幕間・花筏
ジリリリリ!ジリリリリ!
「っ、、、」
水滝原碧は朝が苦手だ。毎日遅刻しかかりながら出社する。今日は休日だからいつもなら余裕で寝ているはずだったが。
(楽しみだな、、、)
今日は桜月と水族館へ行く。
朝ご飯は近くのパン屋で買った名物クロワッサンとコーヒー。クロワッサンなんて中身がすかすかの損なパンだと思っていたが最近になって美味しさに気がついた。コーヒーは桜月が前にくれた豆のやつをごりごり挽いて淹れる。
水滝原碧は陰気である。他人から言われ続けているだけで俺自身はそんなことはないはず、と思っている。話しかけてくれないと話さないだけだ。
桜月は話しやすい。会話が自然に続くように話してくれるし人が嫌がるところには踏み込まない距離感がちょうどいい。
クローゼットの中から黒のズボンと白いシャツ、黒の薄手のジャケットを取り出して着る。髪の毛は昨日切ってきたので寝癖を直して整えればちゃんとしているように見える。
俺はイケメンだ。いや、イケメンらしい。神楽や四ツ木によく言われていたが俺のかっこいいの基準はハスキー犬なのでよくわからない。街を歩いていたらよく声をかけられたけれど対応がわからなくて走って逃げている。
待ち合わせは十時。待ち合わせ場所の駅に着いたのは九時四五分で少し早すぎた。
「悪い。少し遅れるかもしれない。」
桜月からそんなメッセージが届いた。
(珍しいな)
基本的に桜月は約束の五分前にはついている。大体俺が遅れているのだが今回は珍しい例のようだ。突っ立って待っていると
「ねーねーおにーさん1人ー?ちょっとそこら辺でお茶しなーい?」
やけにくねくねした動きと喋り方の女が3人寄ってきた。やたらと露出の高い格好をしていて春先には少しばかり寒そうだ。
「わー!おにーさんかっこいいね!ねえ、私達と──」
周囲からざわめきが聞こえた。
「綺麗ね。」
「モデルさん?」
「かわいい!」
「ちょっとあんた、何彼女以外の女見てんのよ!!」
ざわめきの方には、、、桜月がいた。
「すまん。待たせた。」
すっと俺に近づいてきて女の方を一瞥する。
「知り合いか?」
「いや違う。知らない人だ。」
女達はギロリと桜月を睨めつけた後に退散していった。
「遅れて悪かったな。ちゃんと起きたんだが準備に時間がかかった。」
目の前にいた桜月は、、、綺麗だった。
とても、綺麗だった。
いつものパーカーとジーンズ、スニーカーではない。桃色の肩の空いたセーターと黒いスカート。背が高くてほっそりとした桜月にとてもよく似合っていた。
腰ほどまであった長い髪の毛は艶のある肩くらいの長さに揃えられていて歩くたびに軽く踊った。
(綺麗だ。)
元から整った顔立ちなのに化粧をしているみたいだ。知的な目元は少しきらきらと彩られているし長いまつげはくるんくるんだし唇もぷるぷるしているし、、、
「べっ、、、別に、大丈夫だ。行こう。」
いつもの桜月じゃない。いや、この方がずっといい。いつもの賢く気高い彼女は年相応の女に見えた。
「そうだな。えーと電車は、、、ここか。」
ホームまで行き電車を待つ。やはりちらちらと桜月に向けられる視線が気になった。中には話しかけようとこちらに踏み出し、俺の存在に気づいて引き返す者。あるいは俺に近づき桜月を見て悔しそうに去る者。
「何か言えよ。」
「よく似合っている。どうしたんだ?」
「本願寺さんと買いに行ったんだ。あと髪も切った。」
「随分と切ったな。良いと思う。」
ふふん、といった顔をした桜月と共に電車に乗る。
「そうだ、水族館に行こう。
大切な人や友人とでもお一人様でも!星街水族館オープン!」
俺達が行く水族館の広告が電車の中にぶら下がっていた。
「星街水族館。変わった名前だよな。」
普通地名とかじゃないのか。大体動物園とか水族館は地名のイメージがある。
「星と月がコンセプトらしいぞ。そこから由来したんだな。」
ほら、とホームページを開いて見せてくれた。
「幻想的な空間とクラゲ。千の織りなす美しい景色」
「熱帯魚やイルカショーも!誰でも楽しめるイベントも開催中!」
「店内カフェ名物パンケーキ!海をイメージしたドリンクも!」
だんだんとわくわくが増してきて早く着かないかな、とうずうずしてきた。
「ほら、駅着いたぞ。水族館はこっちだ。イルカショーもやるらしいし一日フルで楽しめるな。」
イルカの形をした入り口をくぐり抜け館内に入った。
「わあっ、!!」
「おお!」
とても綺麗な水族館。とりあえずクラゲから回り、熱帯魚や他の魚を見ることになった。
「綺麗だな。照明の具合で光っているようにも見える。」
「クラゲって海月と書くらしいぞ。」
「よく知ってるな。」
「そこに書いてあった。」
ボードに書かれていた豆知識をドヤ顔で披露し桜月が小さく吹き出した。
「碧の知識じゃないじゃないか。」
「たった今から俺の知識だ。」
2人笑いあいながらゆっくりと館内を回る。じゃらじゃらとした珠暖簾をくぐり抜けると大きな円柱の水槽を中心としたたくさんの映像が流れているコーナーに出た。
「世界のクラゲ」
「ハナガサクラゲ」
「ミズクラゲ」
「アカクラゲ」
「パープルストライプジェリー」
「アトラスクラゲ」
桃色や紫色や水色や緑色。いずれもレースのように淡く光っていて綺麗だ。
「すごいな、これ。」
中心の円柱の水槽にはたくさんのクラゲが泳いでいた。淡い照明を受けて光っており幻想的な空間を作っている。
(っ、、、)
柔く照らされた桜月の横顔がとても美しく思える。桜月も背が高いが俺の方が背が高いのでいつも少し見下ろす形だが今は2人とも手すりに肘をつき、目線が同じ高さになっている。
「どうかしたか?」
首を傾げたときに揺れる黒髪が透き通った白い肌によく似合っていた。全ての動作が繊細でたおやかで駅で絡んできたような女とは違う賢さが伝わる。知的な吊り目の宝石のような黒にはこの景色がどう見えているのか。
「綺麗だなと思っただけだ。」
「そうだな。私もそう思う。あれとか綺麗だと思わないか」
クラゲコーナーを見終わり俺達はウミガメ見に行き、熱帯魚も見に行った。
「オレンジと白の縞のやつはなんか見たことがある気がするな。」
「有名なアニメに出てくるやつだからだろう。カクレクマノミだろ?」
イソギンチャクに隠れるような魚はカクレクマノミと言うらしい。ひっそりと隠れる姿は何となく仲間意識を持った。
「熱帯魚の種類は多いな。たくさんいるしカラフルだ。」
「「、、、地味に美味しそうじゃないか?」」
「ハモんなよ」
「そっちこそ」
調べてみるとここのカフェにはお寿司があるらしい。
タイムリーなカフェだった。




