1-5 ミサキvsナディア
外よりもややひんやりとした空気の溜まった倉庫の中に、一機のAZと数台の作業用車両、それに十人ほどの作業着姿があった。彼らは一斉に倉庫に入ってきたミサキに目を向ける
。気圧されたように歩みをとめたミサキに、一人の作業着姿が近寄って来た。
「ども、第四課第二班の班長、シゼル・ミロスです。貴方が、この子のパイロットですか?」
そう言って、ミサキの前、彼女の背後にたたずむAZ――アマツ社の「トツカ」だ――を振り返って見上げる。つば付き帽子の下、後ろで一本に編まれた灰色の髪が揺れる。
「はい、第六課、ミサキ・トウザキ。よろしくお願いします。ええと、第四課っていうのは――」
「第四課は、各種機材の整備が仕事です。ウチと一班、三班が主にAZの整備を承るので、これからもいろいろ顔を合わせることが多いかもしれませんね。だもんで、そんな硬っくるしくしなくても結構ですよ」
よろしく、と差し出されるのは厚い手袋に包まれた手。それを握り返し、ミサキは口を開く。
「よろしく。で、今から模擬戦だが、整備の状態は?」
「そっちの課長から連絡は受けてます。そうでなくてもウチの子たちはいつでも万全の状態ですけどね。あとは、必要な装備を教えていただければ、まー、大抵の装備なら十分で用意できますよ」
「子たち……?」
「AZは整備士にとっちゃあ兵器であるとともに子供みたいなもんですからね」
言い、シゼルはノート型の情報端末を差し出した。画面に文字が流れていく。
「とりあえず、今つかえる装備はリストアップしておきました。これ以外だと、ちょっと時間がかかるかもしれないです」
受け取り、ざと目を通していく。見慣れたもの、知らないもの、アマツ社だけでなく各企業の装備がそろっている。端末のタッチパネルに指を走らせつつ、ミサキは軽く眉をあげた。
「結構な数だな。これ、整備とか維持費とか大変じゃないか?」
するとシゼルは目を弓の形にして返す。
「ここは研究所ですからね。各企業のパーツや装備は結構な数揃ってますよ。その分人も金もかかりますが、必要経費ってことで。ほら、さくっと選んじゃってください」
催促され、ミサキはあらかじめ考えておいた幾つかの武器にチェックをいれ、端末をシゼルにもどす。目を通したシゼルが端末を操作すると、辺りの作業服姿が動き出した。
「じゃあ、持ってきて訓練用のペイント弾を装填しときますから。今回はハードのチューンは特に行わないとの事ですので、ソフトの方、自分の使いやすいように設定できます?」
「ああ、大丈夫だ」
元の会社ではAZの数に対してパイロットが倍以上いたため、各々が逐一設定を書き換えていた。当然、ミサキも設定の書き換えは手慣れている。
「じゃ、そこの端末でお願いします」
指さされた端末は人間の腰ほどの高さの台に置かれたノート型で、ケーブルでAZのコクピットに繋がっているようだ。起動させ、各種の設定の数値を変更していく。コンソールを操作するミサキの横では、慣れた手つきで兵装が運ばれ、AZに装備されている。
試合の十分ほど前には、全ての準備が整った。
「いい手際だな」
「そうですか? ありがとうございます」
独り言だが、隣で監督をしていたシゼルには届いたようだ。
「ま、こちとらプロですから。職分は果たしますよ。――ですから、そっちも、よろしくお願いしますね」
「そっち?」
「向こうの格納庫は、一班の連中が整備してるはずです。別に対抗心とかってわけじゃあ無いですけど、やっぱり自分たちの整備した子に勝ってほしいじゃないですか」
眉を立てたナディアの顔が脳裏に浮かぶ。どれほどの実力かはわからないが、
「出来るだけのことはやってみるよ」
言って、ミサキはコンソールに指を走らせる。AZのコクピットが開き、軽い金属がぶつかり合う音を立てながら鋼色の梯子が降ろされる。
「そろそろ行くかな」
梯子に手をかける。その背に言葉が投げられた。
「ご武運を。頑張ってきてくださいな」
コンクリートの海に、二機のAZが向き合っていた。
『たとえ演習といえど、手加減はなし。全力で向かわせていただきますわよ?』
「のぞむところだ。負けても泣くなよ?」
外部スピーカーから演習場に響くナディアの声に、同じようにミサキも返す。
『その大口、今のうちに言っておくことですわね。負け犬の遠吠えは見苦しくてよ』
コクピットの中でこちらを小馬鹿にしたような笑みを浮かべているのが見えるようだった。
電子音と共に、モニタの一部に敵機のデータが表示される。白い装甲に細い腰部、尖った耳のような二本のブレードアンテナ。こちらと同じ、アマツ製AZのベストセラー機「トツカ」。見慣れた機体だ。しかし。
「……なんだ、あの武装は」
外部スピーカーを切り、ミサキはつぶやく。
こちらが右手にライフルを持ち、腰のハードポイントにヴィブロブレードを装備しているオーソドックスな装備なのに対し、ナディアのトツカは右手に中世の騎兵のような円錐形のランスを握っている。鋭い穂先が人工の照明に輝いた。
「『トリニティ製 ヴァイスシュピース』……知らない武器だ。どこぞの方言で白い槍ってところか」
データによれば、それ以外の武器は身につけていないようだ。
トツカは、汎用性と軽量化の関係で、頭部に対人用の機関銃がある以外には内蔵武装は無い。つまり。
「近接格闘兵装のみ。舐められてんのか、それともナイツ・オブ・トリニティの様式美ってやつかな」
お互いの機体は借り物で、いじったのはソフトの設定のみ。ブースターのチューンなどはされていないはずだ。
「すると、距離を取りながら射撃で圧倒するべきか」
モニタに小さなウインドウが出現。作戦開始時刻まで、あと五秒。
四。
三。
二。
一。
『――開始!』
広いフィールドに、管制塔からカリスタの声が響き渡る。
合図と共に、背負うような形の背面ブースターを使い、ミサキの機体が地面を削るように後退していく。
――予想通り、下がりますのね!
ナディアはモニタに照らされた唇の端を軽く舐める。
距離を取られるのは予想通りだ。こちらのランス――ヴァイスシュピースはナイツ・オブ・トリニティにのみ配備された兵装で、外部の人間が目にすることはほとんどない。
彼もそのはずだ。だからこそ迷わずに距離をとった。
「にがしませんわよ!」
ナディアのトツカの背面ブースターが煌めく。大地を蹴りつけてジャンプし、そのまま宙へ上がる。ビルの五階ほどの視点のモニタ、その下方に白いAZが映った。
第二世代の視界ならばこちらは捕らえられているはずだ。証拠に、ミサキのトツカは右手に持つライフルを掲げ、後退しながら射撃をしてきた。
「空中で、そんなもの! あたりませんわ!」
移動しながらの射撃の上、こちらは空中を飛翔している。AZの火器管制の補佐があっても、そうそう照準が合うはずがない。
事実、放たれた弾の多くは機体を掠めるか否かというところを通るだけで、直撃は無い。
機体を制御しながらランスを突き出すように構える。
――突っ込んでくるのか!?
ミサキは突き出されたランスを見て、直感的にそう思った。
あちらは空中で、降下する時に重力で加速できる。こちらは姿勢制御のために速度を落とさざるを得ないので、後退しながらでは最大速度での移動が出来ない。
――背を向ければ、追いつかれることもないが……!
向こうは斜め、こちらは横一直線の移動だ。互いに最大速度なら重力の加速を得た所で追いつかれはしない。
そう思った瞬間、モニタの中に小さな光が宿る。
「なに――いぃっ!?」
ナディアのランスが、火を噴いた。
突然の衝撃に機体が揺れる。考えるより先に身体が動く。バーニアを駆使し、崩れかけた姿勢を立てなおす。
「射撃だと!?」
完全に不意をつかれた。歯を食いしばりペダルを操作、スケートをするように機体を大きく左右に振り、放たれる弾丸をかわしていく。訓練用のペイント弾がフィールドを蛍光色に染めていった。
モニタ上のメッセージが左肩の関節への着弾を表していた。口径はこちらのライフルと同一。実弾だったなら左腕は使い物にならなくなっていただろう。
「仕込み槍ってことかよ……っ」
近接兵装だと見せかけて、とんだ奇襲だ。必死に機体を動かしながら、モニタの映像を拡大。ランスの鍔の一部がずれるように開き、銃口が覗いている。
「くそっ!」
吐き出された銃弾の射線が脇すれすれを通り抜けていく。
「さあ、ワルツの時間ですわ!」
高揚する気分の中で、ナディアは言い放ち、トリガーを引く。一発、二発、掠めたペイント弾が地面に花が咲くように染めていく。
最初の一撃からの相手の立て直しは見事だった。
奇襲で体勢を崩したにも関わらず、次弾を避けながらバーニアの操作でバランスを立てなおすことは、それなりの腕がなければ出来ないことだ。
不慣れな者ならば慌ててさらに体勢を崩すか、立ち止って蜂の巣にされているところだろう。
モニタの中、相手は右半身を前、左半身を後ろにしたやや横向きの体勢で移動している。
前方からの射撃に対して被弾面積を減らすためだ。さらに機体の移動ルートもランダムに左右に振りまわし、予測しにくい軌道を取っている。
知識ではなく経験で、座学ではなく実践で得た動き。
「だからといって――いつまで避けきれるかしら!?」
こちらは追う側で、いくら広いといってもフィールドには限界がある。射撃戦が続けば、いつかは追いつめることができるのだ。
――まあ、そうなる前に、コクピットに直撃するかも知れませんけれど!
アマツ社製AZのコンピュータは優秀だ。いくらランダムに動こうと操縦しているのが人間である限り「癖」は出る。
コンピュータはそんな敵の回避の癖を分析し、予測をたてて照準を補正してくれる。
「せいぜい逃げ惑いなさい! 私の勝利は揺るぎませんわ!」
「やりますねえ、二人とも」
管制塔のモニタで観戦していたセリナが呟いた。流れ弾を考慮してか、管制塔には窓がなく、外部に設置されたカメラの映像から演習場の様子を覗う仕様になっている。
モニタの前にはカリスタが座り、その後ろにセリナ、マヤ、フィアが立つ。
「わかりますか?」
「これでも、結構実践くぐり抜けてますからね。あれだけぶれない動きが出来るのは、いい腕してる証拠ですよ」
小声で問うマヤに、同じく小声で返す。フィアはそんな二人には興味がないように、画面を瞳に映らせている。
「空中から撃つのって、難しいんですよ。下を見ながら撃ちますから、回避とか、地面にいる時とは視点が違って、動く時にバランスがとりにくいんです。高度の把握もしにくいですしね。
今、ナディアさんは後退するミサキさんを追うように飛ばしてますけど、ただ飛んでるわけじゃなくて、かわすために上下左右に移動するでしょう?
あれの切り返しが上手くいかないと、一気にバランスを崩して動きが止まるか、最悪墜落――韻を踏んでますね――しちゃうんです」
「はあ……なるほど」
モニタのナディアは相手を翻弄するように蝶のような飛び方をしているが、一見優雅にすら見えるそれは水面下であがく白鳥のようなものということだろうか。そんなことを思うマヤに、セリナが続ける。
「対してミサキさんですけどね。ブースターを使って後退すること自体が中級者くらいのテクニックです。
背負ってるバックパックみたいなのがメインのブースターなんですが、前進する時は見をかがめる感じで上半身を前に突き出して、後退する時はのけぞるようにして使用するんです。
立ったままだとロケット見たいに飛びあがっちゃう。で、んー、マヤさん、自転車って乗ったことあります?」
「自転車って、あの、自分でペダルをこぐ骨だけの二輪車ですか?」
「そそ。あります?」
「すみません。私、電気自動車か徒歩ばかりで……」
「そうですか。私が生まれたとこは車が走れないほどごちゃごちゃしてて、結構主流だったんですが――って、そんなことはどうでもいいですね。
ともあれ、あれをのけぞって扱ぐのが後退する時のイメージなんですよ。ああ、自動車の運転席のシートを思い切り後ろへ傾けてバックする感じ、っていえば解ります?」
「それならなんとか――」
で、とセリナは両腕で何かを持ち上げる動作をした。
「私より技術屋のマヤさんのが詳しいかもしれませんけど、AZは基本的に操縦者の動きをトレースして動くでしょう。
こう、荷物を持ち上げる時には、中の人も同じように腕をあげてるわけです。つまり、のけぞって後退してる時、中の人もあれに近い体勢になってるんです。
この体勢だと、普通に立ったり歩いたりしているときとは視界が全然違うんですよね。地面との距離がつかめない。下手すると、それこそロケットを水平に撃ったみたいにブースターの推進力が全部真横にいって吹っ飛んでっちゃう。
地面と背中の角度を六十度くらいに保てるように体勢を維持しつつ、さらに相手の弾をかわさなくちゃいけないんです。移動までは中級者ですが、実践で慌てずに回避まで出来るのは経験値溜めた上級者ですよ。
さすが、わざわざ呼び集められたパイロットだけはありますね」
マヤは、はあ、とため息ともなんともつかない物を口から吐いた。
「すごいんですね」
「ナディアさんは自信相応、ミサキさんもそれに噛みつくだけのことはありますね。まあ――」
腕を組み、静かに燃える炎をともした瞳でモニタに目を移す。
「いい腕です。でも、それくらいじゃないと困りますね――私と組むというんなら」
今、なにか?――とマヤがセリナの顔を見る。見返すことはせず、モニタを注視したまま、セリナは呟いた。
「このまま黙って待つか――ここで動けるようなら、悪くない腕してますよ」
「千日手だな……いや、このままじゃ――追いつめられるっ」
ミサキは呟き、グリップを握る手に力を込める。直前に腹部があった空間を射線が通る。相手の射撃の精度が増していた。こちらの動きを分析されているのだろう。
対して、相手の動きは空中の三次元的な軌道で読みづらい。直撃をもらうのはこちらの方が先になる可能性が高い。
「飛び回りながらこの精度。いい腕だな、くそ!」
態度相応の腕を持っていることは認めざるを得ない。だが、だからといってあっさりと負けるのは矜持が許さない。
また一撃、右足のふとももにペイントの擦った線が書きこまれる。直撃を貰うまで、時間はあまりないだろう。
「モロに食らえば姿勢が崩れる――そうなる前に……!」
視線を移す先は、第二階層の天井を映す頭上のモニタ。
「一発、仕掛けてみるか!」
声と共に、ペダルを踏み込む。
「――飛んだ!?」
ミサキのAZが後ろ向きのまま地を蹴り飛び上がったのを見て、不意をつかれたナディアは小さく驚きの声をあげた。
あげつつ、身体は相手の射撃をよける動きを勝手にしてくれる。それだけの経験と訓練は積んでいる。
「なにか策でもあって!?」
撃ち返す弾は、先ほどとはうって変わってかすりもしない。相手の位置座標が大幅に変わったせいでコンピュータによる補正がリセットされてしまっている。
――そういうことですの……!?
舌打ちし、ランスから銃弾を放ちつつ右手へ機体を移動させる。
「空中戦、望むところですわ!」
相手も同じく右回りの軌道を取っている。結果は、互いに向き合った形での円を描くような軌道の射撃戦だ。
互いの機体の脇を銃弾が掠めていくが、決定打には程遠い。
――せめて一発直撃させればっ
体勢を崩して隙を作ることが出来れば圧倒的優位に立てる。同じことを相手も考えているだろう。
右回りに、上へ下へ、高度を変えながらも、敵機はモニタの中央に収めている。振りきれず、振り切らせない。互いの技量はほぼ互角か。
――そんな、冗談ではありませんわ!
歯ぎしりするナディアをあざ笑うかのように、わき腹を銃弾が掠めていった。
ナイツ・オブ・トリニティの名を汚すような真似をするわけにはいかない。こんなところで、どこの誰ともわからないAZ乗りに負けることなど、ナディア・メッテルニヒの矜持が許さない。
「格の違い――思い知らせて差し上げますわ!」
『覚悟!』
なにかのはずみでスピーカーのスイッチが入ったのか、演習場に響くナディアの声。それと共に、こちらの背後に回り込むような軌道でナディアのトツカが動く。対し、ミサキはライフルを連射しながらその場で回転しながらナディアを追う。
ミサキの機体が一周半ほどした時、ミサキを中心に円を描くような動きを取っていたナディアの機体が、一気に高度を下げた。
一瞬だけ、ブースターの出力を切ったのだ。重力に引かれた機体は斜めの直線を描いて落下する。
下方に追おうとしたミサキの腕は、しかし右方向にグリップを思い切り引いた。
急な移動に見えない壁が押し寄せる。その壁の向こう側を、天を目指す白い直線が走って行った。
――ナディアの機体……来るのは、上からか!?
迷っていれば選択肢がなくなる。確認する前に、左腕で腰のヴィブロブレードを引き抜く。人間サイズならば大きなナイフ程度のブレードを、頭を守るようにして掲げる。
「一か八かだな……っ!」
衝撃。
響く重い金属音は、叩きつけられたランスと掲げたブレードがぶつかり合う時のもの。
「落ちるかぁ!」
相手の獲物の方が質量が大きく、勢いもある。激突の結果を示し、地面に向かって弾き飛ばされる機体。奥歯を噛み、フットペダルを限界まで押しこみブースターを最大稼働する。ほぼ直立で防いだのが幸いし、体勢を飛行用のそれに戻すことに成功した。
ミサキが荒い息を吐いて機体一機分ほどの高さにいるナディア機を睨みライフルを放つのと、相手がランスを構えて射撃するのは同時。
直後に相手の構えに対して反射的に機体を翻し、射線上から逃れるのもまた同時。
――これだけ激しい動きをするのは、流石につかれるな……。今はほとんど偶然で対応できてるが、このままじゃヤバいか。
考える暇を与えさせないかのように、ペイント弾が放たれる。反撃の余裕はない。上下左右に動き、直撃をかわすだけで精いっぱいだ。
幾度もの急な機体の制動は、確実に体力を奪っていく。顔を包むようなプロテクターの間から、鼻の横を伝って冷たい汗が落ちていった。
――叩き落とせないとはっ!
眉間にしわを寄せて、ナディアは唇を浅く噛む。不意をついた筈が、防がれ、体勢を崩すことさえできなかった。
さらにはこちらの動きを読むように、同じような射撃と回避を見せられた。
今も、何発もの弾丸を消費しながら直撃することはない。すべて、ぎりぎりのところで避けられている。
――からかわれていますの!? この私を相手に、余裕を見せていると……!?
互角どころか、それほどまでの実力差があるというのか。ナイツ・オブ・トリニティのナディア・メッテルニヒを相手に。
ありえない。
世界最高峰とうたわれるナイツ・オブ・トリニティの訓練所を、群を抜く成績で卒業したのがナディアだ。その後も本来配属される各部隊ではなく単独行動を任され、トリニティの代表として第六課への出向を認められた彼女を易々と越えるようなパイロットなど、存在しない。
そんな存在があるわけがない。
なにかに追いつめられるような焦りがナディアを襲い、冷静さを欠かせていく。
その「なにか」の正体を考える余裕は、最早ナディアには無かった。
――負けるわけにはいきませんわ! 勝つのは私……それを曲げるものの存在など、ありはしません!
言い聞かせるように強く思い、ナイツ・オブ・トリニティの象徴たるヴァイスシュピースを構える。モニタに映る穂先の延長線上、白の機体が収められた。
「行きますわよ!」
――来る!?
眼前、銃弾をばらまきながらこちらへ突進してくるAZがモニタに映る。先ほどの、翻弄するような軌道ではなく、空中に引いた直線を辿るようなまっすぐな突撃だ。
「こいつ――!」
今までの致命傷――コクピット狙いの射撃と違い、乱射される弾はどこに来るかわからない。
当たっても痛手になる可能性は下がるが、被弾率は上がるため、振動で機体の制御の難度が上がり、こちらの方が対処しづらい。
さらに、向かってくる相手の動きは直線的で先ほどよりよほど当てやすいが、こちらへ向かってくる銃弾を回避しながら撃ち返すのでは弾道がぶれ、そのうえ円錐形のランスが盾の代わりにもなり身体を隠しているため致命傷を与えづらい。
相手の機体の勢いは止まらず、こちらに一直線に突き進んでくる。得物や勢いから、中世の騎士を彷彿させる突進だ。
「いけない!?」
『そこぉ!』
ナディアの声が響く。
止められない。
「こ――のおおおぉぉぉ……っ!」
最早銃撃をしている余裕はない。
そう判断し、ミサキは思い切り機体をひねらせ、ブースターの出力を最大にする。胃がひっくり返るかと思うような重力加速度が身体を襲う。心臓の音が耳障りだ。視界が一瞬だけ赤く染まる。
フィギュアスケートのアクセルのように二回転した機体の横を、疾風の速度でAZが飛びぬけていく。
「くそっ、とまれよ……!」
各部のバーニアを使い死に物狂いで機体を落ちつかせ、ミサキが振り返るのと、機体を減速させたナディアが半円を描くターンでこちらに機体を向けるのはほぼ同時。
――さすがに、今のを二度三度やったら死ぬぞ……
いくら技術が発達しようと、外の衝撃やGを完全に殺しきれるわけではない。身体の負担を考えると、次で決めるより他はない。
『次で決めますわ。覚悟はよろしくて?』
ナディアの声がスピーカーを通して届く。
――まさか、かわされるとは思いませんでしたわ……!
コクピットの中で、ナディアは唇をかんだ。
最大加速からの一撃は必殺の攻撃だ。訓練でも実戦でも、初見であれを捌ききれた人間は少ない。
演習でコクピットを貫くわけにはいかないが、腕の一本も持っていくつもりだった。まさか、完全に避けられるとは。
重力加速が体力を奪っていくため、続けて放つのは難しい。宣言通り、次で決める。
負担に高鳴る心臓を二度の深呼吸で抑え、モニタの中を睨みつける。
「外しませんわよ!」
加速に身体が押しつけられる。勢いを殺すために相手とはかなりの距離をとったはずだが、それがみるみるうちに近づいてくる。
AZがライフルを乱射する。一発、頭部カメラに命中。
塗料によってカメラが使い物にならなくなるが、サブカメラが生きていれば大した障害にはならない。
距離が縮まる。向かってくるライフルの弾は、こちらを止める一撃にはならない。
――決めます!
もはや射撃など意味はない距離だ。モニタの中に全神経を集中。
その、前方に集中した視線が、何かを捕らえた。
――!?
弾ではない、もっと大きいもの。AZではないそれは、
――ライフル……! 放って、視界を防ごうと!?
ランスの穂先がライフルを貫通、分かたれたライフルが地上に落ちていく様が、一瞬ナディアの注意を引きつけた。
――敵はッ!?
視線を戻すと同時、ランスがミサキのAZの右上腕部を貫いく。
『捕まえたぁ!』
スピーカーからの声。
「なんですって!?」
衝撃。機体が揺れる。
ランスの穂先に右腕を貫かれ――否、右腕の関節をランスに「引っ掛け」、ナディアの機体の頭部を左手でつかみ、ミサキのAZがとりついていた。
「めちゃくちゃですわ!」
ミサキがぶら下がる形になったため、姿勢が制御できない。視界が傾く。
天地が左回りに回転した。ミサキに押し倒されるような仰向けのまま、地面が近づいていく。
「こ――んなぁ!」
ブースターを作動させるが、AZ二機という推進力以上の重量を持ち上げる力はない。落下の速度が緩むだけだ。
――私が、負ける……!?
AZが背中から着地し、衝撃が全身を襲う。喉を胃液が焼くのを必死に抑え、モニタを確認。
「あ――」
映し出されたのは、覆いかぶさり、こちらのコクピットにナイフのような形のヴィブロブレードをつきつける白いAZだった。




