変人
車の窓から日曜日の夜二時半を眺める。
今日、私は一度家に帰る。
「、、、ただいま」
1人だけで帰ってきた家。三月の終わりから特に変わりはなく、桜月さんがたまに掃除をしてくれているらしい。
座り慣れたソファ、ナチュラルな素材のローテーブル。コンパクトだけど使いやすいキッチンにダイニングテーブルとチェア。
自分の部屋に行くと麗奈ととったぬいぐるみともうすっかり慣れたベッドと本棚。箪笥の上にライト付きの鏡を置いていて何も入っていないメイクボックスも置いてある。
家。私と出帆の家。
こんなに落ち着くんだ。
ごろんとベッドに寝っ転がって天井を見る。時刻は午前二時半。朝なのか夜なのか。泣きすぎて火照った目元を冷ますためにタオルを水で濡らして目元にのせた。
「ふぅっ、、、」
ひんやりとした感触が頭を冷やしていった。
あの後私は寝てしまった。ついさっき神楽さんが車でここまで送ってくれて
「桜月と遊びにでも行ってこい。」
と言われた。これだけ迷惑をかけて私は何がしたいんだろう。散々ひどいことを言った癖に何都合良く許してもらってんだろう。
いつもいつも泣いてばかりで何をしてるんだろう。私が救った人達はみんなみんな残りの人生を飛んでいる。たまに町中で
「あのときのっ、、、」
とか言われるけれどたくさんのうちの一つなんて特に覚えていなくて微笑を浮かべて逃げてきた。
ネガティブな思考回路は嫌な思い出を引っ張り出してくる。
──────
「ねえねえ、なんで白銀さん長袖着てるの?」
中学校の時に言われたこと。あの頃はずっと教室の隅で本を読んでいて深窓の令嬢扱いをされていた。
「、、、寒いから。」
私自身人と話す気なんてなくて適当に答えた。話すのはクラスの女子1人と男子1人だけ。名前は確か、、、周防瑠璃歌って子だった。
ずっと喋りかけてくる男の子がいたんだ。
名前、、、なんだっけ。
私はその頃も今も出帆が好きだったからほぼ会話なんてせずに流していた。
「その小説好きなの?」
「それどんな話?」
「休みの日はどこかに行ったりするの?」
「そのクローバーの栞、手作り?」
「今日朝何食べた?」
そんな質問に対しても私は
「別に。」
「推理小説。」
「どこにも。」
「だから。」
「何も。」
ほとんどを一言で返していた。変人だけどとても人気のある男の子で他の女子からはよく睨まれていた。
「ちょっと顔がいいからって、、、」
「プールもでてないし何考えてるかわからなくて不気味~」
その変人と瑠璃歌はほぼ誰も喋らず時は過ぎていった。日々変わるのは窓の外の桜の木と手に持った小説のタイトル、そして彼の質問だけ。
「白銀、ちょっといい?」
よく私は呼ばれた。男子に呼ばれたら告白で女子に呼ばれたら罵声。
「いっつも見ててかわいいし大人しくていいなーって思っててさ。俺と付き合わねぇ?」
気持ち悪い。気色悪い。どっかいって。無理。来ないで。なんで怒るの。三文字しか言ってないよ?ごめんって、三文字だけ。やだ、触らないで。やめて、怖いよ。空き教室に響き渡る私の悲鳴は夏の青空にこだました。
瑠璃歌が連れてきたたくさんの先生によって男子は職員室に連行され、噂が回って不登校になった。
変人は心配そうに声をかけてきたけどまた適当に流した。そして時は過ぎていった。冬の日、、、だったかな。町はきらきらしてて学校も少し浮き立っていて。そんな日だった。
「ずっと白銀さんのことが好きだったんだ。僕のこと、好きになってくれないかな。」
また「ごめん」とだけ返した。それ以上なんてわからない。言えない。なんて言えば良いの?
「そっか。ごめんね。困らせちゃって。」
そう言って変人は怒ったり怒鳴ったりもせずに帰っていった。
次の日、私はまた変人に呼ばれたんだ。
「ごめん。ごめん。迷惑かけるってわかってる。だけど、、、だけど、、、白銀さんのことが心の底から好きだから。ありがとう。楽しかったよ。」
そう言って変人は飛んだ。
4階の屋上から。
何が起きたのかわからなかった。
何かの映画のワンシーンかと思うほどの最期だった。
警察がきて、先生がきて、野次馬が湧いて、、、
「大丈夫。心配しないで。」
「多分この子もなにかあったんだろうから、、、」
たくさん現れたカウンセラーの人達はそう言ったけど。そうじゃない。そうじゃない。
誰も言ってくれなかった。
あなたのせいじゃないよって。
君は何も悪くないよって。
嘘でも良いから言って欲しかった。だれか助けてよ。ねぇ、誰か。
「あんたのせいよ!!!あんたが殺したんだ!!!!!散々仲良くしてやったのに!!!人殺し!!!!」
錆び付いた心は瑠璃歌の声で砕け散った。
瑠璃歌は変人のことが好きだった。
瑠璃歌はかわいい子だった。私と同じくらいの髪の長さでもいつも可愛く編み込んできてて。香水もメイクもばっちりでかわいい子。みんなと仲が良くて優しい模範生徒。
その計算され尽くした「かわいい」は全部変人に見せるため。私に話しかけてくれたのも
、仲良くしてくれたのも変人に近づきたいからだったって。
人殺し、と言う言葉が頭から離れない。今もずっと。囚われたまま。
そのまま時は流れて私は寿高校に入学した。父親の決めた学校でまあまあ頭の良い進学校だった。
そこでは友達がたくさんできた。みんな賢くて深入りしてこない。私はその環境にほぐされて柔らかくなっていった。
人当たりが良くて明るくて優しくて勉強ができる。そんな最高の立ち位置にいてもいつまでも瑠璃歌の言葉は離れない。
人の心を狂わせるのが恋ならば狂った心で恋をしよう。
出帆と再会して前までとは変わってしまっていたけど出帆は出帆だ。幸せだ。友達がいて、仲間がいて、頼れる大人もいて。
こんな幸せの中私は思う。
瑠璃歌は今何をしているのだろうか。どこにいるのだろうか。恋に墜ちた少女の行方は。
私は桜月さんが来た八時までそんなことをぼうっと考えていた。




