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瑠璃

物語が大きく動きます。少しわかりづらいかも。

ぱちり、と目を開ける。


────ここ、どこ。


手元に置いてあった見覚えのあるノートを手に取った。


幻蝶谷、温泉、林檎。


過去の僕が残しておいた文字で今の状況を繋ぎあわせる。


隣の陽翠はまだ寝ていた。すうすうと小さな寝息を立てて、伏せられた睫毛は長すぎるほどに長い。


流れるような黒髪を一房手に取ってみる。


僕よりも柔らかい髪は艶を取り戻して耀いていた。


小さな手に視線を移す。


荒れた爪はまだ元には戻っていないけどそれでも肌には柔らかさが戻ってきている。


触れた手はあたたかかった。


やがて、宝石を覆っていた帳はゆっくりと開く。


一対の黒くて綺麗な、どこか悲しそうな宝石は僕を映して。


「おはよう」


そう言って笑うんだ。


***

目を開けると、珍しくもう起きている出帆がいた。


片手は繋がれていてじっと私の顔を見ていた。


「………どうしたの?」


「なんでもないよ。おはよう」


今日も変わらない君の笑顔。


そんな君がいつまで経っても大好きだよ。


───

「へー!!お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだ!」


目の前できらきらと楽しそうに話すのは村長の娘のつむぎちゃん。

「うん!うちは代々温泉の管理をしている家系なの!だからね、お父様もお兄ちゃんも、姉ちゃんもいつも村のことばっかり考えてるんだよ」


誇らしげに胸を張る紬ちゃんの横顔は、やっぱり村長の娘らしく凛としていた。


私たちは森の奥深く、空を覆うほど枝を広げた大きな木の上に腰掛けていた。


幹は何人もで手を繋がないと囲めないほど太く、長い年月を重ねてきたことが一目でわかる。


ここは紬ちゃんが教えてくれた秘密の場所だ。


枝の上からは、幻蝶谷の温泉村が一望できる。湯けむりがふわりと立ちのぼり、白い蝶が何匹も舞っている。


「でも、最近変なことが起こってるらしいんだよね………。」


不意に、紬ちゃんの声が小さくなった。


「変なこと?」


「温泉の周りにね、植えた覚えのない花がたくさん咲いてるの。季節じゃないものもあるし。色も匂いも、全部ちぐはぐで……。だいたい三日くらいでなくなってるんだけど、気持ち悪いんだよね………」


風が枝を揺らし、葉擦れの音がざわりと広がる。


「花…………」


その言葉に、胸の奥がひやりと冷えた。

花。


玲くんと眞雲さんが亡くなった場所にも――大量の花が咲いていた。


あの時も、ありえない季節の花が、まるで誰かを囲うように咲き乱れていたのだ。


「ねえ、その花ってどんな花?」


声が少し震えたのを、自分でも感じた。


「ええっと………桜と橘と……菖蒲と菊? あと他にもいろいろあったよ。結構たくさんあったんだよね」


桜に橘。菖蒲と菊。


それは――弔いの象徴。


まさか。


「まあ、誰かが植えたのかもしれないしね! いたずらとか!」


紬ちゃんは無理に明るく笑った。


その笑顔が、なぜか遠く見えた。


「あ!お使い頼まれてるんだった! 陽翠さん、じゃあね!!」


軽やかに枝から飛び降り、走り去る小さな背中。


その姿が森の奥へ溶けていくのを見つめながら、私はひとつの最悪な可能性に辿り着いてしまった。


「魔物がいるのは…………幻蝶谷?」


胸騒ぎが止まらない。


白い蝶が一匹、私の肩にとまり、すぐに飛び去った。

***

ねえ、知ってる?


蝶のいる美しい谷の守り神の話。


その子はかわいい少女の見た目をしていて、一見普通の女の子に見える。


長い前髪は丁寧に編み込まれ、右目のところには大きな痣があるんだって。


その痣は、瑠璃のように青く光ることがあるらしい。


彼女の歌を聴いたら最期。


花が咲いて、消えてしまう。


咲くのは、想いの花。


桜は未練。橘は約束。菖蒲は誇り。菊は別れ。


三日咲いて、三日で散る。


その花は崩れて灰になる。


灰は集められ、糸で編まれ、人の形に整えられる。


胸に瑠璃を埋め込まれて――


生き返る。


でも、全ての記憶を忘れてね。


名前も。家族も。愛した人も。


ただ、谷を守る人形として。


「ん? 私が誰だって聞きたいの?」


月明かりの下、白い湯けむりの中に立つ。


その右目には、大きな痣。


涙を浮かべた夢見鳥の娘は、声を出そうと口を開いたまま、動けずにいた。


足元には、桜が咲いている。


「ほら、怖くないよ。可愛い可愛い紬ちゃん。繭を作って、蛹になって。綺麗な蝶々に、人形になろう。」


優しく微笑む。


自分の声は鈴のように澄んでいるのに、どこか冷たい。


ゆっくりと、歌い出す。


「おはなは わらう かぜは あまい


ちょうが みちびく ひかりのたに


だいじなものは おもいでしょう


だから ここに おいていこうね


いとを まけば ほつれは きえる


なみだも こえも まるく なる


むねに るりを ひとつだけ


こころのかわりに いれてあげる


きみの あしもと きづいたときには


もう うごけない さあ ねむって


ちょうに なるまで めざめたときは


だれでも ない」


歌が終わるころ、紬ちゃんの周囲には無数の花が咲き乱れていた。


桜が舞い、橘が香り、菖蒲が揺れ、菊が静かに開く。


その中心で、紬ちゃんの瞳は焦点を失っていく。


「やめて――」


声は風に溶けた。


花弁が崩れ、灰になる。


灰が渦を巻き、糸のように細く伸びる。


それは紬ちゃんの体を包み込み、繭を作る。


少女はそっと繭に触れ、囁いた。


「瑠璃供儀の抱擁」


青い光が弾ける。


やがて繭が割れ、中から現れたのは――


無表情の人形。


胸には、瑠璃色の石が埋め込まれている。


「おはよう。新しい守り人さん」


白い蝶が一斉に舞い上がった。


その中で、人形はゆっくりと瞬きをする。


誰の名前も、呼ばないまま。


そして谷には、また新しい花が咲く。


三日だけ。


誰かの大切な想いを糧にして。




夢見鳥紬ゆめみどりつむぎ


10歳。村長の娘。末っ子。


夢見鳥は蝶の異名らしいです。

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