う資格すらないくせに。しかし、一度溢れてしまった感情を再び押し込む事は出来ない。まるでダムからあふれ出してしまった水のようにあふれ出てくる感情。
「くそっ…くそっ…くそがああああああああああああああ!」
強く握られた拳を何度も地面に打ち付ける。
「何で…!何でこうなっちまったんだ!もう…もう限界だ…」
幾ら地面を殴っても血が出ない自分の拳を視界に入れながらも、力が抜け、地面に体を預けてしまう。
(ジン…)
イヴィのどこか悲痛な声が脳内に響き渡る。
分かっている。分かっているんだ。俺がこう叫べば叫ぶだけイヴィが傷つくだけだと。だが…俺だって元は人間だ。感傷に浸る事だってある。そりゃ…昔はイヴィのことを恨んでいたりもしたが、イヴィの話を聞いた瞬間、そんな感情はなくなった。
「…ごめんイヴィ。ちょっと感傷的になっちまった」
そう言いながら地面に預けた体を起こそうと手を付き、力をこめる。
「…あ?」
(ジン!?)
だが腕に力が入らず、そのまま再び地面に体を預けるかのように倒れこんでしまう。
なんだ…これ?
突然の自体に原因を考えようと頭を回転させるが、その思考すらも段々と遠くなり、自分が何を考えてるのかすら分からなくなってくる。はっきりと分かるのはイヴィの心配そうな声のみ。しかし、それすらも時がたつにつれ段々と遠いものになってきており、俺の視界が切れる頃にはイヴィの声も聞こえなくなっていた。