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決意

 外に出ると、夕陽が鉱山の岩肌を赤く染めていた。

 湿った坑内の空気に慣れていたせいか、風がやけに冷たく感じる。


「……やっぱり、どこかおかしい」


 胸の奥にひっかかっていた違和感が、確信に変わりつつある。

 隣を歩くフィラナ嬢は、何も言わずにただ前を見据えている。

 その横顔には、まるで全てを見通しているような静けさがあった。


 ――その時だった。


「おやおや、旦那様。また視察に来られてたんですか?」


 聞き慣れた、どこか芝居がかった声が聞こえた。

 顔を上げると、作業小屋の前に並び立つダルトンとロージスが目に入る。

 ダルトンは薄い笑みを浮かべ、対照的にロージスは不満気な表情でこちらを睨んでいた。


「また鉱山のご視察とは、ご熱心なことで。……ところで、何かご不便でもございましたか?」


 ダルトンがそう言って、口元だけで笑う。

 だが、その目には一片の笑みも宿っていなかった。


 僕は一歩、彼らの方へ進み出た。


「ダルトン……。さっき採掘現場にいた者たちから聞いたんだが、鉄鉱石の採掘量はこの数年、好調らしいじゃないか。だが、君からは真逆の話を聞かされた。――これは、いったいどういうことなんだい?」


 その声が、思いのほか低く響いた。

 風が止み、場の空気が張り詰める。


 そんな中、ダルトンが笑みを貼り付けたまま、静かに口を開いた。


「どういうことだと言われましても……、ご報告している内容に偽りなどございませんよ。石ばかり削っている者には分からんでしょうが、彼らの削ったものからは、市場に流せるほどの鉄鉱石が採れていない、ただそれだけにございます。――まさか旦那様は、ただの炭鉱夫どもの言うことだけを信じ、公爵家を支えてきたそれがしの言葉は信用できぬと申されるのですかな?」


 最後の言葉に、思わず息を呑んだ。

 ダルトンの言い分にも、一理ある。

 それに彼の言うとおり、我が家は長い間、彼の商家に支えられてきた。

 流行病という難事があったにもかかわらず、だ。

 それゆえに、どうしてもこれ以上疑いをかけることに躊躇してしまうのだ。


 僕が二の足を踏んでいた、その時――


「それでは商人様。こちらの書類に関しまして、ご説明をいただけませんか?」


 フィラナ嬢が沈黙を破った。

 彼女の手には、いつのまにか数枚の書類が握られていた。


 その瞬間、ダルトンの笑みがわずかに強張る。

 ロージスもさらに表情を険しくし、僕たちを睨みつけている。

 張り詰めた空気に、僕の心臓が鼓動を早めた。


「……はて?それはいったい何の書類ですかな?」


「あら?おとぼけになるおつもりですの?商人様にとっては、随分と見覚えのあるものですわよ」


 フィラナ嬢は涼やかな笑みを浮かべながら、手にした書類を僕の方へ差し出す。


「こちら、作業小屋に保管されていた毎月の採掘報告書の一部でございます。公爵家に提出されたものとはだいぶ数値に差があるようですわ」


 いつの間にか僕の目を盗んで、書類を確保していたらしい。

 受け取った書類を確認すると、どうやら昨年のもののようだ。

 だが記載された採掘量は、僕が以前に見た報告書よりも明らかに多い。


「ダルトン……これは……」


 言い逃れ出来ないだろう――そう言いかけたその時だった。


「たった数枚の書類が何の証拠になる!!お前が改ざんした可能性だってあるだろう!!」


 突然、ロージスが怒鳴り声を上げた。

 その声はまるで岩盤を砕かんばかりで、巨躯に似合うほどの威圧感を放っていた。


「心外ですわね。そんなことをして、私にいったい何の得があるというのでしょう?」


 フィラナ嬢は一歩も退かず、毅然とした態度でロージスと向き合う。

 その瞳には、相手を真正面からねじ伏せようとする強い光が宿っていた。


「そんなことまで知るか!どうせ俺たちが気にくわねぇとかそんなところだろう!」


「お話になりませんわね」


 フィラナ嬢がバッサリと言い切る。


「そのような稚拙な言い分が通用するとでも?こちらは書類の筆跡鑑定を依頼してもよろしいのですのよ?」


 彼女はゆっくりと書類を持ち上げ、目線だけで二人を見下ろした。


「そうされて困るのがどちらであるのかは……一目瞭然でしょうけど」


 くすりと微笑む彼女とは裏腹に、ロージスは苦々しい表情で何か言い返そうとしているが、言葉が出てこない様子だった。

 しかしダルトンの方を見ると、なぜか彼は、余裕を感じさせるような笑みを浮かべていた。


「なるほど、なるほど。つまり、()()()()は虚偽の報告をしていた、ということでありますな」


 ゆったりとした口調で言いながら、ダルトンは芝居がかったように肩をすくめた。


「いやはやまったく、それがしとしたことが、斯様な工作に気付けなんだとは……お恥ずかしい限りでございます」


「なっ……?! ダ、ダルトンさん?!」


 突然の言葉に、ロージスが面食らったように目を見開く。

 その狼狽ぶりは演技ではなく、明らかに本気の動揺だった。

 どうやら、フィラナ嬢が見つけた報告書は、現場監督者であるロージスが作成したもののようだ。

 つまり今の段階では、不正の証拠はロージス単独のものに過ぎない。

 ここでダルトンが“自分も騙されていた”と主張すれば、彼の関与を立証するのは難しい。


「……商人様が介入していないとしては、数値の差が大きすぎます」


 フィラナ嬢が静かに言い放つ。


「明らかに市場に流せるだけの量を炭鉱夫だけで捌けるとは思えませんが?」


 彼女は冷たい視線でダルトンを射抜くものの、ダルトンはそれを意に返さず、軽く笑みを返す。


「ご令嬢には想像がつかないかもしれませんが――世の中には、表では売れぬ“商品”を扱う者たちがおりましてな」

 

 声の調子を落とし、わざとらしく指を一本立てる。


「彼らにかかれば、鉄鉱石などいくらでも売り捌けましょう。……もっとも、彼が正直に白状するかどうかは、分かりませんがね」


 ダルトンはそう言って、どこか冷めた目でロージスを見る。

 ロージスは、怯えたように唇を震わせる。

 その目に浮かんでいたのは、怒りでも反抗でもなく――明確な恐怖だった。


「さて、旦那様!この度は、それがしの監督不行き届きでご迷惑をおかけし、大変、大変!申し訳ございませんでした!」


 ダルトンは、急にこちらに視線を向けたかと思うと、今まで以上に芝居がかった素振りで頭を下げる。


「今後はこのようなことが起こらぬよう努めてまいります!この者と加担した者につきましては、それがしが責任を持って処理いたしますので、ご安心くだされ」


 顔だけ上げたダルトンの表情は、"屍公爵"と呼ばれる僕よりも、よほど気味悪いものに見えた。


「……旦那様、状況的に彼が不正に加担している可能性は高いでしょう。ですが、彼を糾弾するには、証拠が足りていないのも事実。ここでいったん収めるのが堅実かと」


 耳元で囁いた彼女の言葉を受け、それが一番だろうと思った。

 

 ――けれども。

 

 僕は一歩前に出て、宣言する。


「ダルトン……、取り引きを中止しよう」


「……は?」

 

 ダルトンは、呆気に取られたように口をポカンと開いた。

 顔は見えないが、フィラナ嬢も息を呑んだのが分かる。


「い、いやはや……。旦那様もお人が悪いですなぁ。こんな時に冗談を申されるなど……」


「冗談ではないよ。貴殿とはこれ以上付き合えないと、そう言っているんだ」


 慌てふためくダルトンに、僕は静かに告げる。


「ぐっ……!だが、ここでそれがしを切り捨てて、この先どうされるのですかな?他に大した伝手もないでしょうに!」


 ダルトンの握った拳が戦慄いている。


「公爵家を支え続けてきたそれがしを邪険にするなど……。これがスライブ家の恩の返し方というのですか?!」

 

 いつも僕に見せていた慇懃な態度と打って変わり、声を張り上げる彼の姿は、まるで駄々をこねる子どものようであった。


「たしかに、我が公爵家は貴殿に助けられてきた。だけど、その礼はすでに十分()()()()()と判断する」


 僕は静かに言葉を続ける。


「それに僕は今回のことで、貴殿を信用できないと思ってしまった。"信用の切れ目が縁の切れ目"――これは、貴殿の父君の言葉だったかな。だから、関係を断つのは至極当然のことだろう?」


「〜〜〜〜っ!」


 声にならない叫びをあげるダルトンに、僕は最後の言葉を告げた。


「ダルトン。貴殿および、貴殿と関わるすべての者に告ぐ。本日をもってスライブ領内における一切の商いと入領を禁ずる。……速やかにスライブ領から退去せよ。これは領主命令である」


「ぐ、ぐぬぬっ……若造がぁ……! いつか後悔することになるぞ!己の判断の甘さが、大きな不幸を招くことを――よく覚えておくんだな!」


「ま、待ってくだせぇ、ダルトンさん……!」


 吐き捨てるようにそう言い残すと、ダルトンは踵を返し、足早に去っていった。

 その背を慌てて追うロージスの姿には、以前までの威圧感はカケラもなく、ただただ憐れみだけが湧いてくる。


「……捕えなくてよろしいのですか?少なくとも、炭鉱夫の方なら横領の罪で裁けますが」


 走り去っていく二人の背中を眺めながら、フィラナ嬢が静かに問う。


「構わないよ。さっきも言ったように、ダルトンには世話になったんだ……。たとえ騙されていたとしても、彼のおかげで今日まで公爵家は持ち堪えた事実は変わらない。……勉強代だと思って、今回は諦めるよ」


「左様でございますか」


 フィラナ嬢は、わずかに目を細め、ふわりと微笑んだ。

 夕陽に照らされた彼女の頬は、仄かに赤く染まり、静かに光って見えた。


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