好きだ
ダンスレッスンを終えた後の私達は寮に続く渡り廊下を歩いていた。
「椿のリードかっこよすぎ!!なんかもう王子様なんだけど!」
「まどかは元気いっぱいで可愛かった!」
「葵子、ダンスすっごくうまくない?なんかやってたりしたの?」
「昔バレエやってたわ。踊るの好きなの。」
ドレスを着る練習やヒールで歩く練習、美しいお辞儀の仕方やテーブルマナー。とりわけダンスレッスンはとても楽しくて西洋のお姫様になったみたいだった。
「そろそろみんなダンスのお申し込みとか来るんじゃないの!?」
「私雫誘ったよ!OKだって!」
「私は薫から誘いがあったわ。」
「私凛と踊ろうと思ってたんだけど凛今年は友達達で回って行くって!楓真さんが踊ろうって言ってたから楓真さんと踊る!」
出帆、、、誘いたいな。
「どうやって誘ったらいいの?」
「どうやってって、、、」
椿が三つ編みをいじりながら考えた。
「一緒にダンス踊りませんか?って感じじゃない?」
むう。シンプル・イズ・ベスト。
「ねえ陽翠、ちょっと時間いい?」
******
心臓がどくどくと脈を打っていた。
「ねえ陽翠、ちょっと時間いい?」
渡り廊下で陽翠を見つけて僕は声をかけたんだ。こっちをゆっくりと振り向いて。長くてつやつやのポニーテールが揺れて。手元にシューズを抱えた指先さえも美しくて。そして大きな黒い瞳が僕を捉えた。
やられた。もう抜け出せないや。
一瞬にして僕の心は悪戯好きの彼女に盗まれた。
「うん、いいよ。何かあった?」
彼女は友達に手を振ってから僕の方に駆け寄ってきた。とことこと言う擬音がつきそうな歩幅の小さい駆け足はとんでもなく愛おしい。
言えるかな。
どんどんうるさくなる心臓は僕の言葉を詰まらせて何も言えなくさせた。
「、、、あのさ、僕とダンス、踊らない?」
陽翠がパキッと固まった。
「えっと、、、ほら!一番仲いいしそれに、、、、」
それに、、、何を付け足したいの?
「陽翠と、踊りたい、、、から。」
思ったよりも声が霞んで喉がどんどんからからになっていった。
陽翠は目を大きく見開いて驚いた表情をしていたけど次第に顔が赤くなってきていた。
「え、、、?大丈夫?熱あるの?」
そっと前髪をかき分けて額に触れた瞬間。
「なっないないないない!!!!大丈夫!!!」
凄い速さで後ろに飛び退いた。どんどん頬を中心に赤くなっていく。え、大丈夫?いつも冷静なのに。
「ダンスだよね?いいよ!私も、、、出帆誘おうと思ってた、、、し、、、」
最後の方は声がどんどん小さくなっていって聞き取れなかったけど恐らく断られた訳ではないのだろう。
「ありがと。楽しみにしてる。」
ゆるやかに笑ったけどポケットの中では嬉しさで拳を握りしめていた。ダンス、頑張らなきゃ。
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彼の唇から「一緒に踊ろう」という言葉がこぼれ落ちた瞬間、周囲の喧騒がふっと遠のいた。
まるで世界から音が消え、彼と自分だけが取り残されたかのような錯覚。鼓動の音だけが、耳の奥で早鐘のように寄せては返す。
視線を上げると、夕暮れに溶ける彼の瞳の中に、戸惑う自分自身が映っていた。
ふわりと前髪をすくわれた瞬間。
(ずるい。やられた。)
ぶわわっと顔に熱が集まってきてそれを心配する出帆の顔が近くて。
(むりむりむりむりむり!!!!!)
なくなるわ!心臓!
指先に残るかすかな緊張と、胸を満たす甘やかな予感。それは、冬の星座が春を待つような、静かで、けれど確かな希望の灯火。
(好きな人に好きになって貰いたい)
どうしようもなく思うことはわがままなのかな。いけないことなのかな。
「ばいばい。また明日」
そう言って背を向けた出帆の指先を思わず握りしめた。
「わ、私!!、、、」
何を言いたいの?あれ?私今何して、、、
「がっ、、、頑張るから!ダンス!可愛くなるから!」
ただ謎のことを叫んだだけで終わりそうです。何をしとるんや。私。
「充分可愛いよ。でも、、、」
ありがとう。
そう言って手を握り返された。離したくなくて、握りしめたまま時なんて流れなければいいのに。なんて思ったりして。
「──だ。」
「え?」
「何でもないよ。可愛くなってくれるの、楽しみにしてるから。」
そう言って私達は別れた。淡い期待と恋の匂いを残したまま。
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小さな心臓の鼓動がふたつ。
思わず口からこぼれでた
すきだ。
の三文字。気づかれなくてよかった。気づからたら困らせてしまうから。夕焼けの中で笑って話して。まるで────
普通の高校生のように───。
夕焼けが綺麗で陽翠は可愛くて。触れた指先は熱くて僕の手も熱くて。
君も僕と同じになってほしい。
君が好きだ。世界で一番好きだ。
愛してる、なんて大人っぽくまとめられないから。
好きだ。




