紫苑・光
(気配が消えた。みんなこっちへ向かってきている。)
みんな勝ち星を挙げているのに僕は一体何をしているんだ。
「榊さん、どうしますか?厄介ですよ、これ。」
流凪くんに言われたが僕もどうするべきかの判断ができない。この魔物は、、、
「人が向かってきてる。名と心が増えていくわ。望が居なくなったのは残念だけど他はもういいわ。」
赤い糸を操り攻撃する魔物。この魔物の糸は切れない。少なくとも僕達の力では。鋭い糸は僕達の身体を切り裂く。
「あなた強いのね。今までのクインテットの中で一番かも。」
「それは君が他のクインテットと戦ったことがないってことでいいかい?」
「下手な挑発。まあいいわ。どうせ皆死ぬのよ。早く楽になったらどう?」
空中に張り巡らせられた糸の上で魔物は不気味に笑う。
(この魔物は糸を操って戦う。でも、それだけじゃない。明らかに何か他にも隠し持っている。)
あともう一人の、、、魔物。
この魔物は攻撃すらしてこない。ただ逃げ続けるだけ。そのせいで能力すらもわからない。
「絡繰りの虫籠」
────
前が見えない。ここはどこだ?霞んだ視界が開けてきた。桜の木。立ちこめる甘い匂い。
「なー光太郎、何黙ってんの。どしたん?」
「本願寺っ!!糸を操る魔物がいる!!能力がまだ完全には見えて、、、」
「はぁ?何いうてんの。」
は。
あたりを見渡す。あれ?ここは、、、
縁を切り離したはずの、実家だった。
「てゆーか光太郎、急にどうしたん?体調でも悪いんか?」
「あ!いた!光太郎、おかえり!お父さんも光樹もずっと待ってたわよ!」
母がいた。いや、、、僕の母はこんな人じゃない。
「兄ちゃん、おかえり!その人が前に言ってた本願寺さん?」
妹の光樹。続いて出てきた父。
「おう、おかえり光太郎。」
誰だお前ら。力が抜けていった。違う。これは僕の家族じゃない。ここは、、、何だ?あの魔物の術なのか?
「なにそこに突っ立ってるのよ。早く入って入って!」
母親が当たり前のように食卓を整え、僕に優しい眼差しを向けている。
「兄ちゃん! ぼーっとしてないで、早く座ってよ。冷めちゃうでしょ?それに本願寺さんとの話、早く聞きたいなぁ」
明るく弾む声。すぐそばで妹が、僕の腕を引いて椅子へと促す。
そして、その食卓の隅には本願寺が座っている。僕女は少し照れくさそうに微笑みながら、僕の隣の席を空けて待ってる。
「、、、、、、父さん。母さん。それに、光樹も、、、、、、」
僕の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
指先に触れる妹の体温。父親の大きな手の感触。大切な彼女が隣にいる幸福感。
ここは、僕がどれほど願っても手に入らなかった、奪われることのない安息の場所。
「で、本願寺さんとはどこで知り合ったんだ?」
「ちょ、光太郎黙ってないでなんかいうてや」
脳裏には、自分を信じて背中を預けている二人の仲間の姿がよぎる。しかし、目の前の幸福があまりにも鮮烈すぎて、その記憶がまるで遠い昔の夢のように薄れていく。
(、、、、、、ああ、俺は、ここにいたかった。この人たちと一緒に、ただの男として生きたかった、、、、、、)
厳しい言葉と暴力を振るう父親じゃなくて。女だからという理由で家を継げなかった妹じゃなくて。そのことを見て見ぬふりし続けた母じゃくて。
優しく気遣う父親。幸せそうな妹に微笑む母。すぐ隣にいる本願寺。
こんな幻からは覚めなきゃいけないのに。
(しっかりしろ、僕はクインテットだ。この術から抜け出す方法は?)
「ちょ光太郎、、、」
違和感。見つけた。
「お前、本願寺じゃないだろう。」
本願寺は僕の名前を呼ぶときのイントネーションが独特だ。他の人は下がるように呼ぶのに対して本願寺はまっすぐ下がらず「こーたろー」と発音する。
「ちょっと、何してるの!?」
「おい、やめろ光太郎!本願寺さんになんてことしてるんだ!?」
「黙れ。僕の父はね、僕のこと名前で呼ばないんだよ」
見つけろ。他にも違和感を。何が違う?何がおかしいんだ?母さんの髪の色。父さんの拳の形、光樹の黒子の位置。
「違うな。」
僕は走り出した。家の庭を突っ切り、何度も血を吐いた鍛錬場をくぐり抜けて。迫り狂う鬼立ちの怒号の中に一つの声がした。
「やだ!兄ちゃん行かないで!!独りにしないで!!!」
思わず足を止めてしまった。わかってるさ。僕だって嫌だよ。こんな理想的な家族が良かった。浄化師の家系になんて生まれたくなかった。僕よりも才能のある光樹に家を継がせてあげたかった。
(境、、、!境界を見つけろ!夢と現実の、、、!)
どこだ。どこだどこだどこだ!!!!!
昔光樹と家を抜け出して遊んだ川。師範に稽古をつけて貰っていた道場。
(きっと、、、あそこだ。)
僕は一つの場所に走っていった。
「あら、光太郎くん。どうしたの?」
「お前っ、、、!」
この辺りでは一番人のいない、、、展望台。
靴を脱いで、三つ編みをほどいて。幼なじみは立っていた。そうだ。あの時も桜が咲いていて、、、
────
誰も居ない。僕1人だけだ。
父の暴力から耐えられなくなって。僕さえいなければ光樹も家を継げるかも。着ていたブレザーを脱ぎかけたときに先客に声をかけてしまった。
「やめなよ。」
口をついてでただけ。本当はどうでもよかった。
「ん?光太郎くん?何しに来たの?」
「そっちこそ。」
「んー、天使になりたくて。」
また馬鹿なことを言い出した。こいつは。
「私、クラスで無視されててさ。学校に居場所なくて。それならもういっそのことってさ。」
「ふざけんな!!!!!!!!」
手首を掴んで叫んだ。幼なじみは驚いた顔をしていた。ほどかれた髪と桜の花片が共に靡いて太陽に照らされた。
「そんなことくらいで手放そうとすんな!!!学校で居場所がなくたって家に帰ればいいじゃないか!!!おばさんの気持ちも考えろ!!!」
自分も同じことを考えていた癖に僕は言ってしまった。
「じゃあ今日はやめておくよ。光太郎くん、帰ろう。」
僕はまた帰りたくもない家に帰った。
「またお前か。」
「やー光太郎くん。また会ったね。」
その翌年、桜の木に緑が混ざり始めて気持ち悪い色を作り出した頃、僕はまた先を越されそうになった。
「ついに家にも居場所なくなっちゃったよ。こんな醜い身体で生きたくない。全部全部消し去るためにここに来たんだよ。」
「ふざけんな」
「お前は卒業したらどこへでも行けるだろ。そんなことで飛ぼうとするな。」
話したら楽になった、と言って幼なじみと僕はまた二人で帰った。
またその翌年、今日こそはと靴を脱ぎかけたときにまた先客の姿を発見した。
「今度はどうした?」
「運命の人だった。どうしても愛されたかったのに私には興味ないんだ。」
「は?」
「そうやっていつもいつも。」
手すりにもたれていた身体を起こしてこちらに向かってきた。波が残った髪の毛と夏の静寂。
「見て見ぬふりしないでよ。どれだけ好きでも愛していても家がどうの妹がどうの。どう頑張っても実らないなら私から終わらせてやる。」
「は、、、お前、、、」
「ほらまた。光太郎くん、私の名前呼んだことないよね?クラスの人も。何でそこまで無関心なのかな、、、」
やめろ。やめろよ。
「光太郎くんのこと、好きだよ」
「私のこと、好き?」
答えられなかった。だって好きじゃ無かったから。誰のことも好きじゃない。
「ずっと悩んできたことなんかよりも恋愛が大切だって言うのか?」
「なに?数年悩んだことが数ヶ月の恋愛に勝っちゃいけない理由でもあるの?」
幼なじみは哀しそうに目を伏せた。そして手すりに身を乗り出した。髪は風に靡き夏の風に溶けていく。あまりにも細い身体は地面に叩きつけられた。
「なぁ、、、やめろよ、、、」
僕の呟きは誰にも届かずに、、、幼なじみは消えていった。
────────
「気づいたんだ。そうだよ。ここは現実じゃない。光太郎くんが描いた夢の中の景色。どう?温かい家族は。あの女の人、今一番大切な人なんだね。」
「お前が、、、心刻か?」
「んーん。違うよ。私も光太郎くんの夢の中の登場人物。ただ、他の人と違うのは自我持ってるってだけかな。」
そう言って幼なじみは大きく腕を広げた。いつの間にか僕の手には神器・夕星が握られていて夕方の光を反射していた。
「この世界の核は私。私の心臓を貫いたら光太郎くんはこの世界から出られるよ。早く仲間の所に行ってあげなくちゃいけないんじゃない。」
わかってる。わかってるけど、、、
「早くしないと皆死んじゃうよ。もういいの。もういいよ。私は。」
「ずっと見てた。幸せそうだったよ、光太郎くん。私が特大の呪いおいて行っちゃって、ずっと引きずらせちゃってたよね。でも、本願寺さんに出会ってからすごく、、、幸せそうだったよ。本願寺さん、守ってあげなよ。」
「僕は、、、本願寺のことが大切だ。君の気持ちには答えなかった癖に僕は本願寺を想ってしまったんだ。」
「本当に、ごめん。」
僕は懺悔した。
「自分と同じだと思っててごめん。何事にも理由をつけたがってごめん。群れるのは弱いと決めつけてごめん。孤独を選んだ気になっててごめん。好いてくれる人を大事にしなくて、、、ごめん。」
涙が溢れてきた。ごめんって言えないまま消えてしまってからずっと後悔してた。
「いいよ。いいよっ、、、もうっ、、、」
「「また、、、会おう。」」
ああ。来世では親友になれたなら。恋人なんて役じゃない。親友になりたかった。素直に言えていたなら、、、今頃何か変わっていたかもしれなかったのに。
「さよなら、、、里佳。」
「っ、、、!ばいばい、光太郎くん。」
核を破壊し、僕は戦場に引き戻された。




