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鉱山再訪

 数日ぶりにやってきたジュエラ鉱山は、以前来た時よりもいっそう閑散としていた。


「……誰もいないみたいだな」


 耳を澄ましてみても、人の声ひとつ聞こえてこない。

 炭鉱夫たちはもしかしたら、採掘現場の奥へ出払っているのかもしれない。

 一応、今回も"視察"という名目にすれば、一方的に追い出されることは無いはずだ(……と思う)。

 しかし、それでも現場監督者のロージスに一言伝えるべきではあるだろう。


「念の為、作業小屋の方に行ってみようか?」


 そう言うと、フィラナ嬢は小さく頷いた。


「そうですわね。どなたか休まれているかもしれませんし、たとえいらっしゃらなければ、それはそれでよろしいかと」


 なぜか含みのある微笑みを浮かべる彼女に、僕は首を傾げつつ、作業小屋へと足を向けた。


 作業小屋の扉をノックするも、返事はなかった。

 仕方なく扉を開け、小屋の中を覗いてみると、案の定人一人いなかった。


「……誰もいないみたいだね」


「左様でございますか。それでは…」


 僕の横を颯爽と通り過ぎ、フィラナ嬢は作業小屋へと入っていく。

 室内を一通り見渡した後、一番奥に置いてあった机へと歩み寄り、おもむろに引き出しを開け始めた。


「ちょ、ちょっとフィラナ嬢?!急に何を……?!勝手に中を漁るのはマズくないか?!」


「問題ございませんわ。あの商人様が管理をされているとはいえ、大元は公爵家なのですから。関係者に見られて困るような物を置いているはずがないでしょう?」


 フィラナ嬢の急な行動にあたふたする僕には目もくれず、彼女は次々に引き出しの中の書類に目を通していった。


「!これは……」


 しばらくすると、フィラナ嬢が手を止めた。


「ん?なんだい?何か見つかったのかい?」


「……いえ、なんでもございませんわ。それよりも、そろそろ採掘現場へ行きましょうか」


「あ、あぁ……。そうだね、そうしようか……」


 書類を引き出しへ戻しながら、そう返事をする彼女の言葉に賛同する。


 フィラナ嬢は明らかに"何か"を見つけたようだったが、それよりも今の様子を誰かに見られないか、許可もなく鉱山の中に入って大丈夫だろうかといった不安の方が大きく、それどころではなかった。

 そんな不安などお構いなしに、澄ました顔で鉱山の入り口に向かって行くフィラナ嬢の背中を、僕はただついて行くことしか出来なかった。




 鉱山の入り口を抜けると、途端にひやりとした空気が頬を撫でた。

 昼間の陽射しを浴びていたせいか、余計に冷たく感じる。

 足を一歩踏み入れると、靴底がぬかるみに沈んだ。

 遠くの方から「ポタ……、ポタ……」と絶え間なく水が落ちる音が聞こえてくるので、それが原因なのだろう。


 先を歩いていたフィラナ嬢がこちらに振り向くと、

「旦那様、足元が滑りやすくなっておりますので、十分お気を付けを」

と、声をかけてきた。


 ……きっと、彼女の目には僕は頼りない男に映っているのだろう。

 ここは、少しでもまともなところを見せておかないと……!


「だ、大丈夫。これでも昔は兄上の付き添いで何度か来たことがあるからね。……このくらい、なんともないさ」

と、胸と虚勢を張ってみる。


「ふふ、それは何よりでございますわ」


 フィラナ嬢は微笑みを浮かべた後、慣れたような足取りで坑道を進んでいく。

 坑内の壁には、ところどころ松明が掛けられているが、光の届く範囲は僅かであり、少し先は闇に沈んでいる。

 そんな中にも関わらず、危なげなく奥へと向かうフィラナ嬢の背中が異様に頼もしく感じられた。

 そのおかげなのか、先ほどまで抱いていた不安が薄れていくように思えた。


 しばらく坑道を進んでいると、不意にフィラナ嬢が立ち止まる。


「何か……聞こえますわね」


 彼女の言葉を受け、耳を澄ましてみると、奥の方で微かに何かを叩くような音がする。


「たしかに……誰か作業してるみたいだな」


 音のする方へ進むにつれ、空気がわずかに震え、岩を削るツルハシの音や土を運ぶ足音、そして人の掛け声が混ざって聞こえてくる。

 やがて視界の先に、作業中の炭鉱夫たちが見えてきた。

 灯された松明の下、黒ずんだ作業服を着た男たちが、額に汗を浮かべながら坑壁を掘り進めている。


「あれ……?もしかして……」


 顔ぶれをよく見てみると、その多くが僕が昔から顔を知っている、古参の炭鉱夫たちだった。


「よう、坊ちゃんじゃねぇか!おーい、みんなー!坊ちゃんが来てくれたぞー!」


 一人がこちらに気づき、ツルハシを止めて声を上げると、その場にいた炭鉱夫たちは次々と作業を中断し、僕たちの下に集まってきた。


「坊ちゃん!お久しぶりで!」

「おやおや坊ちゃん!こんなところまで、どうかなさったんですかい?」

「あれま、坊ちゃん!別嬪さんをお連れになってるじゃあないですか!」


 …………各々好き勝手に喋っている。

 まぁ、歓迎されているようなので喜ばしいことではあるが、いかんせん圧が強い……。


 どうしたものかとあたふたしていると、

「お前ら!そんなにいっぺんに言っても坊ちゃんが困るだろう!ほら、どいたどいた!……すんません、坊ちゃん。で、今日はこんなとこまでどうされたんです?また視察で来られたので?」


 ガタイの良い(頭髪に別れを告げた)男が人混みをかき分けてやって来る。


「あ、あぁ。まぁそんなところだよ。前回は、現場を直接見られていなかったからね。……ところで、坊ちゃんと呼ぶのはいい加減やめてくれないか?これでも領主なんだけど」


「はっはっは!こいつぁ申し訳ない!俺たちにとっちゃあ、坊ちゃんはいつまでも坊ちゃんのままなんで!ほら、よくダレル様の足に引っ付いて……」


「あぁもう!それ以上は言わなくていいから!!」


 まったく、馴染みのある連中は余計なことしか喋らないな……。


「あの、ダレル様とは……どなたのことでしょうか?」


 フィラナ嬢が首をかしげながら問う。

 その声音は穏やかだったが、どこか興味を含んでいるようにも聞こえた。


「あ、あぁ……僕の兄上さ。昔からよく父上の代わりにこの鉱山の視察に来ていたんだ。僕もたまについて行ってたから、みんなこんなに無遠慮なのさ」


「左様でございましたか」


 フィラナ嬢は、少し目を細め、興味深そうに見つめた。


「無遠慮だなんて、そんなことありませんよ坊ちゃん!こぉんなに慕ってるんですから!なぁ、みんな!」


 そうだそうだと声を揃える炭鉱夫たちを、僕は白んだ目で見返す。

 そういうところが無遠慮なんだが……、まぁこれ以上言っても意味はなさそうだから抑えてやることにしよう。


「……ところで、ロージスや他の炭鉱夫達は何処にいるんだい、ベン」


「あぁ、あいつらなら新しい堀り場を調査するとか言って、今朝から姿が見えてませんぜ?」


 ガタイの良い(丘の上が輝く)男・ベンが答える。

 すると、フィラナ嬢がスッと僕の横に立った。


「ちなみにその候補地にはどの程度の人員が向かわれたのでしょうか?」


「あん?たしか……30人くらいだったな。もう開発に取りかかるのかって思ったよ」


 その答えに僕は少し疑問に思った。


「あれ?確かにダルトンとは調査を進めるって話をしたけど、候補地を絞ったばかりだから、本格的な調査もまだ先になるはずだけど……」

 

 何故だか、ここに来るまで抱いていた不安とはまた違う、言いようのない不安が込み上げてくる。

 そんな僕に追い討ちをかけるように、神妙な顔つきをしていたフィラナ嬢が静かな声でベンに再び問いかける。


「……ベン様、もう一点お聞きいたします。ここ数年の鉄鉱石の採掘量はいかがでしたか?」


「お、おう……。流行病が起こった時は酷かったが、もうすっかり、というかむしろ今までよりもよく採れてると思うぜ?」


 ただならぬ空気を感じたのか、ベンはかしこまった態度でそう答える。

 彼の言葉に、周りの炭鉱夫たちも大きく頷いていた。


「左様でございますか……。ありがとうございます、皆様のおかげで、私の胸の内にあったしこりが綺麗に取り除かれた気がいたしますわ」


 フィラナ嬢は恭しく、見事なカーテシーで感謝を伝える。


「お、おう……。そいつぁなによりだ……」


 ベンはというと、慣れていないせいか、身じろぎもせずに目を泳がせている。

 他の炭鉱夫たちも驚いた表情のまま、しきりに互いの顔を見合っている。

 普段令嬢と接する機会が無いのだから当然の反応だろう(まぁ僕も人のことは言えないが……)。


 ――そんなことよりもだ。

 先ほどのベンの話によると、ここ数年の鉄鉱石の採掘量は好調らしい。

 ダルトンの言っていた「不調」とは、まるで真逆の内容だ。

 その違和感が、頭の片隅に引っかかったまま離れない。

 

 その後もしばらく炭鉱夫たちと話を交わしたが、久しぶりにあったせいか、ほとんど世間話になってしまった。

 ふと時計を見ると、すっかり夕暮れ時となっていた。


「もうこんな時間か……。すまない、随分とみんなの作業を止めてしまったな」


「全然問題ありませんよ!今日は人も少なかったんで、もともと早めに切り上げようと思ってましたんで。むしろ久々に坊ちゃんと会えて良かったぐらいでさぁ!」


 ベンたちの好意に感謝しつつ、僕たちは挨拶を終えると、採掘現場を後にした。

 だが胸の奥では、先ほどの“違和感”が、静かに燻り続けていた。


読んでいただきありがとうございます!

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