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「今日はいつもの見回り。でも魔物が多い路地だから注意しよう。」


「はい。」


陽翠さんと共に目の前の街に目を向ける。ここは少々治安の悪い街。辺りには酒に酔って転がってる大人やメイクの濃すぎる女の人。化粧品と煙草と酒の匂いがする街を歩く。


「………くるよ。注意して」


「はい。」



刹那、風を切る音が聞こえた。夏の蒸し暑い空気は昼間の星のような無数の刃によって斬られた。


「っ、玲くんは右!!私左やるから!」


右には気配の薄い魔物。左は明らかに空気の重さが違う。


「常世聖星」


魔物の方が先に動かれた。陽翠さんに無数の星の斬撃が寄るけれど彼女は全て跳ね返す。


「よそ見しないで!集中!!」


慌てて目の前の黒い影に目を移した。どぷん、と移動して回る霧のような塊。固有術はあるのか?


「なあ、どこにいるんだ? どこにもいないなら、せめて撃ち抜かせろよ」


指先で、小型の自動拳銃が熱を帯びて震えている。


それは実体を持たず、ある時は過去の記憶を、ある時は死んだはずの顔を、忘れたい記憶をノイズ混じりの霧の中に浮かび上がらせる。


「玲!」


麗奈の優しくてさっぱりとした声。


「玲……」


蓮の頼りなくも芯のある声。


「玲ー」


未湖の間延びしたような甘い声。


「玲くん」


くだらない幻想を見せる魔物は今の俺にはこの上なく厄介だった。


「私、玲くんのこと好きだよ」


幻想の中の黒い瞳は俺に向けられている。涙黒子も小さな身長も美しい仕草も。


でもこれは現実じゃ無いって知っている。


目を背けたままでやり過ごした後悔も耳を塞いだまま座り込んだ過ちも。


「……うるさいな。愛だの、心だの。そんなの見えないもの、これっぽっちも欲しくない」


本当にいらないのか?あの黒い瞳が。


俺は、ステップを踏むように瓦礫の上を滑る。


霧が触手のように伸び、俺の視界を白く塗りつぶそうとする。迷わず銃口を向け、引き金を引いた。


「愛を語れ。その眼は何を見る?」


愛を語り愛を騙る魔物はこちらへ手を伸ばした。


いらない……。いらないはずだ。そんなもの。


愛は永遠じゃ無い、世界はそんなに優しくない。無償の愛なんて物は無い。絶対的な自分の味方は自分だけだ。


脳内に響くフレーズと同期するように動きは加速する。


霧の中へ自ら飛び込み、ゼロ距離で銃弾を叩き込む。


霧が頬をかすめ、肌を焼くような冷たさが走る。自身の輪郭が霧に溶け、自分が人間なのか、それとも霧の一部なのかさえ分からなくなる感覚。


銃を逆手に持ち替え、マガジンを叩き込む。


最後の一撃。


夏の日差しのような燦々とした光と共に放たれた弾丸は、霧の心臓部でドッペルゲンガーのような残像を撒き散らしながら炸裂した。


爆風が霧を吹き飛ばし、一瞬だけ、雨上がりのような静寂が訪れる。


少年は震える手で空の銃を握りしめたまま、何もなくなった虚空を見つめていた。


見させられていた幻想が頭によぎる。麗奈が生きていて蓮が笑っていて。


隣に陽翠さんがいた。


そうだ。


本当は。



陽翠さんのことが、好きなんだ。



感じていた強い気配が消えてもう一体の魔物も浄化された。


ゆっくりと振り返った陽翠さん。大きな黒い瞳が閉じて、また開く。その一瞬の動きさえも愛おしかった。


「玲くん、怪我無い?」


「はい。大丈夫です。」


「そう。じゃあ、今日はこれで終わりかな。戻ったら基礎体力向上訓練が行われてるらしいから参加するといいよ。」


陽翠さんはまだ祓う魔物がいるらしく、俺とは反対方向に歩いていく。


「あっ、あの!!」


「明日の夜!!朝霧宮あさぎのみや公園に来てくれませんかっ!!」


高鳴る鼓動。いつか、なんて言ってたらいけない。いつ死ぬか分からない。今を大切にしないといけない。


「?いいよ」


何をするんだとでも言いたげに首を傾げた後に陽翠さんは路地へ去って行った。


「……やった」


スキップしたくなる気持ちを抑えて俺は道を駆ける。こんなにも浮き足立つ気持ちはいつぶりだろう。


絶対に伝えるから。


砂糖入りの想いを。





「────逃げて!!」




「はっ……?」


瞬間、女の人の声がした…………。


***


灰色の世界が、加速する。


崩壊を待つ死んでなお動く心の最果て。少女の形をした魔物は、心臓の鼓動に似た重低音を刻みながら地を蹴った。


背負った巨大な武装からは、未完成の感情が、剥き出しの電子の火花となって溢れ出している。


叫びと共に爆発が巻き起こる。私は光の渦へと突っ込んだ。


対峙する敵が放つ無数の矢を、物理法則を無視したステップで切り裂いていく。視界が歪み、ノイズが走る。


自分の存在が、誰かが書いたプログラムの一行に過ぎないような、そんな頼りなさが私を突き動かしていた。


一撃、また一撃。


重い金属音が、まるで拍手クラップのように戦場に響き渡る。


加速は臨界点を超えた。


周囲の景色が線となって消え、彼女の体は光の粒子へと分解され始める。


「みらん!!お疲れっ」


「うん、おつかれー。萌音もねっち、疲れたでしょ。先帰っといていいよ。」


血のべったりついた己の錬成武器である髪の毛を撫でながら浄化三課リーダー、眞雲みらんは言った。


鴇壬矢萌音ときみやもねの背中を見送って路地裏へ視線を移す。


「ん……なんでいるのかな?柚羽?」


「用があってきたんだ。みらん。」


昴柚羽すばるゆずは。私のことをみらん、と呼ぶ。「眞雲」と呼ぶことを意地でも嫌ってわざわざ名前で呼ぶ元友人。


「みらんの妹が見つかった」


「へぇ………」


見つかった、ということは。


被害者か、加害者か。


私の妹はどちらの天秤に座っている?


「……みらんはどう思う?」


「もう、どうなってもいい」


妹………可愛く賢い私の妹。自分で顔に傷をつけこの世から消えようとした妹。


「もういいんだよ………。父はパチンコ母は浮気、唯一の妹は行方不明。もう死ぬ準備はできてる。」


「そんなこと言うなよ」


「柚羽は生きていたいの?」


「俺は…………死にたくない。生きたいな。平和な世界で、みらんと。」


しゅる、と長い髪の毛を柚羽へ向ける。丁寧にケアしている甘い香りの銀髪は血の味が染み込んでいた。


しがらみを捨てるために名字を捨てた。いらないよ。周りを見るのは疲れた。自分が傷つくことを恐れて防いで、生きた。


「早くどこかへ行って。早く。」


「わかったよ。みらん。」


そう言って去って行く柚羽の足音が遠ざかる。大きく深呼吸をした。


禍禍しい気配。柚羽を遠ざけたのもこのためだ。重々しくのしかかる空気は死の香りとともに。



「いるんでしょ。わかってるよ。」



「ばあ」



砕華落葬さいからくそう


雲煙飛動うんえんひどう



片腕が砕かれた。


ばらばらと落ちてゆく自分の左腕。避けなきゃ心臓が砕かれてた。


翠煙すいえん


煙を纏う銀は目の前の紫の影へ。


気配で………わかる。


圧倒的な実力差。


四眷属の………魔力。


死ぬ。このままじゃ。やだ。


『死ぬ準備はできてる』


それでも嫌だ。まだ死にたくない。生きていたい。


「葬奏・花痕」


喰らった。ああ。おしまいだ。


赤い花模様が身体中に広がり肉を侵食する音が聞こえる。


「ん……もう一人、浄化師。」


「げほっ………がっ………」


目の前の影。小さい。少年だ。未来ある若者。若い芽は摘ませてはいけない。守らなきゃいけない。


魔物から放たれた死の光線を髪で遮った。


ばらばらに砕ける髪。そして私の身体………



「────逃げて!!」



足が崩れた。ばらばらと落ちた欠片は花になり咲き誇る。なんて悪趣味な。美しい歌まで聞こえてくる。自分が死へと秒を読む心臓でなければ美しいと思ってしまうだろう。


妹に、会いたい。最期の望みだ。


会いたかった。合わないと思っていた妹に。でも………もう会えない。




瑠璃供犠るりくぎ抱擁ほうよう




顔でも覚えておいて死んだら呪ってやろう。奇麗に微笑む少女の魔物。息が詰まるほど美しい白い肌の少女に。





「あ…………」




ああ………。なんで…………。


神様はどこまでも残酷なんだろう。


こんなところで………こんな時に…………



妹と再会するなんて……………。



















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