2-3 制圧戦
5か月あいて、設定とか忘れ気味な――
設定思い出すために読み返すのって、結構メンドイですねー、と。
アマツの社員食堂。昼食には少々早い時間帯で、いつも昼時は満席のはずの食堂も空席が目立っている。平行に並ぶ長テーブルで、第六課の二人が食事をとっていた。
「あら――」
二人の内の一人、ミサキが頭上から降ってきた声に顔を上げると、豪奢なブロンドが視界に入った。長テーブルの対面に座っていたセリナが蕎麦を飲み込みつつ挨拶する。
「こんにちわー、ナディアさん」
「こんにちわ」
答えつつミサキとセリナの隣席に目をやり、一瞬考えるように顎を引いた後、セリナの隣に座る。長テーブルに置いた長方形の盆には乳白色のパスタと水の入ったカップ。
「お二人だけですの?」
「ああ、待ち合わせもしてないしな」
夕食は週のほとんどで共にするが、訓練の内容や時間が違うため、昼食はバラバラに摂ることになっている。ミサキとセリナは偶然出くわしただけだ。
「早い昼食ですのね」
「俺は予定より早く訓練が終わってね」
「私は午後から待機ですから、ちょっと早めに昼食でも摂ろうかと思ったら、ミサキさんに会ったんですよ」
なるほど、とパスタを巻きながらナディアが言った。
「私も今日は午後から訓練ですの。まあ、まだ時間はありますし、ゆっくり食事でもと思いまして――あら?」
眉を上げ、制服から携帯端末を取り出す。ほぼ同時に、ミサキとセリナの手にも端末が握られた。
「課長から――緊急招集ですね。なにかあったんでしょーか」
「行ってみなくては分かりませんわね」
「昼飯は――おあずけ、か」
三人は食べかけの食事をカウンターへ返し、六課へと向かう。
「緊急事態だ」
六課、会議室に集まった皆の前で、カリスタはそう切り出した。そのあとを継ぐように、傍らのマヤが端末を手に一歩進み出る。
「6時間ほど前、トリニティ管理下のドームから輸送中だった物資が、何者かに強奪されました」
「強奪?」
ナディアが眉根をひそめる。
「はい。物資を乗せたトラックを襲い、コンテナごと自分たちの車両に乗せ換えるという強引な手口です。護衛のAZがいましたが、敵のAZに撃破されています」
端末に目を落とし、
「その後、犯人はトリニティ管理下の『アーヘン・ドーム』に拠る武装集団と断定され、2時間前に奪還作戦が行われました」
「――こっちに話が来るって事は、失敗したんですね?」
ええ、とセリナの問に答えつつ、マヤが手元の端末を操作すると、背後のスクリーンに資料が投影される。AZの画像やドームの内部だ。
「作戦に投入された戦力はAZ4機。トリニティ側の警備会社所属、第二世代AZ『クリーガーデーゲン』2機と、アマツ側が貸し出した『トツカ』2機。さらに物資回収と犯人の捕縛のための武装した作業員・作業車両。まず、AZ部隊が二か所からドームに突入し敵戦力を無力化。その後、作業員が突入して物資を奪還する、という作戦でしたが――」
眉を寄せ、端末を操作する。ドームの内部図に赤い線が二本引かれていく。突入したAZの軌跡だろう。しかし、その片方がいきなり途切れ、大きくバツ印が付けられた。
「まず、作戦開始からわずか10分後、『クリーガーデーゲン』が撃破されます。乗員は死亡。さらに7分後――」
もう一方の線が途切れ、再びバツ印が書き込まれる。
「『トツカ』が撃破され、突入部隊は全滅しました。これにより作戦は中断を余儀なくされています。さて」
マヤは一息つき、眼前に座る四人にゆっくりと視線を動かした。
「このままでは、犯人が物資ごと逃走する可能性があります。そうでなくても作戦の失敗が知れればドームを管理するトリニティの信用に傷がつきます。よって、急速な事態解決が求められます」
そこでマヤが一歩下がり、代わりにカリスタが前へ出る。
「我々は2時間後に出発し、この『アーヘン・ドーム』での物資奪還作戦に参加する。これはトリニティからの援護要請をアマツが受け、正式に下した決定だ。基本的に拒否権はない。この中に過去9時間以内に飲酒をしたものは?」
手を上げるものがいないのを確認し、カリスタが続ける。
「確認されている敵機は、物資強奪の際に四機。現状ではこれが最低限の戦力だ。他に携帯火器が確認されてはいるが、当面の問題はAZだ。前回の作戦に従事したのは全て第二世代AZ。同数の第二世代AZをそろえることは手段・金銭的に難しいと判断されることと、その4機が全滅したという事実から、敵は多数の第一世代AZを所持している可能性がある。――これを、我々第六課のAZだけで相手しなければならない」
「……トリニティ側の戦力は? 元々、あっちの問題でしょう」
「『アーヘン・ドーム』の常備戦力はこの事件以前に武装集団との戦闘で破壊されている。また、近隣の警備会社のAZも今回破壊された。そもそも、こちらからAZを貸し出している時点で戦力が不足していたのだからな」
ミサキの質問に、カリスタが表情を変えずに答えた。
「こっちの戦力は?」
「六課の備品として登録してある『トツカ』2機に、追加で2機を用意した。パイロット全員を投入する」
「四人で、相手は最低4機以上……ハードですね」
口に指を当ててセリナが呟く。ナディアも頷いた。フィアも、心なしか口の端を結んでいるように、ミサキには見えた。
「装備は各自、既存のものを選択。到着次第、4機をドームの東西南北に存在する入口に配置。各地域を制圧しながら敵を追いつめ、撃破する」
「各個撃破――敵が戦力を集中投入してきた場合は?」
「後退、もしくは他のAZと合流。そもそも、相手を逃がさないためには全ての入口をふさいで追いつめるしかない。前回の戦闘で、敵も警戒しているだろうし、脱出の準備をしてもいるはずだ。あまり時間はない」
「うぅん、いい感じにハードですね……」
「最悪、入口をふさぎつつ相手を釘づけにすれば、追加の戦力の目途もたつ。それに――」
息を吸い、カリスタはわずかにわらった。
「ここにいる各人には、作戦を完了できるだけの器量があると私は考えている」
『こちらR1。定位置につきました』
『R2。いつでも出られますわ』
『R4。指定位置に到着』
「R3。指定位置に――今、つきました」
『よし。こちらB1。1600に作戦行動を開始する』
カリスタの声にあわせ、モニタの端に1600時までのカウントダウンを始めた時計が表示される。あと、2分。
『作戦目標の確認だ。強奪物資の奪還のために、障害となる敵戦力の無力化。確認されている戦力はAZ4機だが、それ以上の戦力もあり得る。気を抜くな』
一瞬ノイズが入り、通信の声が変わる。
『敵AZの詳細は不明です。十分に注意をしてください。三十秒後に作戦を開始します。報告は頻繁に、詳しくお願いします』
マヤが言うとおり、既にカウントダウンは15秒を切った。
『カウントダウンを開始。10、9……』
す、と息を吸い、吐き。
『6、5、4、3、2、1――作戦開始です』
ミサキはフットペダルを押しこんだ。
左右のモニタに映るビル群の間を走り抜ける。道幅はAZが2機入るかどうか、といったところ。開発初期に作られたドームの第三階層には、工事車両を通すために道が広く作られているのだ。埃と劣化したコンクリートの欠片を舞わせながら直進していくと、ビルが途切れる。
十字路だ。
機体を停止させる。レーダーに反応はない。視覚、聴覚にも異常なし。後方の指揮車両に通信を送る。
「R3。ポイント4-1をクリア。敵影はまだ確認していない」
『了解。そのまま制圧を続けてください』
「了解」
十字路を、そのまままっすぐに進む。碁盤のような廃墟の中心へ向かうように、十字路ごとに確認しつつの全身を続けること10分ほど。その時。
『各機に通達。R1が敵と交戦中。第一世代AZですが、若干のカスタムが加えられているようです。注意してください』
「R1ってことは、セリナさんか」
呟き、周囲を確認。敵影は、ない。
『――R1、敵機を撃破』
「早いな、さすが」
前進を再開する。地図には居住区画、とある場所の直前。レーダーに熱源が映った。
「来たかっ」
反応は左から。こちらに向かってくる。ヘリや戦車ではない。ならば。
右手、銃身の短いライフルには初弾が装填されていることを確認。
「敵が気づいているか、だな」
ビルの陰に入るようにAZを寄せ、両手でライフルを持つ。相手の速度は変わらない。十字路を二つ抜ければ、こちらと鉢合わせだ。
一つ目を抜けた。
この時点で、一般的なレーダーの検出域に入っているはずだ。ならば、敵はこちらに気づいている。
――次の十字路を抜けたあたりだな
モニタを注視し、攻撃を仕掛けるタイミングを計る。
敵機が十字路に差し掛かり、
――!
そこで、敵機が曲がった。方向は居住区へ。ミサキは急いで道の中央へと機体を移動させ、十字路を左折。さらに右折し、敵機の跡を追う。
――いまさら気付いたってわけじゃなさそうだな。となると
こちらは攻め込む側だ。地の利は相手にある。
「得意の場所に誘っているのか? トラップとか――」
前方、敵機の姿は見えない。横目で確認するレーダーにははっきりと映っているため逃がすことはないが、影が多く視界が悪い戦場だ。
地図上、青の点で示される敵機が向かう先は、居住区画中央の自然公園――死角の少ない、開けた場所。
「……自分から逃げにくい場所に飛びこむわけはない、か」
いっそ、追わないという手もある。他の区画の制圧を終えた六課メンバーと合流すれば、一気に制圧出来る。
一瞬顎を引き、ミサキは通信を開いた。
「――こちらR3。ポイント4-7で敵を発見した。現在追跡中で、相手は居住区画中央へ向かっている。追うか、他のメンバーと合流するか、指示を仰ぎたい」
カリスタに指示を仰いでいるのか、マヤの返答に少しだけ空白があった。
『こちらB1。そのまま追跡をお願いします。お気をつけて』
「了解した」
他の区画の制圧も終わっていない。合流を待っては逃がしてしまう恐れもある、といったところだろうか。ともあれ、指示は受けた。地図を開き、道を確認。
「――こっちだな」
敵機が逃げたルートは使わず、別の道から自然公園へ向かう。遠回りだが、罠が仕掛けられている可能性を考えれば、より確実な方を選びたい。
自然公園へ入った敵機は、こちらが着いてこないことに気付いたのだろう。反転し、来た道を逆走し始めた。
こちらも戻れば鉢合わせだが、地の利がないため下手に動くと相手を逃がしかねない。モニタを見れば機動力はこちらの方が上。ならば、碁盤の目を走りぬけて相手との距離を縮める。
そう考え、次の交差点を曲がろうとした時、前方、レーダーに新たな熱源。
「ちっ――挟み撃ちか!?」
偶然いたのか、それとも初めからそうするつもりだったのか。どちらにしても、このままでは前後から挟み撃ちだ。狭い道で二対一で戦うのは不利。
「仕方ない、自然公園へぬけるか――こちらR3!」
『こちらB1』
「二機目を発見した! このままじゃ挟み撃ちになる。自然公園へ抜けるぞ!」
『了解。……全機体へ連絡。現在、B3がポイント5付近で2機の敵機と交戦中。制圧次第、救援を』
速度をあげ、十字路を走破。眼前、薄暗い空間が広がっているのが見えた。モニタの中、敵機も自然公園へと進路を向けたようだ。
放置されて長いのか、荒れ果て、土の下からコンクリートが露出した自然公園へと足を踏み降ろす。直後、機体を一気に浮かせた。
前方の道の先、灰色の装甲を視認する。手にはライフル。改造され変形した装甲からは、かろうじてだがアマツ製第一世代AZ『ハヤカゼ』の面影が見える。照準も合わせず、敵機の方向に銃弾を三連射した。
当たりこそしないものの、敵機は怯んだように動きを止める。ミサキは機体を浮かせたまま、ライフルを構えて半円を描くように敵機に飛びこんでいく。
射撃が来る。
二発が『トツカ』の巻き起こした埃の中を抜けて行き、一発が進路を遮るように頭部の横を通り過ぎる。正面を映すモニタの中、照準の丸と敵機の胸部が重なった。
必殺の一撃を放とうとした瞬間、アラーム音。別の方向からのロックオン。ミサキは舌打ちし、機体を空中で横滑りさせるように動かしつつ、トリガーを引く。
銃口が火を吹くのと同時、左方からの敵の攻撃を画面が警告する。
敵の弾は直前にミサキのいた場所を抜き、こちらの弾は正面の敵の肩を掠めるだけだった。
「合流されたか……!」
干からびた地面を割るように、一機のAZが向かってくる。こちらも同じくカスタムされた『ハヤカゼ』だ。右手に短刀のような武器を、左手に短銃を握り、三角形を組み合わせたような鋭角な頭部の奥で青の単眼が光る。
接近してくる『ハヤカゼ』に対して射撃するが、『ハヤカゼ』は鈍い色の装甲に埃を浴びながら片足で大地を蹴りあげ、ジャンプするように宙を舞ってかわす。
「こちらR3。敵機は『ハヤカゼ』のカスタムだ。ライフル持ちと、短銃に短刀」
『こちらB1。戦況は?』
「あまりよくない。合流されたからな、と!」
スピーカーに声を流しながら、眼前の機体の射撃をかわす。徐々に距離が縮まっている。『ハヤカゼ』は軽装甲、回避重視の立ちまわりやすい汎用機だ。第二世代のような長時間の対空は出来ないが、それでも第一世代の中ではトップクラスの機動力を誇っている。
逃げ切れないわけではないが、ここに引きつけておけば増援も場所が分かりやすいし、何よりも、
「一対二とはいえ――負けるのは癪だからなっ」
フットペダルを踏み込んだ。機体が空中で加速を得る。広い空間を利用し、まわりこむような軌道で接近する『ハヤカゼ』を迎撃する。相手が短刀を突き出し構えをとる。それを見てミサキはさらに機体を加速させ、
「ぃよっと――!」
そのまま敵機の頭上を飛び越えた。その先には、ライフルを構えたもう一機の『ハヤカゼ』がいる。こちらの行動を予測していたのだろう、迷いのない動きでライフルのトリガーが引かれる。
それも予測の内だ。
だからというように、同時、ミサキは機体を横滑りさせる。先ほどとは加速度が違う。体中の肉を骨から引きはがそうとする力がパイロットスーツ越しにも来るが、無視。右腕を強引に動かし、射撃した。
放つのは五連射。
そのうち二つが地面を穿ち、残り、一つは右膝を、一つは頭部を、そしてもう一つが腹部を撃ち抜いた。
破壊された膝から機体がバランスを崩し、ライフルを持ったままうずくまるように停止する。
「一機撃破ぁー!」
ビルを飛びこして距離を稼ぎ、速度を落としつつ、ミサキは腰のナイフを引き抜く。そのまま埃の積もった屋上へ機体を着け、レーダーで残る敵機の位置を確認。
もう一機の『ハヤカゼ』は、こちらから距離を離していく。
「逃げようってのか」
既に第二層への出入り口も含め、逃げ場はない。ならば、と通信を開く。
「R3だ。敵機を一機撃破した。ライフル持ちだ。残る敵機はポイント6方向に逃走」
『B1です。ポイント6方向には、R2がいます。――追撃して、捕獲・もしくは撃破をお願いします』
「了解した」
ブースタで衝撃を殺しながら地面に降り立ち、敵機の逃げた方向を見る。まだ、レーダーの探知圏だ。ふたたびビルの間を進み始める。
『こちら、B1です。R4が敵機を撃破。R2、R3は残った敵機を追ってください。R1、R4は想定外の戦力に備え待機を』
了解、とかえしながら進むが――レーダーを見、徐々に速度を緩めて行く。
レーダーに表示された青い点が敵機。それに、赤い点が近づいていく。その上には「R2」の文字。
そのまま両者がぶつかり合い、数秒後、
『B1です。確認された全AZの停止を確認。および、各地域の制圧を完了。これより、作業員が突入します。各機は残存兵力による敵襲に備え警戒を』
「了解。――ん、いたな」
視線の先には、二機のAZ。暗い照明に白く輝く大槍を持った『トツカ』が、両腕を失い腰をつく『ハヤカゼ』に槍に仕込んだ銃口を向けている。貫かれた肩が無残な断面を見せる近くで、吹き飛んだ腕が転がっていた。
「お疲れ様、だな」
二機の間だけに通信を開き、ミサキは言った。
『歯ごたえのない相手ですわ。ともあれ、これで敵は全て制圧しましたのね』
「今、残った奴らを地上部隊が捕縛中だ」
『聞いておりますわ――では』
ナディアの機体だ、ぐい、と『ハヤカゼ』の胸部に槍を突き出す。
『抵抗は無駄ですわ。ハッチを空けて出てきなさい』
外部スピーカーの声に、相手は大人しく手を上げて顔を出した。中肉中背の、無精髭の男だ。
『奪った物資の集積所はどこです? まさかあれだけの物資、捌く時間はありませんでしたでしょう?』
男が何かを言った。ミサキは外部マイクの精度を上げる。
『――の近くだ。今回奪ったブツは、全部そこだ』
「どこだって?」
答えるように、ナディアが通信を開いた。
『こちらR2。各機に通達ですわ。奪った物資は近隣のルーア・ドームに集積されているようですわ』
『こちらB1。……ルーア・ドームは現在封鎖されているはずです。詳しく事情を聞いてください』
返答と共に、アーヘン・ドーム付近の地図が送られてきた。中央、巨大なアーヘン・ドームを囲むように幾つかの小さなドームがある。ドームといっても、円形だけでなく、四角・三角といった形もある。
『ルーア・ドームは現在使われていないはずですが。どういうことですの?』
ナディアが軽く大槍を動かすと、おびえたように男は身振り手振りを交えて説明する。
『ドームを作る時、まずはルーアを作って、そこからアーヘンに機材を搬入してたんだよ。その時に使った通路がまだ生きてるんだ』
『通路の場所はどこですの?』
『旧繁華街の東口のあたりだ。嘘じゃねえ』
『――R2ですわ。ポイント6――旧繁華街の東口を調査してください。ルーア・ドームへの通路があるようです』
『B1了解』
アーヘン・ドームの地図を展開する。この先にポイント6があり、男がそこを目指して逃走していた、とするならば話は合う。それにこの状況で嘘をつくメリットも無い。
『こちら、B1です。各機に通達。ルーア・ドームへの通路を発見。第六課はポイント6―1に集合してください』
続く。
……お久しぶりです。続きは、近いうちに書き上げたいです、できれば。
※追記:フォントとか行間とかすっかり忘れてました。修正しました。