待宵草・鏡花水月
桜月さん視点。エピソードが雀宮さん→桜月さん→陽翠の順になっていて少しわかりづらいかもです
「光風霽月」
迫り来る攻撃をかわしながら斬り込む。
「えっへへ!楽しいな!」
魔物は琵琶を奏でながら楽しそうに笑いながら言う。 十歳くらいの女の子の魔物。
この魔物の能力は幻影を見せること。この力は辛い過去を持った人の多い浄化師にとっては相性が最悪だ。
視界の端で、かつての弟弟子が笑いながら死んでいくのが見えた。
(あいつっ、、、)
彼は魔物の幻影の中で、愛する家族と食卓を囲んでいるのだろう。その頬を伝う涙は悲しみではなく、あまりの幸福に溢れ出したものだ。
(……これが「楽」の魔性。抗いようのない地獄)
私は、刀の柄を握る自身の右手が、微かに震えているのを自覚した。
魔物が奏でる琵琶の音色は、私の脳裏にも甘く囁きかけてくる。
「もう戦わなくていいよ」「家族に会わせてあげる」「刀を捨てれば、そこは永遠の春だよ」と。
胸の奥が、疼く。
(でも、何かが違う。)
他の浄化師はもうすでにみんな壊れていった。発動条件は琵琶の音を聞くことじゃないのか、、、?
(考えろ。考えろ。)
「秋陽!!」
「忘れ草!」
「うわぁっ!!」
「火口!!」
仲間の声を聞け。考えろ。足を止めるな。
「玉兎の舞」
火口が苦しみだした。やがてその顔は幻覚による快楽へと変わり、また術に堕ちていった。
「あ。」
「桜月さん!!」
部下の叫び声で意識が戻り、五線譜のような帯状の攻撃をかわす。
(なーるほどね。私が術にかからないわけだ。)
「全員逃げろ!!他の人達の救助もしくは加勢へ!!私だけで戦う!!」
「そんなっ、、、桜月さんがっ、、、」
「うるせぇ黙れ!さっさと走れキノコ頭!」
申し訳ないと思いながらマッシュヘアの部下に怒号を飛ばした。
私なら勝てる。いや、私しか勝てない。
(この魔物の術の発動条件。それは、、、)
「んー?桜月さん、術かかんないね。なんで?」
「さあな。お前が馬鹿だからじゃないのか」
「ええっ!?蜜楽、馬鹿じゃないよ!?なんてこというの!?」
「それはどうかな。」
この魔物の発動条件。それは
(名前)
名前を知ること。どうりで私だけかからないわけだ。私の名前は桜月綾星じゃない。
「んもうっ!なんなの!」
むきになってだされた攻撃は速いし鋭いけど荒っぽい。
「死んだら楽になれるよ?桜月さん、苦労してきたみたいだしねぇ、、、」
彼女が歩んできた道は、血と泥にまみれた修練の連続だった。守れなかった人達、救えなかった命。そんな重荷をすべて下ろして、この心地よい夢に身を投げ出せたら、どれほど救われるだろう。
「……黙れ」
私は、自身の舌を強く噛んだ。口内に広がる鉄の味が、甘い香霧を切り裂く。
幸福への渇望は、人間である以上消し去ることはできない。ならば、その渇望ごと、こいつを殺すしかない。
私は、鞘の中で刀をわずかに浮かせた。
その一瞬思い出したのは、かつて本願寺さんに教わった言葉だった。
『これから先の綾星ちゃんの人生はどうなるかはわからへん。けど、うちは精一杯綾星ちゃんを幸せにしていくからな。もう綾星ちゃんは独りじゃない。』
(大切な物、たくさん作っちゃったなぁ)
いつ死んでもいいように大切なものは作らなかった。未練を残さないように。
(本願寺さん、大丈夫だよ。私はできる)
迷いは消えなかった。だが、その迷いがあるからこそ、彼女は人間としてこの魔物を斬らねばならないと確信する。
「お前の見せる夢に、私の居場所はないんだよ」
私は、魔物の誘惑を「拒絶」するのではなく、自らの絶望として「受け入れ」、それを刃の重みに変えた。
今、私の心にあるのは、ただ一点。
偽りの天国を切り裂き、冷たく、残酷で、けれど「本物」であるこの現実へと、引きずり戻すための殺意だけだった。
鞘から解き放たれた刀身が、月の光さえも凍らせるような鋭い輝きを放った。
「雪月花」
五線譜が私の腕を少し裂くとともに私の刃も魔物に迫る。
「切れなかったか、、、ま、次は斬る。あんたの妄想には付き合えない。」
「きっ、、、切れると思ってるの?私、七情だよ?四眷属の直属の手下だよ?たくさん人食べたよ?これから先もずーっと生きていくの。ずーっとかわいいまま。」
「ふふっ、、、」
「なんで笑ってるの?蜜楽、変なこと言ったの?」
「滑稽だなと思って。魔物の中でどれだけ強くなってもそれは同じ場所で足踏みをしているだけ。生きている人間には叶わない。」
「私達は死ぬから美しい。老いるから綺麗なんだよ。私がたまに厚化粧して出掛ける理由知ってるか?」
知ってたら怖いわ。言ってみただけ。
「自己満足。老いに抗い、自分の好きな物に囲まれて生きるのが女子の務めなんだよ!!!!!」
「永遠の可愛さ!?んなもんいるか!このつるぺたが!そのままの姿で時が止まったんならこれから先寄ってくんのはロリコンだけだな!」
わなわなと魔物が震えだす。顔は真っ赤で拳を白くなるほど握りしめている。
「うっ、、、うるさいうるさい!!早く死んでよぉ!!!」
「あっはっは!!当たらなくなってきてるぞ!どんどん操作が下手になってる。」
挑発するごとに攻撃は粗く、雑になっていっている。
「こんのっ、、、本気だしてやる!!」
「楽土の残響!!!!!」
広範囲を焼き尽くすような攻撃が当たりに広がる。地面が割れ、岩が砕ける。飛んできた破片で顔を切ったけど私は止まらない。走って走って。錬成武器がないからなんだ。水晶の力も抜きん出てないからなんだ。
「鏡花水月!!」
糸のような細く正確な斬撃が─────蜜楽の心臓へ。確実に貫き、切り裂いた。
「はえっ、、、!?」
「うっ、、、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!!!なにそれ!?そんなのっ、、、今までの月の浄化師とは違うっ、、、」
「そりゃそうだろう。だってこれは私の好きな技だから。」
鏡花水月。
錬成武器がなくても。水晶の力も弱くても。凪ぐように静かなこの攻撃は私に合っている。
(花、月、水。偽りの私にはぴったりだ。)
背中を追いかけてるだけじゃない。ちゃんと並びたい。横に立って笑えるように。
「じゃあな。次生まれ変わったら大人の女性になれよ。」
そう吐き捨てて私は音のする方へ向かっていった。




