猫
君にとっては一瞬でも僕には永遠のような時間。
ひどく臆病で頼りない言葉だけれど君といたいと伝えた。
大きな目はゆっくりと瞬きをして。周囲の喧噪はどこかへ遠のいて。屋台の杏色の照明だけが僕達の時間の証明だった。
「そりゃ………来年もここから上がると思うよ?50年くらいここから上がってるみたいだし…………」
そうじゃなくて!!
「え、出帆どうしたの?」
「何にも無い。火薬の匂いがツンとしただけ。」
なんで気づかないのかな。こんなに一緒に居るのに。好きって言ってよ!!
「出帆、ちょっと待ってて!」
いつの間にか近所のケーキ屋さんの前についていた。陽翠がとてとてとお店の中に入っていく、
「おまたせ。」
「ケーキ、買ってたの?」
「うん。誕生日だしね。家帰ったら食べよう!」
そう笑う彼女の向日葵のような笑顔は暗い夜道で迷わないようにと、神様が僕の隣に置いた地上の星。この笑顔を守るためなら、僕は夏という季節を永遠に閉じ込めてもいいと思った。
***
電気を消して数字の蝋燭に火をつける。柔らかく揺らめくオレンジ色。
ふーっと出帆が蝋燭を吹き消す様子をカメラに収めて。
「改めて誕生日おめでとう!!」
「ありがとう!」
出帆は照れくさそうに笑い、スマートフォンの画面越しにこちらを見つめる。視界が暗転したあとの残像の中で、彼の青い瞳がいっそう深く、澄んで見えた。
テーブルに置かれたミニホールケーキは、波打ち際を思わせる水色のグラデーションクリームに、貝殻を模したホワイトチョコが添えられた夏らしいデザイン。
まだ少しだけ、消えたばかりの芯から白い煙が立ち上り、甘いバニラの香りと夏の夜の匂いが混じり合った。
「動画、ちゃんと撮れた? 変な顔してなかったかな」
そう言って彼が身を乗り出すと、暗がりに慣れてきた部屋の光の中に、柔らかな笑顔が浮かび上がる。
「うん、ちゃんと撮れてるよ!」
私はそう答えて、撮影を止めたばかりの画面を出帆に向ける。
「さあ、溶けないうちに食べよう。切り分ける? それとも、このままフォークでいっちゃう?」
「それじゃ、遠慮なく」
出帆は楽しそうに笑うと、小さなフォークを手に取った。
二人で囲むにはちょうどいいサイズのミニホールケーキ。その鮮やかな水色のクリームに、迷いなく銀色の先が沈んでいく。
「見て、中も夏っぽい」
彼がひと口分を持ち上げると、断面からは真っ白なスポンジと、鮮やかなイエローのマンゴーソースが顔を出した。大きな口で頬張った出帆の表情が、一瞬でパッと明るくなる。
「んー、美味しい! 見た目は涼しいのに、味はすごく濃厚だ」
幸せそうに目を細める彼につられて、私も自分のフォークを動かした。ひんやりとしたクリームの甘さと、フルーツの爽やかな酸味が口いっぱいに広がる。
「本当だ、これにして正解だったね」
暗い部屋の中、モニターや街灯の微かな光を反射して、二人のフォークがカチカチと小さな音を立てる。
一つのケーキを二人でつつき合っていると、言葉にしなくても「特別な日」を共有している実感が、じんわりと胸に染み渡っていった。
きらきら光ってる。きらきらと、全てが。
眩しくって不確かな私達の未来。
「出帆!」
「なに?」
ケーキを食べ終えて、残った甘い余韻と静かな空気の中、私はテーブルの下に隠しておいた小さな包みにそっと手を伸ばした。
出帆が最後のひと口を食べ終わったタイミングを見計らって、彼の方へ差し出す。
「誕生日プレゼント!」
「え、いいの!?」
「もちろん。開けてみて」
おずおずとクラフトボックスを手に取る。ラッピングのリボンを丁寧に解き、蓋を開けた瞬間、部屋のわずかな光の中でもわかる、上質なダークブラウンのレザーが目に飛び込んできた。
シンプルながらも洗練されたデザインのレザーブレスレット。編み込みの形で、留め具の部分にはさりげなくシルバーの小さなチャームがあしらわれて。
「これ……すごくかっこいい」
出帆は感嘆の声を上げ、そっと箱から取り出して手首に当ててみている。しっとりと肌に馴染む革の質感と、彼の白めな肌によく似合う色合い。
「派手すぎないデザインが、出帆らしいかなって思って。いつもつけてもらえると嬉しいな」
私が少し緊張しながらそう言うと、出帆は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとう、大切にする」
「えへへ、ありがと。」
見てみて、お揃いなんだよ!と自分の右手首に巻いたブレスレットを見せる。
手首に収まったばかりのブレスレットを愛おしそうに撫でていた出帆が、ふと動きを止めた。
「……ねえ、ちょっとこっち来て」
彼に促されるまま身を乗り出すと、不意に温かい腕が私の背中に回り、そのまま強く引き寄せられました。
彼の肩に顔が埋まり、先ほどまで一緒に食べていたケーキの甘い香りと、彼自身の清潔な体温が混じり合って鼻先をくすぐる。
「本当に、嬉しいんだ。陽翠、あのね……」
耳元で囁かれた低く穏やかな声。
抱きしめる腕の力が少しだけ強まり、彼の心臓の鼓動が、私の胸にまでトントンと速く響いていく。
プレゼントを喜んでくれた安堵感と、近すぎる距離への気恥ずかしさで、私の心拍数も一気に跳ね上がった。
しばらくして、彼はゆっくりと腕を緩めたが、完全に離れることはなかった。至近距離で重なる視線。
その青い瞳には、窓の外の夜景よりも、先ほどの蝋燭の火よりも、もっと熱く優しい光が宿っている。
「これ、ずっとお守りにするね」
出帆はそう言うと、ブレスレットをつけた方の手で私の頬を包み込み、ゆっくりと頬をなぞった。
「ありがとう。」
「……どういたしまして」
どうにも落ち着かなくてぷいっとその手から逃げた。
「あはは。猫みたい。」
世界で一番大切で幸せな夜は笑い声と少しの恋慕に包まれて。




