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儚夢

ほぼ幕間みたいな本編

突き抜けるような群青の空に、筆で置いたような雲が白磁の城を築く。風は凪ぎ、熱を帯びた大気が、遠くの街並みを陽炎のなかに揺らしている。


極めて美しい夏の風景。私はオーバーサイズのTシャツとデニムのショートパンツ、薄手のレースのパーカーにおしゃれなミュールのサンダルを履いている。


輝かんばかりの太陽はアスファルトに反射していて目に眩しい。


───何しようとしてたんだっけ。


「陽翠!!お待たせ!!早く行こ!」


あ、そうだ。


麗奈と遊びに行こうって───


「駅でも結構暑かったでしょー待たせちゃってごめんね。」


「いいよいいよ!早く行こ!」


私達は仲よさげに手を繋いで歩き出す。


「ネコプリン食べてみたかったの!あー楽しみ!!」


「その他にもショッピングとかしたいね。夏服全然なくってさ。」


「あーわかる!ん、陽翠メイクしてる!?かわいい!」


「そうそう!頑張ったんだよね!」


がたんごとんと揺れる電車。青い空も雲も、流れて溶けてしまいそう。


「まつ毛もきれいに上がってる!陽翠、今日は気合入ってるね」


「えへへ、バレた?せっかくのお出かけだし、気合入れなきゃと思って。YouTubeで何度も動画見て練習したんだから」


電車を降りると、ホームに降り立った瞬間に、またあの熱気が私たちを包み込む。


でも、駅のベンチで待っていた時とは違って、今は隣に大好きな友達がいる。それだけで、アスファルトの照り返しさえも、キラキラとした映画のセットのように見えてくるから不思議。


「まずはネコプリン!溶けちゃう前に会いに行こう!」


私たちが向かったのは、SNSで話題の韓国風カフェ。涼しい店内に入ると、甘いバニラの香りとコーヒーの芳醇な香りが鼻をくすぐる。運ばれてきたのは、真っ白でぷるぷるのネコプリン。


「わあ……!見て、お皿を動かすと……」


「あはは!すごい、めっちゃ揺れる!陽翠、動画撮って!」


フォークの背で優しくつつくと、ネコがダンスをしているみたいにコミカルに揺れる。


スマホを構えて「可愛い!」を連発し、いざスプーンを入れる段になると「かわいそうで食べられないよー」なんて言い合いながら、結局は一口食べてその美味しさに目を丸くした。


「んんー!冷たくておいしい!生き返るね」


「本当。甘さが体に染みる……。あ、陽翠、口の端にクリームついてるよ」


「えっ、どこどこ?」


「嘘なんだけどね。」


「なによー」


カフェを出た後は、冷房の効いた駅ビルでのショッピング。


「夏服、本当に全滅なんだよね。去年のを着てみたら、なんだか今の気分じゃなくて」


「わかる!丈が短く感じたり、色が子供っぽく見えたりするよね」


何軒ものショップを巡り、ハンガーを次々に滑らせる。


「これなんてどう?陽翠に似合いそう」


麗奈が手に取ったのは、透け感のあるピスタチオカラーのシアーシャツ。


「あ、可愛い!自分じゃ選ばない色だけど、挑戦してみようかな」


試着室のカーテンを開けるたび、私たちはファッションショーの観客みたいに盛り上がっていく。


「いいじゃん!さっきのメイクとも合ってる!」


「本当?……うん、自分でも新しい感じがする。これにする!」


麗奈もずっと探していたデザインのサンダルを見つけてきた。互いの「好き」と「似合う」をすり合わせる時間は、自分一人で買い物をするのとは全く違う魔法のような時間。


気づけば、外はもう夕暮れ時。


花紺青の空は、昼間の突き抜けるような青から、淡いピンクと紫が混ざり合ったような、幻想的なグラデーションに染まっています。


「ねえ、まだ帰りたくないな。ちょっとだけ歩かない?」


麗奈の提案に、私は二つ返事で頷く。


今じゃないといけない気がした。


海沿いのプロムナードには、潮風が吹き抜けていく。海の方は全然来ないからとても新鮮で楽しかった。昼間の湿り気を帯びた熱気はどこへやら、少しだけ涼しくなった風が、歩き疲れた肌に心地よく触れる。


私たちは波打ち際が見えるベンチに座り、買ったばかりの服の入った紙袋を足元に置いた。遠くの方で、夜の始まりを告げる街灯がポツポツと灯り始めていて、物寂しい雰囲気を出している。


「ネコプリンも美味しかったし、服も買えたし、何より陽翠のメイク姿が見れたし。今日は満点だね」


「私のメイク、そんなに良かった?」


「うん。すごく大人っぽくて、でも陽翠らしさもあって、最高にかわいかったよ」


麗奈は嬉しそうに目を細め、私の肩にコテリと頭を乗せてきた。髪から、ふんわりとシャンプーの香りがします。


「……ねえ、次は秋服買いに来ようね」


「気が早いなあ。でも賛成。またこうして、二人で出かけよう」


最後に麗奈と遊びに行ったのいつだったっけ……


冬?大分前だなぁ。


「そろそろお別れかな。陽翠、また一段と大人びたね。」


「え?」


「玲、今見てるんでしょ?どんな感じ?ちゃんとやれてる?流凪くん、玲に嫉妬してるの面白かったなぁ」


「あ…………」


夢だ────。麗奈はもう冬に……………


「悲しいなぁ。もっと一緒にいたかったよ。お父さんとお母さんには会えたけど……陽翠のことも玲と蓮も残しちゃったからさ。」


「早く起きたほうがいいんじゃない?流凪くん、心配してるよ。あんなに雨に濡れるからじゃん。」


そう言って麗奈は立ち上がった。正面に立って笑った。茶色い髪の毛と目。


二度とは帰らぬ君。その手のひらはもうこの世にはいないはずなのに温かかった。


「泣かないでよ。心配ないから。終わりの無い夜はないしね。ずっと見てるからさ。」


「やだ…………まだ、待って、」


「ごめんね。大好きだよ。また会えるからね。あ、でも会いには来ないでね!?」


そう言ってぎゅっと私を抱きしめた後、麗奈は海へと飛び込んだ。飛び込むと言うより、背中から落ちる。美しく手を広げて、どの瞬間も優美に。



「麗奈………」



海水が跳ねて目の中に入った。親友を失ったことを思い出すと涙がでてくる。嘘でも良いからもっと一緒にいたかった……………


海を見ていると引きずり込まれそうな気がした。降り注ぐ雨。冷たい雨に打たれて陽だまりを避けてたのに。


君の手のひらは温かかった。


もう声は届かないんだね。まるで透明になったみたい。


────熱に浮かされた灰色の霧を、あなたの声が琥珀色の光で貫いていく。私は深い淵から、柔らかな現実へと引き上げられた。


───

「陽翠」


気怠くて重たい身体。がんがんする頭とぼんやりとした視界。全身がじんわりと熱い。


「大丈夫?」


私の頬に虹色の雫が輪郭を描いていた。


「いずほ………」


そうだ。私、風邪引いたんだった。それで桜月さん来て病院連れてって貰って………薬貰って飲んで、寝てなって………


「なんか食べられそう?一応雑炊作ったけど」


なんだかお腹が空いてきたのでこくん、と頷いた。


「あはは。待っててね。」


とととっと小走りで部屋を出て行った背中。なんとなく行ってほしくなくて親を求める雛鳥のようによろけながら後をついていった。


「え、起きてきたの!?寝てて良かったのに………」


慌ててこっちに駆け寄ってきて椅子に座らせてくれた。


「はい。どうぞ。頑張って作ったんだよね」


出てきたのは美味しそうな卵の入った雑炊。椎茸とか他の具材もたくさん入っていて美味しそう。


「ありがとう………」


「いいよ。食べれる?」


「うん………」


美味しい出汁の味と温かさが美味しかった。目の前に座る綺麗な瞳と長い髪の毛。


一口、また一口と、温かな熱を身体に取り込んでいく。喉を通るたびに、強張っていた芯が解けていくようだった。


「どう? 美味しい?」


不安げに覗き込んでくる出帆の瞳に、私の顔が小さく映っている。その澄んだ双眸を見つめているうちに、風邪の熱とは違う、もっと穏やかで切ない熱が胸の奥に灯った。


「……美味しい。すごく、あったかい」


掠れた声でそう伝えると、彼は心底ほっとしたように、春の陽だまりのような微笑みを浮かべた。


窓の外では、夕暮れの淡い紫が部屋の隅々まで溶け込み始めている。


このまま時間が止まってしまえばいいのに。


そう願うほどに注いでくれる優しさは、どんな薬よりも深く私を癒していく。


「よかった。じゃあ、食べ終わったらまたゆっくり休もうね。ずっと側にいるから」


差し出された私よりも二回りほど大きい手が、私の髪を優しく撫でる。


その心地よさに身を委ね、私は重たくなった瞼をゆっくりと閉じた。











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