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1-4 第六課

「初日から遅刻とは、いい度胸だ」

 女性用制服に身を包んだ長身の人物が、ショートの黒髪の下の鋭い目でこちらを刺した。

「すいません……」

「申し訳ございませんわ……」

 時刻は集合時刻を十分ほど過ぎている。「第六課」という新品のプレートがはめ込まれた扉をミサキが見つけ、ノックしたところ、応えたのがこの女性だ。

 部屋はそれなりにひろく、壁に書棚が並び、六人分の事務机と椅子があってもスペースが余っているように見えた。

「これで、一応全員がそろったわけだ」

 女性の視線を追う。六つの机は五つが中央で島を作り、少し離れて入口の対面の壁を背にした一つが配置されている。

 島になっている机の手前二つに、女性が二人座っていた。

 視線が合うと、一人は無表情で、一人は赤いフレームの眼鏡の下で目を線にしてにこやかに笑ったまま、軽く会釈をしてくる。

「そこの扉を抜けた場所に、会議室がある。そちらへ移動しろ」

 命令し、指さしたのは部屋の奥の扉。

「全員? 机に対し、おひとり足りないようですが」

 ナディアが疑問の声を上げるのと同時、背後の入口の扉が、ばたん、と勢いよく開かれた。

「なんですの!? ノックもせず!」

 驚き振りかえったミサキとナディアを含めた全員の視線が、扉を開いた人物に集中する。

「ああ、着いたんですね。ご苦労様です」

 視線を気にするそぶりもせず入ってきたのはまたもや女性だった。染めているのか、炎のような紅く短い髪が目立ち、その下には活発そうな大きな瞳が覗いている。身長はナディアと同じくらいか。耳元で銀のリングピアスが揺れた。

「ども、第六課、セリナ・ナカザトです。よろしくお願いしますね」

 フランクな口調で告げ、長身の女性に尋ねる。

「で、今どんな感じなんですか?」

 女性は顎で奥の扉を指した。









「さて、諸君。私が第六課課長のカリスタ・ロングだ。ようこそ第六課へ。諸君らを歓迎しよう」

 会議室と言っても、先ほどの部屋から机を運び出して椅子を多めに並べたようなものだ。他に違いは、壁に純白のスクリーンが掛かっていることくらいか。

 そのスクリーンの前で、カリスタと名乗った女性が手に持ったリモコンを操作する。

 スクリーンに「第六課」の文字が投射された。

「とりあえず、全員自己紹介をしてもらおうか。そうだな……お前」

「俺ですか?」

 最前列の右端、指されたミサキが椅子から立ち上がる。

 戸惑っていると、はやくしろ、と目線で言われた。

「カナメ・セキュリティーの実働から出向してきた、ミサキ・トウザキです。本業はAZ乗りの、二十歳です。ええと、以上」

「よし、次。となり」

 どうやら終了して良いようだ。やれやれ、と席に着くと、入れ替わりにナディアが凛と立ち上がる。

「トリニティ社、ナイト・オブ・トリニティから出向いたしました、ナディア・メッテルニヒです。専門は当然AZですわ。皆さま、どうかよろしくお願いします」

 ナディアは優雅に一礼して、羽の落ちるように静かに着席した。カリスタは眉ひとつ動かさずに次、と言う。

「どうも、さっきも言った通り、セリナ・ナカザトです。元はアマツと契約してた傭兵で、AZ乗りの二十三歳、ああ、独身で彼氏募集中です。お買い得ですよ?」

 ミサキに片目をつぶって見せるセリナ。どうにもひょうきんというか、軽い性格のようだ。ナディアに比べれば格段に付き合いやすい雰囲気ではある。

「次」

 カリスタの態度は変わらない。立ち上がるのは、先ほど無表情に会釈してきた女性。

 座っているときは気付かなかったが、身長はナディアやセリナよりも低い。黒髪に黒目の、ナディアが――古い言い方だが――西洋的だとすると彼女は東洋的な、人形のような顔立ちだ。

「フィア・アーウムラウトです。専門はAZの操縦です――以上」

 やはり、無感動な瞳で前を向き、無表情に告げる。着席の動作も機械のようだった。人間味の少ない表情や仕草からは年齢がわかりづらいが、もしかするとナディアよりも年下なのかもしれない。そんなことを思うミサキの視界の端で、左端に座った眼鏡の女性が立ち上がる。明るい茶色の髪が揺れた。

「アマツの技術開発部――ここの一課からこちらに配属された、マヤ・キサラギです。ええと、作戦中のオペレーションや開発部への連絡役や、まあその他いろいろサポートが仕事です」

 よろしくお願いします、と頭を下げて着席するのを見届け、カリスタが口を開いた。

「先ほど言った通り、六課課長、カリスタだ。現場、デスクともに諸君らの総括をする。さて、まず、この第六課について説明しよう」

 ぴん、と皆が背筋を伸ばした。

「この第六課はアマツ直属の第三研究所に所属する、AZ運用部隊だ。通常の直属警備部隊はアマツ本社やこの研究所にも存在するが、あちらとは基本的に接触をすることがない、独立部隊としての位置づけとなっている。ただし、作戦は本社の作戦部から送られてくることは留意しておいてくれ。まあ、諸君らは与えられた作戦を完遂してくれればいい」

 言葉を切る。さて、と呟き。

「聞いているかもしれないが、第六課は試作された兵器を運用すために新設された部隊だ。諸君ら優秀なAZパイロットが招集されたのも、兵器の性能を引き出すことが出来るように、という必要性からだ。作戦の成功を優先するが、試作の装備の運用実験としてこれらの使用を任される場合もある。これらは開発部からの要請次第で、正当な理由がない場合、基本的に断ることは出来ない。これも留意しておいてくれ」

 以上だ、とカリスタは締めくくった。

「次に通常の勤務について。基本的に九時から五時まではローテーションで待機をしてもらう。さらに、演習を行う場合は必ず全員がそろうように。演習日程は各自の登録した携帯端末に送信されるほか、この隣の事務室に掲示しておく。

 事務室には各自、一人につき一つの机が支給されている。私物の持ち込みは基本的に自由だが、あまり度が過ぎるようだと注意させてもらう場合がある」

 ……等々、延々と言葉が並ぶ。よく覚えているものだとミサキは感心する。

 そんなことを考えているのが露見したはずもないが、カリスタがこちらを見たような気がして、ミサキは小さく首をすくめた。

「以上の事項は諸君らの机上の冊子にも書いてあるので、目を通しておくように。――さて、これから、休憩をはさみ演習を行う。場所は第二演習場。時刻は一五三○時、集合場所は第二演習場のAZ格納倉庫前。パイロットはパイロットスーツに着替えて集合。通達事項は以上だ。質問は?」

 皆を見渡し、

「よし。では、解散」

 告げ、カリスタは一足早く去っていった。

 それを合図としたように、うん、と伸びをする声が聞こえてくる。

「ああーつかれたー。この椅子の背もたれ硬すぎません? 背中いたー」

 セリナが立ち上がり、肩をほぐす。

「いきなり演習とは――何をするのでしょう。あなた、何か聞いていませんの?」

 腕を組んで座るナディアに、視線を向けられたマヤが答える。

「さあ……私も聞いてないんです。ああ、それよりメッテルニヒさん、あのナイツ・オブ・トリニティに在籍していらしたんですか?」

「現在形で在籍はしておりますわ。こちらへはあくまで出向という形をとっていますもの」

「ああ、そう、気になってたんですよ、私も」

 二人の間に、文字通り首を突っ込むのはセリナ。

「アマツって、トリニティとは別の企業ですよね? なんで別の企業からパイロットを呼び寄せる必要があるんですか?」

 ああ、それは――とナディアは一瞬、もしかすると本人も意識していなかもしれない、というような、わずかな変化を表情にあらわしたが、それは一瞬で消え、自信に満ちた表情で胸を張る。

「トリニティは世界最大の企業ではありますが、それは総合の話。AZ関連で世界の先を行くアマツの技術はトリニティとて欲しくないわけがありません。また、アマツもトリニティと提携することによって資材の確保が容易くなったり、他業種の技術を吸収することが出来ます。両者に利があるため、この二社間の一部で提携契約が結ばれたのですわ。そしてアマツの技術開発の発展を手助けするため、優秀なAZパイロットである私がここへ出向することになったのです」

「つまり、メッテルニヒさんは両社のかけ橋っていうことですか? すごいですね」

 尊敬します、と無邪気に笑うマヤ。

「ナディアで結構ですわ。――そこの貴方、わかりまして?」

 なぜか、ナディアの視線がこちらに向けられる。

「どこぞの一警備会社から来た貴方とは、格が違いましてよ」

「ああ、まあ、あんたが凄いことはわかったさ」

 そうでしょう、と胸を張り髪を掻きあげる。慣れているのか、無意識に行った動作のように見えた。

「だがな」

「……なにか?」

 いぶかしむ目つきを真正面から見返し、ミサキは唇の端を曲げた。

「俺はあんたの実力を見たわけじゃない。虚勢じゃないんだろうが、別に世界一のAZ乗りってことじゃないんだろ?」

「私を、愚弄するおつもりで?」

 怒りの火がナディアの眼中に灯った。

「そういうわけじゃないけどな」

 正直な話、ミサキはナディアの出自がどうだろうとあまり興味はない。ただ、自分の所属している会社を「どこぞの」などと言われて黙っている性分でもない。

「ま、俺よりは上手いんだろ? どこぞの警備会社勤めでしかない俺よりは」

 強調され、ナディアはようやく自分の言葉に気付いたようだが、非を大人しく認める正確ではないことは迷子の件でもう十分わかっている。予想通り、眉を怒らせてナディアは返す。

「当然ですわ。今日の演習がどのような内容かは存じませんが、どのような内容であろうとも、貴方を打ち負かして差し上げましょう」

「そうかい。期待してるよ――お先に失礼」

 背を向け、カリスタが閉じて行った扉を開く。








「なんなんですの!? あの態度は!」

 憤慨して扉を睨みつけるナディア。宥めるようにセリナが言う。

「まあ、落ちついて落ちついて。初日から仲たがいしちゃあダメですよ」

「別に、仲たがいなど……!」

「まあまあ。ともあれ、時間もあまりありませんし、更衣室に向かいましょう。ね、マヤさんとフィアさんも」

 同意を求めるように二人に声をかける。二人は異口同音に頷いた。

「はい」

「ああ、私、パイロットじゃないんですけど……ううん、とりあえずお供しますよ」

「ほら、みなさんこう言ってますし。ささ」

 セリナがナディアの手を取り、立ち上がらせて扉の方へ連れていく。背中を押すようにマヤが続き、一歩離れてフィアが追ってくる。

 机の上の荷物を取り、部屋の外へ。

「ところで、皆さま、道は解りまして?」

「大丈夫ですよ。端末に地図ダウンロードしておきましたから。ああ、こっちです」

 セリナは小型の携帯端末の画面を見せる。

「そんな便利なものがありましたのね」

「入口の事務のところで入れてもらえますよ。コピー・移動は不可ですけどね。これがないとどこにトイレがあるかも解りませんよ」

「そもそもどうしてこんな複雑な作りをしているのです、この建物は」

 それは、と声をあげたのはマヤ。

「機密保持のためらしいですよ。ここ、結構いろいろと取り扱ってますから、万が一スパイが入り込んでも逃げづらいようにって。重要な設備の中には地図に所在地が書いてないものとかもありますし」

「なるほど……と言いたいところですが、それで私がワリを食うのはいただけませんわ」

 腕を組むナディアの横で、セリナは端末を操作しながら言った。

「だから、しばらくの間は地図は携帯必須ですよ。あとで一緒に取りに行きましょう」

「他の皆さまは?」

「私は、まあ、ここにきて結構長いので。知らない場所もありますけど、流石に迷うことは、あまり……フィアさんは?」

 全員の視線をフィアは人形のような瞳で受けた。

「問題ありません」

 一言、それだけで口を閉じる。続きを待つように全員が無言でいたが、フィアが口を開くことはなかった。根負けしたように、セリナが口を開く。

「……ああ、いえ、どうして問題ないのかなー、て」

「暗記しています」

「暗記? この無駄に複雑な内部構造を?」

「はい」

「どうやって?」

 マヤの問いに、瞳だけを動かしてマヤの顔を見る。

「壁に、地図があります。見ました」

「――見覚えたと?」

「はい」

 こともなげに言われれば、返す言葉も無い。セリナが半分呆れたような声を出した。

「そりゃあまた、大した暗記力ですねえ」

「ありがとうございます」

「ああ、いや、どーいたしまして……」

 どうにもペースのつかみにくい相手だな、とセリナは内心で冷や汗を流す。

「ん、そこの角を曲がったところに更衣室がありますね。第六課用のロッカールームです――狙ってませんよ――ええと、中で二つに分かれてて、私たちは右側ですね」










 第二演習場は研究所の建物を背後にした、だだっ広い敷地をコンクリートで舗装しただけの、滑走路のような場所だった。ところどころに白線が引かれていたりするのもその印象を強くさせる。

 手前には格納庫と管制塔のような建物があるが、その先は延々と広がる灰色の海原のようだ。

「ああ、ミサキさん、早いですね」

 AZ格納庫の閉ざされた扉の前で軽くストレッチをしていたミサキに声をかけて来たのはセリナ。

 彼女はミサキと同じようなデザインの支給品のパイロットスーツを着込んでいる。

「けっこう広いところですねー。なにも無い殺風景さがまたなんとも」

 額に手を当てて遠くを見る仕草をするセリナに、ミサキは問う。

「他の人たちは?」

「マヤさんとは更衣室の前で別れました。ナディアさんとフィアさんは、まだかかるかもしれませんね。ちょっと興奮気味で、走ってきちゃって」

 たはは、と快活に笑うセリナ。

「で、どうです? あいつの様子は」

「あいつ?」

「ナディア・メッテルニヒですよ。怒ってました?」

 セリナはこめかみを掻く。

「だいぶ憤慨はしてたみたいですね。お二人の間に何があったかは知りませんけど、先に挑発したのはナディアさんですし、そのあたり中々理不尽ですけど、ま、彼女の方にも事情があるんでしょうし――ここは初日ってことで、流してあげてくれません?」

「別にこっちは怒ってるとかそんなのは……まあ、ないことはないですけどね」

 セリナと目をあわせず、地平線を見ながらミサキは呟いた。

「あいつが謝るってんなら別にこっちは――」

「謝る? 誰が、誰に?」

 ミサキの台詞にかぶせるように声が走る。見れば、件のナディアが腕組みし仁王立ちしていた。その背後には影のように立つフィアの姿。

「名前を聞くことも無いたかが一企業に対し、その通りのことを言ったまでですわ」

「流石は世界一の大企業、社員教育も立派なようだな。互いの腕もわからないのに既に相手を見下すかよ」

 売り言葉に買い言葉。そんな二人を見、セリナはため息をつく。

 ため息に応えたように、重い音が響いた。全員の視線を集めながら、背後の格納庫の扉が上がっていく。

「全員、いるようだな」

 コンクリートを踏む音を連れ中から現れたのは制服姿のカリスタとマヤ。鋭い視線に四人は背を伸ばし一列に並ぶ。

「演習の時間だ。手始めに、諸君らの腕を見せてもらいたい」

「腕を――どうやって?」

 呟いたセリナに一瞬視線を向けるカリスタ。

「操縦者同士、一対一で戦ってもらう。模擬戦だ。訓練用のペイント弾が腹部に命中するか、格闘戦で相手を追いつめることを勝利条件とする」

 一瞬、緊張が走りぬけた。

「対戦順序はこちらで決めさせてもらった。まずはミサキ・トウザキとナディア・メッテルニヒ。両名はここと――」

 右手で少し離れた格納庫を指し、

「あちらで待機しているAZの各種設定を自分用に調節し、好みの武器を整備員に言って借り受けろ。

 開始は三十分後。私と他の六課メンバーはそこの管制塔で見学だ。以上。質問は?」

 はい、とセリナが手を挙げる。

「格闘戦で相手を追いつめるって、具体的には?」

「基本的には相手のコクピットに兵装をつきつけるか、相手の武器を全て奪えばいい。勝敗が決まったかの判断は私が行い、その際には合図を飛ばす。他には?

 ――よし、では、両名は準備を。それ以外のものは私とともに管制塔へ」

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