少女
青い空の端がほんのりと杏色に変わってきた頃。
部屋の中は華やかな熱気に包まれていた。今夜は待ちに待ったパーティー。ハンガーには、主役となるネイビーのドレスが丁寧にかけられている。
「やばいやばいやばい!!!!楽しみすぎるんだけど!!!!早く始まらないかな!?!?」
「まどか落ち着いて。始まるのは7時からよ。」
そう言いつつも葵子もわくわくを抑えきれずさっきからずっとくるくる回っている。
「さ!やるよ!まずは陽翠!天才スタイリスト都萌まどかが最高に可愛くしちゃうんだから!」
まどかが私の背後に回り込み、私の髪を丁寧に丁寧にとかしていく。
「ねえまどか、それ本当に編み込み? 地盤調査か何かじゃなくて?」
感覚的にかなりしっかりと編み込まれていく髪の毛。だんだん気持ちが浮き立ってきて頭が軽くなるような気がした。
「今から陽翠の頭をパーティー仕様の『映えの要塞』にするの! 最っ高に可愛くして男子全員失神させて女子会にしちゃうくらい!」
「どんな状況!?」
思わず横で待っている椿がツッコミをいれた。
「この編み込みはね、一度組んだら明日の朝まで解けない『永久欠番アレンジ』なんだから! ほら、サイドの髪をねじって……ここをさらに三つ編みと合流させる!」
「合流!? 渋滞してない!? 私の頭、交通整理必要じゃない!?」
まどかは鼻歌まじりで最後の仕上げに入った。取り出したのは、出帆から貰った簪。
「これ本当にいい品ね。素材も加工もいいし使いやすそう。何より陽翠に合ってるわ。」
「ほんとにね!流石未来の旦那様!」
「違う違う!結婚までいっちゃってるよ!」
「必殺・一突入魂!!」
「刺し方が物騒!」
彼女が気合と共に簪を差し込むと、あんなに荒ぶっていた編み込みたちが、嘘のようにピタッと静止した。
「よし、できた。鏡見てごらん」
恐る恐る手鏡を覗き込むと、そこには……。
複雑怪奇に絡み合いながらも、絶妙なルーズさでまとめられた、まるでお洒落な雑誌から飛び出してきたようなアップスタイル。そして、その中央で簪が「ふふん」と誇らしげに輝いている。
「……あれ? めっちゃ可愛いじゃん」
「でしょ? 簪一本で止まってるように見えるけど、実は中で私の執念が編み込まれてるから。パーティーで踊り狂っても絶対に崩れないわよ」
「執念は重いけど、ありがとう。……でもまどか、この簪、抜くときパズルみたいになりそうなんだけど」
「その時はその時! 次は椿!水戸さん打ち落とせ!!」
鏡の中の「完璧な髪型」と「少し恥ずかしそうに笑った私の顔」。とりあえず、崩れる心配だけはなさそうだった。
「いい? 椿はサイドに寄せるけど、編み込みは耳の下から。ゆるく、でも品よくね!」
まどかの指先が、慎重に椿の髪をすくい上げる。耳元をふんわりと隠すように、表編みではなく「裏編み」を少し崩した、繊細なラインが作られていく。
「はい、ここでリボンを一緒に編み込んじゃう!可愛さ全開赤ちゃん椿!」
まどかは椿の柔らかな髪の束に、細いピンクのリボンを混ぜ込んで編んでいった。片側の肩に流れる毛束は、ふんわりと空気をはらんだ、まるでお菓子のフレンチクルーラーのような柔らかい質感に仕上がっていく。
「できた! 清楚系・椿の完成だよ」
鏡を覗き込んだ椿は、思わず「わぁ……」と声を漏らした。
片側に優しく編み下ろされた髪には、細いリボンがさりげなく見え隠れしている。顔周りの髪を少しだけコテで外巻きに逃がしたことで、幼さの中にも、パーティーにふさわしい上品な華やかさが宿っていた。
「さーてと。あとは、、、」
恋する乙女葵子。まどかはきらきらした目で葵子の後ろに立った。
「少しシンプル目にしてほしいわ。私を見てもらいたいの。」
「まっかせて!葵子を引き立てちゃうよーん」
まどかの指先が、葵子の髪を丁寧に梳き上げた。まず耳の上あたりの毛束を取り、細く三つ編みにしていく。
「あまり高く結い上げると気取って見えるから、後ろで一つにまとめて、くるりんぱにするね!あとはこのパールのピンで、、、」
カチッ、という小さな金属音。
目の前にはそこにはハーフアップをベースにした、清潔感のあるまとめ髪が出来上がっていた。
派手な飾りはないけれど、サイドの編み込みが控えめな華やかさを添えていてとても葵子らしかった。
「素敵。まるでお店でセットしてもらったみたい」
最後はまどか。まどかの髪の毛は私が結う。
私は彼女の髪を丁寧にとかし始めた。どのようなアレンジにするか、頭の中でシミュレーションしながら、彼女の美しい髪質に合うスタイルを探す。今日のまどかには、きっと可憐さと上品さを兼ね備えた、特別なアレンジが似合うはずだ。
私はまどかの髪をセンターで分け、トップからゆったりと編み込みを始めた。
指先に込めるのは、羽毛を扱うような繊細な力加減。右の束を左へ、左の束を右へ。編み込むたびに、まどかのさらさらな髪が優しい曲線を描いていく。
耳の下まで編み終えたところで、細いゴムでふんわりと結ぶ。ここからが「柔らかさ」の真骨頂。私は編み目をミリ単位でつまみ、少しずつ外側へ引き出していく。
「見て、この空気感!まるで編み目の中に天使が住み着いているような、圧倒的な『ゆるふわ』!」
「天使が住めるほど隙間を作って大丈夫なの?」
結構まともなツッコミが返ってきたけどだいじょーぶ。加減してる。
仕上げに、結び目に淡いピンクのオーガンジーリボンを添える。
完成したのは、編み込みの立体感が優しく表情を彩る、可憐なツインテール。
「かわいいよ。まどか。」
「私、誰かに髪の毛結んでもらったの初めてかも、、、。」
鏡を覗き込んで嬉しそうな顔をしたまどか。
「ありがとー!!大好き!!」
にっこにこの彼女は今にも走ってどこかへ行きそうなくらい飛び跳ねている。
さーてと。次は、鏡を囲んでのメイクアップ。この日のために椿と練習に練習を重ねた。
「このドレスなら、目元はキラキラさせたいよね」
私はまずベースを整えてパウダーを薄く乗せていく。次に緊張しながらアイシャドーを手に取った。ええっと、、、一番淡いカラーを瞼全体と涙袋に。その次に低彩度ピンクをそーっと乗せていく。
まどかは隣で、
「私、リップ少し濃いめしたいな!大人っぽく!」
と言いながら、ドレスのトーンに合わせた赤を指さした。
「まどか赤色似合うよ。可愛い」
「えっへへ!そうでしょ!見た瞬間これだ!!っておもったんだから!」
「ねえ、アイライン引くから、ちょっとの間笑わせないでよ?」
「おっけい、任せて!」
とかいいながら普通に笑わせようとしてくるまどかとそのまま爆笑した葵子。
互いの顔を覗き込み、チークの濃さを調整したり、まつ毛の上がり具合をチェックしたり。鏡の中の4人は、メイクを重ねるごとにいつもの私達とは違う特別な表情へと変わっていった。
「見て、やっぱりこのネイビーにして正解だった!」
私がドレスに袖を通すと、深い紺色が肌の白さを引き立て、ぐっと大人びた雰囲気に変わった。椿が後ろの編み上げリボンを慎重に引き上げながら
「わあ、夜空みたいで本当に綺麗!シルエットも完璧だよ!」
と声を弾ませる。
まどかはボルドーの膝丈までのドレス。すとんとしてみてるけどターンすると大きく広がって美しい。まどかは幼い印象があるけど今日は大人っぽく見える。
正面に立っているのは深いグリーンに白いレースが効いたドレスを着た椿。椿の丸い目の持つ可愛らしさを最大限引き立てていてなんかもう天才。椿はいつもより柔らかい雰囲気に。チークを丸く濃く入れて赤ちゃんのような可愛さ。
葵子は真っ白なドレスとシンプルな髪型。それは「伊集院家のお嬢様」ではなく「葵子」が最大限表されていた。
「よし、メイクもドレスも完璧!」
「最高に可愛いよ。じゃあ、行こうか!」
最後にふわっと香水をまとい、私達ははしゃぎあいながら大ホールへ向かった。
「、、、いず、イケメンだな、、、」
宇佐美勇悟はつぶやいた。
「勇悟も似合ってるよ。そういえばなんとか先輩、誘えたの?」
「梅宮先輩か?──────誘えちゃいましたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
そう!先週俺は最大限の勇気を振り絞り
「梅宮先輩、俺と踊ってくれませんか!?」
と言ったのだ。
「いいですよ。」
気品溢れる彼女の声が頭の中で再生されて飛び跳ねた。
「ぜっっっっっったいに!!!告る!!!!」




