1-2 序章2
旧暦時代の終わりに設立され、約六十年前の新暦二三一年の所謂「アーサー・トレース事件」によってその体勢が崩されるまで、この世界は一つの巨大な企業によって管理されていた。
旧暦後半から急激に進んだ環境変化は終盤には人類の存在そのものを脅かすほどのものとなった。
地震や台風、津波や干ばつといった自然災害とそれに伴う二次災害の影響により、一時は百万を超えた人類の四割をたった七十年と言う短い期間の内に削り取っていく。
災害で生活を脅かされた人々は、各地に巨大なドームを作り、その中の安定した環境へ生活の基盤を移していった。
このドームは、すでに国際化や紛争により形骸化していた「国家」という枠組みにかわり「企業」がそれぞれの財力・技術によって建設し、管理することになり、ほぼ全ての人間がドームへと移住したころにはすでに「国家」という形骸すら消え去っていた。
そして旧暦最後の年、地下の巨大な通路によって繋がれたドームに住む人類を効率的かつ的確に把握・管理することが出来るようにと、全ての企業を統合した「世界公社」が誕生した。世界公社の管理する枠組みの中での人々の生活が始まったのだ。
そして新暦に移行して二三一年が経過したのち、その体勢を崩壊させたのが、前述のアーサー・トレースである。
「世界公社」の管理するドームの一つ、「トリニティ・ドーム」の政策責任者(「世界公社」の決定した政策の指揮をとる責任者)だった彼は、「世界公社」という一つの企業が市場を独占する競争相手のいない状況では、技術開発や環境改善の停滞が起きると指摘。
賛同する幾つかのドームの責任者と共に連判状を提出し、総合独立企業「トリニティ」を設立した。
彼は「世界公社」を競争相手とすると宣言、企業の要は人材であるとしてドームにおける各種サービスの向上や技術開発を積極的に行い、「トリニティ」管理下のドームへの移住希望を増加させ、これを競争力としようとした。
「世界公社」側も対抗策として各種の対策を打とうとしたが、巨大すぎる企業の内部の意見をまとめることに時間をかけすぎたため、独断で独自政策をとるドームが現れる。これらはアーサーを倣い次々と「企業」としてドームを「世界公社」から独立させていった。
この流れは止まらず、結局新暦二四九年にかつての規模の面影すらなくなった「世界公社」は世界最大の企業となった「トリニティ」の傘下の一企業として吸収合併され、世界から姿を消す。
しかし動き出した流れは止まらず、その後も各企業が合併と独立を繰り返し、現在に至る。
アーサーの死後も「トリニティ」は多くのドームを管理する大企業として君臨しており、幾つもの企業を取り込んだN.O.O.D.(ノード)がそのあとに続き世界第二位となっている。
「アーサー・トレース事件」の後、「世界公社」によって管理されていた各ドームの住人は居住決定権を与えられ、自らが選んだドームへと好きに移住することが出来るようになった。
各企業は彼ら人材を招き入れるために個性的な各種のサービスや政策を実施している。
ここ、「ルージュ・ドーム」の「売り」は景観だ。
世界共通言語として普及している統一言語でいう「赤」をあらわすルージュという名の示す通り、ドームの中に広がる街全体が赤系の色で統一されている。目を楽しませる暖色系の街並み、というのを宣伝文句としている。
むろん各種政策も他に劣ることはない。
他の部分で差をつけられず、さらにオリジナリティを維持するために、一定の色や旧暦の街並みで統一するのは割かしよく見受けられる安全策だ。
逆に冒険に出た街は、「女性のみ」「全ての公的な罰則を撤廃」など極端に走ってみたりする。
だが、今モニタを流れる、天井から降り注ぐ薄い光に輪郭をぼやけさせる街並みは「ルージュ・ドーム」の政策に反し、ネズミ色のビル群が大半を占めている。
別に、「ルージュ・ドーム」が政策を放棄したわけではない。
ここが、「第三階層」だからだ。
ドームは大きく上下の三区画にわかれている。
最上部、「第一階層」は半球の中ドームの中、唯一地上に露出した部分だ。超硬質ガラスによって自然の太陽の光の恩恵を受けることが出来、大抵の場合は企業の重役の家や重要施設が設けられている。
真ん中の第二階層は、第一階層にオフィスを構える企業の傘下にある企業の施設がや社員の住宅が並んでいる。天井の照明から太陽とほぼ同等の明かりが与えられ、空調も管理されており、定期的に人工雨も降る。三区画の中ではもっとも人口が多い。
この「第一階層」と「第二階層」までは、宣言した政策が実行されることになっている。
それは逆にいえば、第三階層には政策の実行をしなくてもいい、ということ。
これは、第三階層が各ドームを結ぶ地下通路と直結しており、ドームの一部と言うより公共の通路として認識されているためである。
下手に政策を実行すると「決められた色でない車は通行禁止」といった制限が出来てしまうのだ。
だから大抵の住人は第二階層以上に住むし、「人材」のいない第三階層は何もない、もしくは作られた当初の街並みが残ってはいるが管理されていない、というのが常だ。
しかし、そんなところにも――というより、そんな所だからこそ、住みつく人間がいる。
文字通り陽の当たるところに出ることのできない犯罪者や過激思想を持ったテロリストといった連中だ。
今回の相手のように、物資を強奪して横に流す強盗達の拠点になることもある。
――まるで墓場だな
灰色のビルの森を横目で見ながら、ミサキはそんなことを思った。照明が弱いせいで細部が影となり、細長い建物が並んでいる様は林立する墓石に見えなくもない。
『……サキ? こちら、二号機のアイシャ。合流まであと何分?』
コクピットにながれる女性の声。入ってきた無線は先ほどより大分聞きやすく、ノイズも少ない。距離が近いのだろう。
モニタのルートを確認。次の角を左に曲がれば合流ポイントだ。
「こちら三号機。あと少しでつきます……着きました」
曲がった先に、二機のAZが通路を塞ぐように立っていた。
鶏冠のように後頭部に立つ三角形のレーダーが特徴の、AZ技術において世界最先端を誇るアマツ社製AZ、「トツカ」。
イニティウムのような第一世代を全てにおいて超えるべく開発された、世界初の第二世代AZで、世界中で使用されている傑作機である。
先ほどのイニティウムが積み重ねた段ボールを思わせる直線の組み合わせだったのに対し、こちらは滑らかな流線形が多く、より人間の身体に近いシルエットになっている。
また、重ね着したような太い四肢のあちらに対し、トツカをはじめとする第二世代AZは技術の進歩により素の手足のような細さを実現した。
もともとAZは従来の戦闘機が使用できないドームの中での兵器として開発されていたものだ。第一世代ですら整地・不整地を問わず戦車以上の機動性と攻撃能力を持っている。被弾面積を減らし、それでいて第一世代以上の防弾性能や耐久力を持つ第二世代AZが現在の世界の主力機となるのは必然の流れだった。
『お疲れ様。そっち、どうだった?』
無線からアイシャの声が流れ、向かって左側のAZがライフルを掲げた右腕を軽く上げる。
「イニティウムが一機。そちらは?」
『AZ――イニティウム一機、戦闘ヘリが二機。強盗にしちゃあ随分な戦力だったな。ヘリはともかく、旧式だろうとAZは安いものじゃないんだが』
答えたのは男性。一号機のパイロットでミサキの所属する警備会社「カナメ・セキュリティ」の実働部隊の隊長、オーツ・マイヤー。
ドームの依頼を受け、不審集団の排除やストライキの鎮圧を行なうのが警備会社だ。大抵のドームにはいくつかの警備会社が存在しており、これらはドームの管理企業の傘下という扱いをされている。緊急時には、企業直轄の戦闘力としても機能するからだ。
『しかし、なんでわざわざアマツ傘下のウチが派遣されてんだか。ここってトリニティのドームでしょ?』
アイシャの問いに、マイヤーが応える。
『詳しいことは聞かされていないが、トリニティがアマツに依頼し、それが我々に回ってきたらしい。噂だが、最近トリニティはアマツに接近しているようだな。これもその一環かもしれん』
『くわしいわね』
『ニュースの受け売りだがな――ああ、少し待て』
無線越しに、マイヤー機の無線の声が小さく流れる。内容までは判別できなかった。
『連絡が来た。あらかたの強盗共は分隊が拘束した。これより撤収する。地下通路の入口の回収車両までのルートを送るからついてこい』
無線に被さり短い電子音が響き、モニタの端に新しく地図が表示された。




