真実~ノルディールサイド
駆け足で書き上げたため、書こうと思っていたことが抜けていたりしたため、加筆しました。
少しはマシになったかな?と思います。
私のプロポーズに頷いてくれた彼女を見て、安堵と喜びの息がもれた。
それと同時に、七年間もの間私達を苦しめたゾロノーク公爵と、あいつが送り込んだ女狐マリアーノンをどう処罰するかの算段を計算していた。
私はこの国の王妃の子として生を受けた。
私の上には母違いの兄がおり、彼は何者かに薬を盛られた王が一夜限りと手をかけた踊り子から生まれた子供だった。
薬を盛ったであろうゾロノークが用意していた娘には手を出さなかった王を褒めるべきなのだろうが、結局は裏切りに違いない。
それでも不義の子である兄を我が子として引き取り、分け隔てなく育てた母には頭が下がる思いである。
しかし、そんな母の愛を兄は最悪な形で裏切ることとなる。
第一王子といえど踊り子の血を引く兄は当然王位継承権が低く、継承権一位と二位は現在の王であり私達の父である男の弟二人で、その次に私、その下が兄となっている。
そのことが不満だった兄は、あろうことかゾロノークと手を結ぶことを選んでしまったのだ。
ゾロノーク公爵家は元を辿れば王族の血筋を汲んでおり、自分達が王位に返り咲くことを虎視眈々と狙っている家だった。
王族の血筋といっても、六代前のゾロノーク家当主が、当時の第四王女を妻に迎えたという歴史があるだけで、その王女も実のところ浮気を繰り返していた側室が身ごもった、誰の子なのかもわからない子で、正当に王族の血を継いでいるのかすら分からないとされている。
その血筋に王位継承権を求められても話にならないというのが王の考えなのだが、それで納得しないゾロノークは手を変え品を変え、これまで様々なことを仕掛けてきているため、王は距離を置くようになっていた。
むしろ危険人物と目しており、決定打さえあれば処罰しようとすら考えていたのだが、まさか自分の息子がその家と手を組むとは思ってもみなかったようだ。
そのことを相談された時の父は、王の威厳など微塵も感じられないほど疲れた顔をしていた。
「あれでも私の息子で、お前の兄だ。手荒な真似はしたくはない」
そこで私はゾロノークのしっぽを掴むため、あえてマリアーノンとの距離を縮めることとなった。
イザベラに全てを話してしまいたかったが、彼女は心根が優しすぎ、その上常にゾロノークが送り込んだ令嬢達が友達面で周囲を取り囲んでいたため、どうしても打ち明けることができなかった。
「私を信じてほしい」
それは心からの言葉であり、愛しているのはイザベラだけなのだという願いも込めていたのだが、私のそんな想いはもっと愛を口にしていなければ届くはずもないことを後々思い知らされることとなる。
私の十八歳の誕生パーティーでそれは起きた。
なにかを仕掛けてくるだろうと警戒していたのだが、まさかイザベラから手渡された飲み物の中に薬が仕込まれているなど誰が思うだろうか?
なにも知らないイザベラに罪はない。
その薬は父に盛られたものと同様の、いわゆる催淫作用のあるもので、近づいてこようとしていたマリアーノンを押しのけ、私はイザベラの手を引いて自室にこもった。
私はイザベラを必ず妻にするのだと、彼女以外は望まないと心に決めていたため、このことで彼女が身ごもっても構わないと思った。
むしろそうなってくれたらマリアーノンなどという卑しい女が私達の間に入る隙など与えたりするものかとすら思っていた。
その夜から三ヶ月ほどしたよく晴れた日、私の元にとんでもない情報が入ってきた。
マリアーノンの妊娠。
マリアーノンは腹の子が私の子であると涙ながらに訴えており、ゾロノークが私に責任を取るようにと王に提言しているという。
「馬鹿馬鹿しい、それが私の子であるはずがない。愛してもいない女を抱く理由など私にはないのだから」
「しかし、現に妊娠しているようなのです」
「いっそ腹の子と共に葬り去ろうか」
そんなことを話していた時、ドアの外から物音がし、イザベラが走り去る後ろ姿を見た。
その時はどうしたのだろうかと思ったのだが、その日の晩に彼女の家からイザベラが失踪したという連絡を受けることとなった。
「どうしてイザベラが失踪など……」
その時になってようやく私は気づいた。
あの会話を聞いてイザベラが失踪しのだとしたら、彼女は妊娠しており、自分のことを言われていると誤解したのではないかと。
イザベラの失踪は秘匿するように頼み込み、秘密裏に彼女の行方を追った。
王都から少し離れた山の中の粗末な家を購入し、そこで暮らし始めていると聞いた時は己の不甲斐なさを呪ったものだった。
すぐに誤解を解きたいと思ったのだが、その時ゾロノークの次の狙いがイザベラであることを知り、苦渋の選択として彼女には隠れてもらうことを決めた。
イザベラは見聞を広げるために他国へと留学したことにし、周囲の目を欺くために変装をし、彼女に会いにいった。
すぐに私だと気づいてくれるものだとばかり思っていたのだが、髪色と服を変えただけの私を彼女は別人だと思い込み、優しく接してくれた。
案の定彼女は妊娠しており、時折お腹を慈しむように撫でていた。
妊娠中の彼女の負担にはなってはいけないと思い直し、自分がノルディールであることは告げず、彼女を見守り続けた。
彼女が暮らす一帯の土地は私の親友であり腹心の『ホマーク・アラント』の家の領地内であっため、アラント家に赴き、その一帯の警備を厳重にしてもらう約束を取り付けた。
彼女が暮らしていく上でなにも不自由がないように、私が個人的に運営している商会に行商人のふりをさせ送り込み、破格の値段で彼女がほしい物を与えるよう指示をした。
貴族として暮らし、自ら物を買うということを知らないイザベラは、物の値段をあまり知らなかったため疑われることもなかったのは幸いだった。
時折、その行商人の中に医師を紛れ込ませ、なにかと理由をつけこっそりと彼女の診察をさせ、母子共に健やかであると報告を受けては安堵する日々。
私の子を身ごもっていると訴えていたマリアーノンを王城の一室に監禁し、出産するまで外部との連絡を遮断することも忘れなかった。
王家の血は濃く、その特徴はかなり如実に現れる。
特に瞳の色は確実に青しか生まれない。
王族の血を継ぐ青い瞳は、他のそれとは違い、よく宝石に例えられるほどに美しい。
私はあの女に種など渡していないし、兄に張り付かせていた者からの報告で、兄も関係を持っていないことはわかっていたため、生まれてみれば歴然とする事実だった。
一切誤魔化しが利かない状態を作り上げ、女の嘘を徹底的に暴く。
それが私の目論見だった。
あの女と同じようにイザベラのお腹もどんどんと膨らんでいく。
その腹の中に自分の子供がいるのだと思うと、彼女のことがより一層愛おしく、だからこそ嘘で塗り固め、城に監禁されながらも悠々と過ごすあの女を切り裂いてやりたいくらい憎らしく感じていた。
マリアーノンが出産した三日後、イザベラが産気づいた。
近くに待機させていた医師を急いで呼び寄せ、彼女の出産に立ち会った。
私とイザベラの二人の特徴を併せ持った我が娘を目にした瞬間の胸を締め付けるほどの幸福感は生涯忘れることはないだろう。
苦しいほどの幸福感というものがあるのだということを知った瞬間でもあった。
マリアーノンが生んだ子は男児で、生まれた時は確かに緑色の瞳をしていたのだが、少し目を離した隙に白濁した瞳へと変貌を遂げていた。
生まれたばかりの赤子だというのに、狂ったように泣き叫ぶ姿はあまりにも痛々しく、きっと瞳の色を隠すために目を潰されたのだということは容易に想像がついた。
同時に、このような悪逆非道な行いがもしもイザベラと我が娘に向いたらと思うと恐ろしくもあった。
マリアーノンはゾロノークの後ろ盾もあり、またしても私の子であると主張を繰り返した。
何一つとして私の特徴を持ち合わない赤子は、気味の悪いほどゾロノークと似通っている。
六十手前のゾロノークと十八を過ぎたばかりのマリアーノンが関係を持ったなど想像するだけで吐き気を覚えるが、髪色も、一度だけ確認した瞳の色も、ぼってりとした鼻の形すらもあの男にそっくりだった。
ゾロノーク公爵家には息子はおらず、娘が三人いるばかり。
あの男の考えがますますもって理解できない。
恐らくは自分の血を受け継いだ子供を王家にねじ込み、その子供が王位につくまでの間は腹違いの我が兄であるイボークを傀儡の王として据え置き、その裏でゾロノークが実質的な王権を握り、自分の子が王位についた暁には王家の実権を全て握るつもりなのだろうが、あの不健康にも肥え太った男がそこまで生きていられるとは到底思えない。
王位継承権を持っている王弟二人は、その権利を持っているというだけで、実のところは王位を私に譲る算段でいる。
私がマリアーノンと添い遂げることとなれば、マリアーノンの身分を考えると王妃など務まるわけもなく、当然そのような女を娶ったとして王座に就く資格も失われることだろう。
そうなれば王位継承権第四位である兄が王座に就くこととなる。
何十年先の未来を見据えているのか知らないが、とてもではないが非効率的であり、非現実的としか思えないのだが、それでも王位に固執する執念だけは恐ろしいものがある。
まだイボークに自分の娘を嫁がせた方が余程現実的に思えるのだが、その娘達も王妃である母と同年代で既に既婚の身であるため不可能だったのだろう。
つくづく哀れとしか言えない。
しかし、現実は少々私に不利に働いており、証言と証拠が全てのこの国で、私は「マリアーノンを抱いていない」という確固たる証拠を提示できないでいた。
てっきり誕生パーティーの夜のことを言ってくるのだろうと思っていたのだが、マリアーノンの口からは別の日のことがさも真実のように語られ、ゾロノークが徹底的に調べ上げていたのだろうその日は、私の地方視察の日と重なっており、その日の宿泊先となっていた宿にもどうやらゾロノークの息のかかった者がいたようで、不利な証言ばかりが飛び出してしまったのだ。
そんな時、私は他国で確立された「親子鑑定」というものの存在を知ることとなった。
親である者と子である者の血を検査することで親子であるか否かを判別できるのだという。
私自身がマリアーノンを抱いていないという確かな証拠を提示できない現状で、その報告は吉報だったのだが、その国は遥か遠く、また一切の交流もなかったため、幾度となく書簡を送り、使者も送り、ようやく相手国が首を縦に振るのに四年近い歳月を有してしまった。
他国から我が国に赴いてくれた医師は親子鑑定の正確さを多くの事例と、目の前での実際の検証により証明して見せた。
最後まで抵抗を重ねて、なんとか医師を追い出そうとしていたゾロノークだったが、私とあの女が生んだ子に親子の可能性がないことと、ゾロノークとの間に親子関係があることが証明されると、狂ったように笑いだした。
しかもその際に驚くべきことも判明した。
ゾロノークとマリアーノンの間にもまた親子であるという鑑定結果がでたのだ。
この結果は瞬く間に世間に広まり、ゾロノークの妻は離縁状を置いて実家へと戻り、娘達もまたゾロノークとの縁を切る声明文を公開した。
ゾロノークの妻の実家は隣国の公爵家であり、その太いパイプもありあの男はこの国で多大なる力を振るうことができていたのだが、それが絶たれるとあとは脆かった。
それを皮切りに、ゾロノークの悪事が次々に露呈し、ようやくやつを牢に繋ぐことができた。
「……と、君がいない間、そんなことがあったんだ」
顔色をコロコロと変えながらも真剣に私の話を聞いていたイザベラが愛おしく、話を終えると彼女を抱き寄せた。
五年間触れることができなかった最愛の女性が、今こうして私の腕の中にいる。
それがどれほどの喜びなのか、きっと彼女には伝わらないだろう。
だけどそれでもいい。
彼女を悲しませ、一人で子を産む決断をさせてしまった愚かな私を、またこうして受け入れてくれた心優しき私の唯一無二。
別人だと思われていたとしても、私のプロポーズに首を縦に振ってくれたことがどれほど嬉しかったのか、彼女は知らないだろう。
この部屋で二人きりになった途端に、そのことを何度も謝罪するイザベラが可愛らしく、愛おしく、選んだのが彼女でよかったと心から思っていたなんて知る由もない。
ディルは確かに王子としての私ではなかったが、王子としての身分を失った私だとも言えた。
王族としての地位もなにも持たない私でも彼女は選んでくれたのだ。
私とは知らずに、それでももう一人の私と言える存在を受け入れてくれた。
それだけで十分だった。
「全ては私の誤解から始まったのですね……私がノルディール様を信じられなかったから」
「それは違うよ、イザベラ。全ては私の未熟さ故のこと。君には一切の非はない。私がもっと君に愛を伝え、共に戦ってほしいと伝えていれば、これほど長い時間君に苦労させることはなかったのだから」
そう言うとイザベラは首をかしげた。
「苦労、ですか? 私は確かにあなたが恋しくて泣いた日もありましたけれど、あの生活を苦しく感じたことはありませんでしたわ。私の中に愛の証がいる、それだけで私、十分に幸せで、ルルーシュカが産まれてからは更に幸せで、だから、私」
イザベラの目から大粒の涙が溢れだした。
彼女を再び抱き寄せ、その涙を胸で受け止める。
「でも、でも、本当に、寂しかったのです。ノルディール様が恋しくて、想いが消えてはくれなくて、苦しくて、辛くて」
しゃくりあげながらもそう告げるイザベラは、私の胸の中で、私にしがみつくようにしながら悲痛な声を上げていた。
「すまない、イザベラ、本当にすまない。もう二度と君を離さないと違う。もう二度とこんなふうに泣かさないと違う。許してくれなくていい。だけど私のそばにいてほしい」
そう伝えると涙目で私を見上げたイザベラは、女神のような笑顔を浮かべた。
「だけど、あなたが私をずっと見守ってくれていたのだと知った今、私はとても嬉しいのです。私はずっと、あなたに守られてきたのですね」
きちんと守れていたのだろうか?
もっと違う形で守る選択もあったはずだ。
「守ってもらっていたから、私はあの家でルルーシュカと笑いながら穏やかに過ごせていたのです。ノルディール様、今までありがとうございました。でもこれからは、守られるばかりではなく、私にもあなたを守らせてください」
私はこの先ずっと、彼女に頭が上がらないだろう。
彼女の尻に敷かれてもいい。
どんなイザベラでも、彼女が彼女であるならば愛していける。
それほどまで愛せる存在に出逢えたことが私にとって生涯の喜びであり、幸せであると断言できるのだから。
「これから少しばかり忙しくなるけど、大丈夫?」
「なにかございますの?」
城に戻ってから、あの木こり小屋での喋り方からすっかり侯爵令嬢だった頃の口調へと戻ってしまったイザベラ。
「これから結婚式の準備と、我が子ルルーシュカのお披露目もある。君がルルーシュカにマナーなどの教育をしていたことはわかっているけど、彼女に教師も探さなければならない」
「まぁ、それは大変ですわね。マナーの講師でしたら……」
「イザベラ? お願いがあるのだが」
「なんでしょう、ノルディール様?」
「二人の時だけは『ディル』と呼んでくれないか? そして、あの家でのように自然に話してほしい。ダメだろうか?」
そう言うとイザベラは目を丸くした後、花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「わかったわ、ディル」
私達の物語は本当の意味でこれから始まる。
「パパ、ママ?」
痺れを切らして部屋を覗きにきた愛しい我が子と三人での物語がこれから正しい形で始まっていく。
その幸せが夢ではないのだと実感するだけで、泣きだしたくなるほどの喜びが込み上げてくる。
「イザベラ、ルルーシュカ、愛している」
そう言うと、私の愛しい二人は同時に愛らしい笑みを浮かべた。




