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愛の示談交渉

「メイク道具!!選びに行くよ!!」


移動したコスメショップ。ここも貸し切っていてもうほんとにどれだけお金持ちなの。


並んでいるのは、宝石箱をひっくり返したような色とりどりのパレット。


ほんのりと香る化粧品特有の匂いが漂っていた。


「メイクなら私に任せて!ナチュラルから特殊メイクまでなんでもできるよ!」


椿がめちゃくちゃはっちゃけて言った。


「椿はよくメイクとかするの?」


「するするー!いつもと違う印象になってくの好きだからさ!」


「私も特別な日だけならやるわ。よく椿に手伝って貰うの。」


「私下手くそだから椿に丸投げーー!!」


椿は私を大きな鏡の前に座らせていくつかのコスメを合わせていった。


「うーん、私にはちょっと派手すぎないかな、、、?」


「大丈夫だよ!こっちのベージュ系なら、自然に目が大きく見えるの!」


椿は手慣れた様子でテスターを指に取り、自分の手の甲に塗って見せてくれた。薄づきで上品な輝き。それなら私にもできるかも、と胸の鼓動が少し速くなる。


「あ、リップはこっちの『落ちにくい』って書いてあるやつがいいよ。ランチの後も色が残るから」


「椿、詳しいね」


「だって、可愛くなりたいもん」


「椿ってあれでしょ?柊組の水戸さんのこと、好きでしょ?」


「そうだよー。中等部くらいからずっと好きなの!」


椿がいたずらっぽく笑う。


「誰かのこと好きって皆に言うことなのかな?」


ふと思った疑問を口にした。


「んー?私は1人で悩んだり出来ないから相談しちゃうなぁ。ま、人それぞれだよね!」


その後もいくつか試し迷った末、一番肌馴染みの良さそうなピンクベージュのリップと、繊細なラメの入ったアイシャドウを選んだ。他にもマスカラ、アイライナー、細筆ラメ、チーク。ベースの日焼け止めといい匂いのするパウダー。


「、、、私、可愛くなれるかな?」


「もうすでに可愛すぎて瀕死だよ。選んでるときの優香、すごくなんか、、、恋してた!」


「ねーやっぱり陽翠って流凪さんのこと、、、「わー!!!」


レジ袋の中でカサリと音を立てる、小さな四角い箱。

それはただの道具ではなく、新しい自分へ続く扉を開けるための鍵のように思えた。


可愛くなりたい。出帆に可愛いって言って貰いたい。葵子みたいに上品に。椿みたいにおしゃれに。まどかみたいに明るく。そんな人になりたい。


「次は靴とー、あと、アクセサリー?アクセサリーなんか欲しいのある?」


「あっ、アクセサリー持ってるやつで使いたいのあって」


「えっ、そうなの?どれどれ?」


「い、、、出帆からもらった、、、、、、簪。」


自分ではさらりと言ったはずなのに思ったよりも詰まった。


「やっぱりそうじゃんか。一緒。」

「も、もう!ほっといてよ!」


いたずらっぽく笑う椿とふわふわ笑った葵子。まどかが興味津々で近づいてくるのをはぐらかした。


「えっこれもう靴も当日のセットも全力掛けなきゃ!!!どうする!?パーティーで告白しちゃう!?!?」


「しっしないよ告白なんて!はずいし!」


絡みつくまどかを解きながら私達はシューズショップとアクセサリーショップへ向かった。


───────

「、、、無理。これ、物理法則に喧嘩売ってる」


私は鏡の前で、生まれたての小鹿のようにプルプルと震えていた。


一度ドレスに着替えたあと、視線の先にあるのは、密かな憧れの「殺意の高いヒール」だ。赤いカーペットの試履スペースでなんとか辛うじて立っていた。


「女子高生=スニーカーという概念を壊そうとした報いがこれ、、、もうヒールって何? 凶器? 床に穴を空けるためのドリルなの?背高くしたいだけなのに。」


高さわずか5センチ。しかし、普段コンバースもしくは歩きやすいパンプスの平坦な世界で生きている私にとって、この視界の高さはもはや富士山頂に等しい。一歩踏み出すたびに、足首が「グキッ」と「バキッ」の中間みたいな不穏な音を立てる。


「だめよ、これじゃ踊れないどころか、流凪さんの足の甲に垂直落下して骨折させるわ。それはもはやテロよ。愛の告白どころか示談交渉が始まってしまうわ」


葵子のコメントが秀逸すぎて爆笑した。


「愛の示談交渉ってことで決着つけない?」


「うちのお父さんに弁護してもらう?」


流石にいやなので私は必死に、目の前に並べた候補たちに目を向けた。


厚底ローファー: 「女子高生の魂」ことローファー。安定感は抜群だが、パーティー感はゼロ。むしろ「今から図書室行きます?」という真面目さが溢れすぎて、明らかにおかしい。ていうかドレスに合ってない。


キラッキラのグリッターサンダル: 眩しい。鏡越しに自分を見ると、足元だけミラーボールになっている。これなら暗闇でも出帆を見失わない自信があるが、一歩歩くたびにラメがポロポロ落ちて「ヘンゼルとグレーテル」状態になる。却下。


魔法のインソール入りフラットシューズ: 最終兵器。見た目は地味だが、中身はハイテク。しかしこれだと、ドレスの裾を引きずることになる。


「、、、掃除中?」


ぼそっと椿がつぶやいた言葉がまさに今の状況を表していて面白い。確かにこんなに綺麗なドレスは絶対に汚したくない。


「……もう、いっそのこと裸足で行くか? 『これが令和の最先端、"アーシング・スタイル"だよ』って言い張ればワンチャン……」


いや、ない。


私は鏡の中の、ドレス姿なのに足元だけガクガクしている奇妙な生き物を見つめた。


「どうする?他にもあるけど、、、」


「練習すればいけるんじゃない?陽翠運動神経いいし」


「案外いけるわよ。私は三日くらいで走れるようになったわ」


目の前にはつやつやの黒のパンプスや白いアンクルストラップサンダル。黒い上品なブーツやまどかがふざけて出してきた下駄。他にも可愛いのがいっぱい、、、


でも、、、


もうまじでやばいから脱いで手に持った靴を見つめる。


まるでガラスでできているかのような、透明感のある白。

足首に巻かれたオーガンジーのリボンに繊細なレースの装飾が施されたその靴は光を透過して淡い影を落とす。


足を通せば、まるで妖精の羽が生えたように、ふわりと体が浮き上がる錯覚を覚える。それは、現実と幻想の境界を曖昧にする、夢見るような美しさを持っていた。


「よし、決めた。ピンヒールで行く。だけど本気でダンス練習するんだから!!私が段差で自爆ゴール決めないように祈ってて!」


私は気合を入れ直し、とりあえずスニーカーをを履き、ぐらつきの残る脚で壁を伝いながらショップを出た。

「パーティー用のドレスと靴、友達が選ばせてくれました!」


そう言って白銀から届いたメッセージに添付された写真。


国内一位二位ほどの人気を争い、絶賛海外でも注目中のブランド「kiko」のものだった。姪のことが大好きなデザイナーの叔母が姪の名前の読みを変えた名前のブランド。


(その姪って白銀の友達の「葵子」だったのか)


動画を再生するとわちゃわちゃとヒールを履く白銀を囲む友達達の姿。


(羨まし、、、)


当時は当たり前に過ごしていたのにもう戻ってこないティーンエイジャーを画面越しに眺めて私は何となく寂しくなった。



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