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悋気

「……あの男。誰。」


喉から出た声は想像していたよりもずっと低い物だった。


───

「え」


独立魔物を2体、一般を8体祓ったあとの帰り道。


「……陽翠?」


長い髪の毛をはためかせて裏路地を爆走しているのは間違いなく陽翠だった。


それだけならまだ良かった。


「……誰。」


陽翠の腕に男が抱えられていた。


心がすうって冷え切って。


「何。あれ。」


───

帰ってきた陽翠を全力で抱きしめた。


上書き。これは上書きだ。


「痛っ……!!」


小さくうめき声が聞こえてきて、我に返って腕の中から陽翠を解放した。目の前の陽翠は痛みで涙が滲んでいて大きな目でこちらを見ている。その瞳にははっきりとした怒りが表れていた。


「……ごめっ「……何?あの男って?」


「……今日抱えて走ってた男。あれ、誰?」


「それって玲くんのこと?怪我したから運んだんだけど」


「あんな運び方しなくてもいいじゃん。脇の下にでも抱えれば。」


「なんで怪我してる人を山賊みたいに運ばなきゃいけないの」


立ち上がろうとしてよろけた陽翠を支えようとして手を伸ばした。けど、その手は掴まれなかった。靴箱に役割を奪われた。


「怖いよ……何言ってるの、出帆。別に運び方だってどうだっていいじゃん。」


違うよ。どうだってよくない。僕以外の人が陽翠を触らないで欲しかった。僕以外の人が触るのを許して欲しくなかった。


嫉妬。


これは嫉妬だ。


「だからさ……。もういいよ。それなら。」


そう言ってばたんっ!と部屋のドアを閉めてしまった。


***

「……え」


「ちょ、どういうこと!?何!?」


なんで。なんでこんなことになってるの。


目の前で大きな音を立てて閉められた扉。その壁はあまりにも大きく見えた。


いつもみたいにたくさんたわいも無い話をするつもりだった。今日は友達の弟と会ってねって、言いたかった。


痛いほど強く抱きしめられた。今まで抱きしめられたときとは明らかに違う………一抹の怖さを含んでいた。


「凛………」


恋に狂って恋に焼かれた元友人。その姿と重なった。


「………むり。」


私は外へ飛び出した。


───

「暑………」


外はまだまだ暑かった。もう太陽は沈んでいるのに熱気が肌を包む。


「ていうか、ここどこ………」


まさかの迷子。もうすぐ十七になるっていうのに。見慣れない街。見慣れない住宅街。


「スマホ持ってきてないし……なんなら財布も……」


考えなしにも程がある。何やってるんだろう。本当に。



「あ………雨。」


本当に、何やってるんだろう。


冷たい雨に打たれながら知らない道を歩く。交番とか、ないかな。


雨に濡れた電線すすけて見える街、並んだ送電塔。夕暮れのバス停。


道端に咲く花も何もかも、全て惨めに見える。


(帰れたら謝んないとな……)


勝手に出てきてごめんなさいって。話を聞こうともしなくてごめんなさい。


(寒い…………)


ついさっきまで暑かったのに雨は冷たい。夏に寒いって新鮮な気分だな………



すっと傘が差された。


「え……「うわ!この子めっちゃ美人じゃん!!」


「えー、大丈夫!?こんなびしょ濡れだしさ!何かあったの?話聞こうか?」


にやにやしながら近づいてくる男三人組。歳は……二十前半くらいに見える。


「え、いや、大丈夫……「彼氏と喧嘩でもしたのー?ひどい彼氏だね」


「え、いや、違っ「こんなにこっちは濡れてて寒い思いしてるのに向こうは室内いんでしょ?むかつかない?」


何言ってるんだよ。この人達。


「違います、私が悪くて……「そんなわけないでしょ!こんなに可愛いんだから」


あ、無理だ。話通じない。


「ねえ、俺達とこっち来なよ。楽しいこと、たくさんしてあげるよ?」 


「うわ、胸でっけー。腕も細いね」


「離してっ!!」


掴まれた手首をぐっと強く引いても私の力じゃどうにもならない。


まず、一人の男の脇腹に蹴りを入れた。


「ぐはっ!!」


私は力が弱い。いくら素早くても真っ正面からじゃ勝てない。


「このアマっ!!」


上から拳が振り下ろされた。


「そこだ。」


顔への衝撃は避けず、顎に蹴りを入れる。高く足を振り上げて男の顔面に落とした。


「っ!」


背中に重い衝撃。


「優しくしてたらつけあがりやがって!!この!!」


「はーい、そこまでですよぉ」


後ろから間延びした声。


一人目の男にかかと落としを食らわせ、さらにもう一人に首後ろに手刀を決めた。


「お久しぶりですぅ、陽翠ちゃん。」


雨に濡れながらにっこりと微笑む彼女は。


「雀宮、さん………」


「涼!!涼お前何してんだ!!風邪引くぞ!!雨だぞ!」


後ろから大声が聞こえてきた。傘を持って桜月さんがこちらに向かって走ってくる。


「え、白銀?なんでここにいるんだ?」


「陽翠ちゃん、どうしたんですかぁ?傘も持ってないし。ここ、マンションから大分離れてますよぉ」


慌てて傘を差しだしてくれる雀宮姉妹。


「出帆……連絡、しなきゃ……謝らなきゃ……」


***

最悪。なんであんな態度とったんだろう。きもすぎる。


「はぁっ………」


ため息つくくらいならドア開けて謝りに行けよ。そう思われるのはわかってる。僕もそう思う。


耳を塞いで、目を瞑って。後悔だけを心に留めて。


あの男………


別に抱えるくらいいいんだよ。抱えられているくらい良いと思う。けどさ。


(なんで顔赤らめてるんだよ)


んでそのくせしっかり陽翠の首に腕回してんだよ。


必死だったのかもしれないけどさ。陽翠ももうちょっと考えて欲しい。普通に考えてあの体勢は男側は空半分しか見えないでしょ。


「謝んなきゃ」


そうなこと考えてたって僕が悪いのには変わりない。


「陽翠」


とろとろとドアを開けて廊下に顔を出す。エアコンの風が届かなくて少しむっとした空気。


リビングに足を運んだ。


……あれ。おかしい。


「いない」



陽翠がいなかった。


「え、嘘……」


慌てて玄関を見ると靴がない。まさか、外行ったの……?


そのとき。スマホのバイブ音がなった。リビングのローテーブルに置かれたスマホ画面が光る。


「……これ、僕のじゃない」


僕のスマホは今充電している。プリクラの挟まれたケースのスマホ………


「スマホも持っていってない……」


僕は財布と自分のスマホをポケットにつっこんで走り出した。


外は太陽が照りつけていて熱をアスファルトに反射している。


「嘘……熱中症なるよ」


近所を走り回って探した。いない。いない。


うそ。どこにいるの。


雨が降ってきた。しとしとなんて感じじゃ無い。ざあっと降る雨。


(陽翠風邪引いちゃうじゃん………)


ピリリリリリ!!ピリリリリリ!!


携帯から着信音がなった。


「陽翠!?」


画面に表示された名前は「桜月綾星」だった。


『もしもし。流凪「すいません。ちょっと今電話できなくて……!!」


『落ち着け。多分同じことで電話してるから。』


『白銀なら今一緒に居る。襲われそうになっていた所を……私達が保護した。』


『早く来い。一秒でも無駄にするな。手首を強く掴まれていて痣になっているから薬局かどこかで湿布でも買ってこい。』


『何があったのかは知らないが…………これ以上私の妹を泣かせるな。』


『ええっ!?姉さんの妹って私じゃ無かったんですかぁ!?』


『涼も妹だよ!!!!場所は送る。怪我しないように、でもなるべく早く、交通ルール守って爆速で来い。』



僕は走り出した。










雀宮姉妹って、なんかいいですね。

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