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【加筆修正済】隠れたつもりが囲われていました  作者: ロゼ


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隠れて生きていく~イザベラサイド

 山奥の小さな木こり小屋が私のお城だ。


 私の名前は『イザベラ』。


 姓はない。


 以前は『オリザノル』という姓があったけれど、自分の力だけで生きていくと決めた時からその姓は捨てた。


 きっと両親も私のことなど勘当して、縁も切れているはずだ。


 オリザノル侯爵家の顔に泥を塗ったのだから、そんな恥知らずで役たたずな娘など必要ないはずだから。


「ママ! ディルおじちゃんがきたよ!」


 可愛らしい声が家の中に響き渡り、玄関のドアから金と銀が混ざった光り輝くプラチナブロンドの柔らかそうな髪をした愛らしい顔がこちらを覗いている。


「ルルーシュカ、また勝手にお外に出たのね?」


「あ! ……ママ、ごめんなさい」


 青い目を揺らして娘が私を見ている。


 私の大切な宝物、ルルーシュカ。


 ルルーシュカがいたから私は一人で生きていく決意を固めたし、何をしてでも生きていこうと思えた。


 私とあの人の間にできた子供がルルーシュカだけど、私が心から愛したあの人はこの子の存在を知らない。


「こんにちは、イザベラ」


 黒髪の男性がルルーシュカと共に家の中に入ってきた。


「こんにちは、ディル」


 彼は『ディル』といって、この森を中心に狩りをしている。


 その姿があの人と重なる。


 ──そんなはずないのに。


 私が愛した人はこの国の第二王子で私の婚約者だった。


 彼は美しく煌めく金色の髪に澄み渡った青空のような瞳をした美しい人で、婚約者として出会った日から私の心の中を独占していた。


 今目の前にいるディルは、目の色こそ似ているが、髪は墨を塗ったように真っ黒で、うちにくる度に仕留めた動物の肉を土産に持ってくる狩人。


 ──王子と狩人を重ねて見てしまうなんて、あれから五年も経っているのに、私ったら本当に未練がましい。


「今日はうさぎを仕留めてね、一番いいところを持ってきたよ。もちろん毛皮もね」


「わぁ、うさぎ! あたし、うさぎのシチュー大好き!」


 ディルの言葉を聞いてルルーシュカが嬉しそうに目を輝かせている。


「あなただって生活があるんだから、うちにばかり持ってきても大変でしょ?」


「たくさん仕留めたからね、少しくらい君達にあげたところで困らないさ」


 そう言って、うちに唯一あるテーブルの上に紙に包まれた肉と紐でまとめられた毛皮を置いた。


 彼との出会いは、この木こり小屋を買い取り、この場所に住み始めて一週間ほど過ぎた頃だった。


 ──コンコン。


 王都での生活を捨て、偽名を使って購入したこの木こり小屋を新居として片付けていた時に、突然ドアのノック音が聞こえてきた。


 追っ手が来たのかと警戒しながら玄関前が見える窓から外をそっと覗いてみたら、そこにディルがいた。


 一瞬、あの人が立っているのかと思い心臓が跳ね上がったけど、あの人なら絶対に身に纏うはずがない薄汚れた服を着ていて、髪の色も真っ黒だったから別人だとホッとしつつも、あの人が私を探すはずがないと悲しくなった。


「水を一杯いただけないだろうか?」


 狩りの途中で水袋をなくしてしまったのだと恥ずかしそうに話すディルを家の中に招き入れた。


 ディルは声までもあの人にとてもよく似ていて、昔からの知り合いのようにも感じる不思議な人だった。


 それからディルは数日おきに我が家を尋ねてくるようになり、だんだん大きくなっていく私のお腹を時折慈愛の眼差しで見ているのを感じていた。


 ディルと初めて会った時、私は妊娠三ヶ月だった。


 お腹の中の子供は当然婚約者であるあの人の子供だったけれど、同時に望まれない子供でもあった。


 私とあの人は婚約者として十歳から十八歳になる八年間を共に過ごしていたけれど、彼の心の中には別の女性がいつの間にか住み着いていて、私との婚約解消は間近であると様々な者たちが口にしていた。


 そのことをきちんと話し合えばよかったのだろうけれど、私はあの人のことを好きすぎたために、どうしてもそのことに触れることができず、あの人の十八歳の誕生会の夜、酔った彼に抱かた。


 愛されているのだと勘違いしてしまいそうなほど優しい手つきに涙がこぼれた。


 きっと、心の中に住み着いている女性『マリアーノン』と勘違いしていたのだろう。


 マリアーノンは子爵令嬢で、私の婚約者だった第二王子『ノルディール・トロフェン』の学友だった。


 平等を謳う学園で、その平等をかさにきて爵位の高い男性にばかり擦り寄る女、そんな印象だったけれど、まさかあの人までもを虜にしてしまうなんて思ってもみなかった。


 二人が急速に距離を縮める様子をただ見ているしかできなかった日々は、今でも思い出すだけで胸に痛みが走るほど鮮明に残っている。


 そのうち、私は何もしていないのに「悪女」というレッテルが貼られ始めた。


 その全てはアリアーノンに関する身に覚えのないことだったけれど、私には一切弁解の機会すら与えられることもなく、彼女の親衛隊のようになった男性達から一方的に罵られた。


 その後ろでマリアーノンがそんな私の姿を見てほくそ笑んでいることにも気づかず、男性達は私だけを一方的に「悪女」と決めつけ、それは周囲にも伝播していき、私は孤立していった。


 婚約者であるあの人は「私を信じてほしい」と言っていたけれど、日に日に目に見えて深まっていくマリアーノンとの距離は私の心を引き裂いていた。


「ママ?」


 昔の感傷から引き戻す愛らしい声が耳に届いた。


「なぁに、ルルーシュカ?」


 現実に戻り、愛しい娘を見つめる。


 ルルーシュカのプラチナブロンドの髪は私と彼の髪を合わせたものだ。


 私の髪色は銀色で、出会った当初のあの人はよく私の髪色を褒めてくれた。


「世界で一番綺麗だよ」


 髪色を褒められているとはわかっていても、与えられる言葉がまっすぐで、その度に顔が火を噴くほど熱くなったあの頃が懐かしい。


 四歳になったルルーシュカは私とあの人の特徴を面白いくらい半分ずつ引き継いでいる。


 目の色と形はあの人そっくり、鼻と輪郭は私にそっくり、唇は二人の特徴を合わせたような形。


 私とあの人の子供なのだと疑いようもないその容姿は、私が彼を愛した証でもある。


 彼を愛していた日々を、今も愛しているこの気持ちを、私は決して恥じたことはない。


 愛されることはなかったけれど、それでも私は精一杯愛していた。


 その証のような愛しい娘を無事に産み、育ててる現実は、あの人がいないという以外は幸せに満ちている。


「ディルおじちゃんがママとお話したいんだって」


 悔いがあるとすれば、あの人の口からきちんとした別れを聞かなかったことだろうか。


 別れを聞いていたら、これほど想い続けることもなかったのかもしれない。


 実らず、花を開くとこもなかった想いは永遠にくすぶり続けるなんて、あの時の私にはわからないことだったし、そんな余裕もなかった。


「ディル? 話ってなに?」


 目の前でいつもより緊張した面持ちで座っているディルに目を向ける。


 ──本当に似すぎているわ。


 目の前に別な男がいるのに、あの人のことを考えてしまう自分が滑稽で悲しい。


「イザベラ……俺はルルーシュカの父親になりたい」


 突然の申し出に心臓が痛いほど跳ね上がった。


 この五年間そばで私をさり気なく支えてくれたのはディルだった。


 私が産気づいたことにきづくと、どこからかお医者様を連れてきてくれて、ずっとそばで励まし続けてくれた。


 ルルーシュカが生まれた時は涙を流して喜んでくれたし、その後も私達の生活を常に気遣ってくれていた。


 あの人への想いが消えないながらも、私もいつからかディルを一人の男性として見ており、彼がルルーシュカの父親だったならと考えたこともあった。


 それはあの人に似ている、似すぎているせいもあったかもしれないけれど、あの人と同じように優しく、頼もしいディルの存在は、私の中で確実に大きくなっていたのは確かだった。


 それを愛と呼べるのかはよくわからないけれど、大切で失いたくない存在だということは紛うことなき事実。


 けれど、未婚でもっと素晴らしい女性を選べる立場にいる彼の未来を潰すことはできない。


「なにをいっているの? お酒でも飲んできたのかしら? 昼間から飲むものじゃないわよ、お酒なんて」


 わざと茶化すようにそう言ってみたものの、ディルの眼差しは真剣そのもので、その目に捉えられたら時間すら止まってしまうように感じた。


「俺は真剣だよ、ルルーシュカ。君が心配になるものは全部排除できた」


「心配? 排除?」


「なんでもない、こっちのことだよ。俺はね、君のことが好きだ。愛している。ルルーシュカのことも同じくらい愛している。君も俺のことが好きだろ?」


 まっすぐ見つめられてそう言われると、全てを見透かされているように感じるのに、その目から視線が外せない。


「初めて会ったあの日から、俺の胸の中は君でいっぱいだ。ルルーシュカが生まれて、幸せは二倍にも三倍にも増えた。俺は君達と正式な家族になりたい。ならせてほしい」


「でも……あなたなら、私みたいなコブ付きを選ばなくても、他にいくらでも素敵な人を選べるわ」


 そう言いながらも私の胸は異様なほど高鳴り、近くに寄られたらその音を隠しきれないのではないかと思っていた。


「ディルおじちゃんがルルのパパになってくれるの?」


 隣の部屋にいったはずのルルーシュカが目を輝かせて走ってきて、ディルの膝に抱きついた。


「ダメかな?」


 ルルーシュカを抱き上げながらディルがそう彼女に尋ねると、「パパ!」とルルーシュカはディルの首に小さな腕を回して抱きついた。


「ルルーシュカは歓迎してくれるようだけど、イザベラはどう?」


 期待に満ちた二人の視線が私に降り注ぎ、ノーとは言えない雰囲気を漂わせている。


 二人の雰囲気は容姿同様とてもよく似ており、息もピッタリで、本当の親子だと言われても疑う人はいないほどだ。


 ──小さい頃からディルと接しているからこんなにも似たのかしら?


 時々そんなことを考えたものだった。


「本当に私でいいの? 後悔しない?」


「君を手放すことが最大の後悔になる。俺を信じてほしい」


 その言葉にあの人の面影が重なり、気づくと私は頷いていた。


「こんなところに君達を住まわせておくわけにはいかない」


 私の了承を確認すると、ディルはそういい、自分の家にくるようにとしきりに勧めてきた。


 五年間も暮らしてきた私の小さなお城を手放すのは忍びなかったけれど、ルルーシュカにきちんとした教育も受けさせたいと思ったので、彼の家に行くことを了承した。


「大丈夫、この家は別荘にすればいい。時々ここにきてのんびり過ごそう」


 そう言われ、安心した。


 引越しの日、ディルが馬車を寄越してくれ、それにルルーシュカと二人で乗り込んだ。


 久々に乗る馬車はあの人と乗った馬車のように乗り心地がよく、私の膝の上ですやすやと眠るルルーシュカを見ているうちに、私もいつの間にか眠りに落ちていた。


「到着しました、イザベラ様」


 御者の声で目が覚め、開いたドアから見える景色に私は悲鳴をあげそうになった。


「イザベラ!」


 そこは五年前まで毎日のように通っていた、今でも時折夢にまで見る王城の宮殿の前で、扉の前で笑顔を向けているのはかつて愛して、今でも胸の中に住み続けているノルディール殿下その人だった。


「パパ!」


 馬車から飛び降りたルルーシュカが嬉しそうにノルディール殿下に駆け寄ると、彼は慣れた様子でルルーシュカを抱き上げた。


 私は混乱の中から抜け出せず、馬車の中で腰が抜けたように座り込んでいた。


「パパ、ママが動かないよ?」


「ビックリさせちゃったかな? でも五年間も私に気づかないイザベラが悪いな」

 

「私だってパパだってわかったのにねー」


 瓜二つに思えるほどそっくりな笑みを浮かべた二人がわけのわからないことを言っている。


「なっ、なにが、どうなっているの?」


 絞り出した声はかすれていて、口の中もカラカラで喉が張り付いてしまいそうだ。


「ちょっとごめんね、ルル。ママを抱っこしてあげないと」


「ママ、歩けなくなっちゃったの?」


 殿下が近づいてきて軽々と私を抱き上げた。


「もう離さないから」


 そう言って宮殿の中に私を運んでいった。


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