閑話
アマツの社員寮は、第三研究所を取り囲むように、ドームの第二階層に十棟存在する。
そのうち、第五棟にミサキの部屋はあった。自動洗浄機能のついた白い塗料で染められた横長の長方形の建物に、そう広くはない部屋が横並びに収められている。そのうち、端の階段から最も遠い部屋の前で、ミサキは指紋認証機に指をあてる。
短い電子音が響き、ロックが解除された。
窓から外の薄い闇が侵入している明かりのない部屋に、ミサキは鞄を投げ出しつつ、照明と壁にかけたモニタの電源を入れる。
適当なニュースサイトでも見ようかと、淡い光が広がる部屋で一際大きな光を放つモニタの白い画面を覗きこむ。
そのタイミングを計ったように、モニタの端でアイコンが転倒した。
「通話……アイシャからか」
指先でモニタに触れ、通信を開く。モニタの一部にウインドウが開き、その中に短いこげ茶色の髪を散らした若い女性が映る。背景から、場所はおそらく自宅だろう。格好も、上半身はシャツを着ただけのラフなものだ。
『久しぶりね、ミサキ』
彼女はミサキが本来所属している警備会社、「カナメ・セキュリティ」の実働部隊のナンバー2、アイシャ・ユシア。
「およそ三週間ぶりか。なにかあったのか」
『こっちは平穏無事よ。暇すぎて会社潰れんじゃないかと冷や汗かくぐらいね。で、暇だから、ちょっと様子でもみてみようかなと思って』
別段、急ぎの用事というわけでもないらしい。様子を知りたいのならメールで済むはずだが、現代の人間としては珍しく、彼女は文章よりも直接会話することを好むタイプだった。
「こっちは……まあ、大したことは起きてないよ。実戦はまだだし、AZ相手に訓練したのも同僚の顔合わせの時に一回だけだ」
『ふーん。普段、何してるわけ?』
「待機と訓練だな。あと事務仕事」
『へえ、訓練ってどんなよ?』
興味をそそられたのか、アイシャが軽く身を乗り出した。
「基本的には射撃訓練かな。開発の一環とかいって、いろんな武器を使わされて感想書かされたりもする」
『なんか普通。面白い武器とかあった? もしくは、発表されてない秘密兵器とか』
一瞬、プラズマライフルのことが頭をよぎるが、流石にそれを社外の人間に話すことは出来ない。ここは、当たり障りのない話をしておくべきだろう。
「俺は触ってないよ。まあ、試作の新兵器とかもあるのかもしれないけどな」
言うと、アイシャはがっかりという感情を作る。
『あっそ。ま、期待はしてないけどね。そーいえば、研究所でしょ? なんかこう、洗脳とか、ドーピングとか、生物兵器みたいのはない?』
「なんだそりゃ……」
ミサキはこめかみに指をあてる。そういえば、彼女はそんな題材がモチーフのガンアクションを好んできた記憶がある。
「あるわけないだろ、そんなもの。フィクションじゃないんだから」
『あら、実際に、データを取るために子供を洗脳教育して、無駄のない兵器の運用をさせたりって話はあるわよ。ミサキ、あんた洗脳とかされてない?』
「……期待に添えなくてすまないが、そもそも俺は子供じゃない」
『面だけなら結構いけると思うけどね――あ、冗談よ、冗談。睨まないの』
「睨んじゃいないさ……まったく」
幼い、しかも見方によっては少女のような外見を、ミサキ自身は好んでいない。
「からかうんなら、切るぞ」
『悪いわるい。じゃ、話変えて――そうね、そーいえばこの前の訓練でさ』
ミサキはそのあと一時間ほど、三週間程度離れているだけなのに妙に懐かしく感じる話を続けていた。
本編に関係あるような。ないような。
そんな話。無駄話。




