新たな光明
「よろしければ、次の堀り場の候補地をご覧になりますかな?」
どうやらダルトンは、採掘の状況確認だけでなく、独自に候補地の目処をつけ、それをロージスと相談するために来ていたらしい。もし彼らの言う通り、資源の限界がきているのだとすれば、早急に対策を講じる必要がある。
そのためにも、ダルトンの提案には乗っておくべきだと判断した僕は、彼の案内に従うのだった。
ダルトンが目処をつけたという場所は、現在の採掘場から東へかなり離れた丘陵地帯にあった。
「現在の採掘地一帯は、すでに浅層の鉱脈を掘り尽くしておりますのでな。何ヶ所かめぼしい場所を調べたところ、この辺りが特に鉄分を多く含む地層が見つかったのです。掘削の見通しが立てば、十分採算が取れる見込みですよ」
相変わらず慇懃な口調で説明するダルトン。
「ふむ、確かに良さそうな石も転がってるし、場所のゆとりもある……。新しい採掘場にするには十分だと思いますぜ」
同行していたロージスが辺りを見回しながら同意する。
「なるほど……。ちなみに実際に採掘を始めるとなったらどのくらいかかるんだ?」
「恐らく半年……、いえ、慎重を期すのであれば一年はかかるでしょうな。ですが、それだけかかるとしても、安定した利益を得られるようになることは間違いないかと」
「そうか。さすが、よく調べているね」
そう言いながらも、フィラナ嬢が一歩下がった位置で、静かに周囲を見渡しているのが目に入った。
「どうだい?フィラナ嬢から見て、この場所を新たな採掘場にするというのは……」
「そうですわね……。私もそのご意見には賛同いたしますわ。まぁ、必要経費の兼ね合いがございますので、すぐにとはまいりませんが……」
どうやら彼女のお眼鏡にかなったらしい。
それを聞いた僕は安堵し、胸の中の緊張が少しだけ解けるのを感じた。色よい返事が聞けたとあれば、一刻も早く屋敷に帰って今後の話を詰めたい。そう思いながら、僕は皆を引き連れ、元の採掘場へと戻るのだった。
候補地を一通り確認した後、再び元の採掘場へと戻る頃には、日も傾き始めていた。
「あの……、最後に実際に採掘をされている様子を見たいのですが、よろしいでしょうか?」
元の採掘場に戻るや否や、フィラナ嬢が問うてくる。
まぁ僕も馴染みの炭鉱夫に会えていないし、視察をしに来ているなら、実際の現場を見ておく必要もあるかと思い、了承しようとした。
が、それより早く
「ダメだ!素人がホイホイ歩き回っていい場所じゃねぇんだ!そんなヒラヒラとしたナリしたやつを入れるわけにゃいかねぇよ!」
ロージスが無精髭を震わせながら反対する。
言い分は分かるが、急に大声を出さないでもらいたいものだ。あと、顔も怖いのであまりこちらを見ないでもらいたい。
「……危険であることは重々承知しておりますわ。ですから、細心の注意を払いますし、皆様のお邪魔にもならぬようにいたしますわ」
「ダメと言ったらダメだ!わからねぇ嬢ちゃんだな!」
驚いている僕とは裏腹に、フィラナ嬢は眉一つ動かさず、鋭い目でロージスを見返している。なかなかどうして、彼女も引かない構えであるらしい。
そんな二人の様子を見ていると、クラムが静かに近づき、低く告げてきた。
「旦那さま、そろそろ戻りませんと日が暮れてしまいますが……」
僕も心のどこかで見ておきたい気持ちはあったが、クラムの言葉に我に返り、危険性を優先することにした。
「……フィラナ嬢、彼の言い分ももっともだし、そろそろ戻らないと暗くなってしまう。今回の視察はここまでとしないか?」
我が領内は治安は良い方ではあるが、やはり暗い道中というのは危険なものだ。
そのため、何とかフィラナ嬢を宥めることにした。僕の言葉を聞いた後も、しばしロージスと睨み合いを続ける彼女だったが、やがて一息つくと丁寧に頭を下げた。
「……確かに、少々気負いすぎましたわ。ご迷惑をおかけし、申し訳ございませんでした」
「お、おう。わかってくれたんならそれで良いんだ……」
それを受けたロージスは面食らったような顔をしながら返事をするのだった。当然、彼女が僕の言葉で潔く引いてくれたことに安堵したのは言うまでもない。
その後、ダルトンと後日新たな採掘場に関しての話し合いをすることを約束し、僕は再びフィラナ嬢とともに馬車に乗り込み、屋敷への帰路につくのであった。
屋敷への帰り道、特にすることもなく、暮れ始めた太陽を漫然と眺めていると、
「ところで、旦那様はあの商人様といったいどのように知り合われたのですか?」
「ん?あぁ、彼の父君と僕の父上が旧知の仲でね、ずっと鉱山の管理を一任していたんだ。
だけど、彼の父君も流行病で亡くされたそうで、後を継いだダルトンがうちに挨拶に来たのが始まりさ。まぁ今よりもっと痩せてたはずなんだけどね」
「ちなみに、いつ頃の話なのでしょうか?」
「あ、あぁ。確か3年ほど前だったかな……」
「左様でございますか……」
彼女なりに気を遣ってくれたのだろうか、せっかく話題を振ってくれたので、笑えるように返してみたのだが、凛とした表情を崩すことはなかった。
その代わり、フィラナ嬢が再び考え込むように沈黙したので、僕もまた暮れ行く太陽をぼんやりと眺めるしかなかった。
***
ジュエラ鉱山の視察から1週間後。
あれからダルトンとの今後の方針に関する話し合いを行ったり、山積みにされていた書類をフィラナ嬢の手を借りながらも"平原になるくらいまで削ったり"と、なかなか充実した時間を過ごしていたように思う。
色々な懸念が減ったことに安堵しつつ、久しぶりにのんびりとした午前中を満喫していると、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「失礼いたします。旦那様、少々お時間をよろしいでしょうか?」
入ってきたのは、乗馬用の衣服を身に纏ったフィラナ嬢だった。
「ど、どうしたんだい?そんな格好をして……!」
「いえ、書類仕事も一段落したところで、気晴らしに馬で出かけようかと思いまして。よろしければ、旦那様もご一緒にいかがですか?」
「あ、あぁ……そうだね。たまには外へ出かけるのも良いかもしれないね……」
「では、玄関前でお待ちしております。ご用意が整いましたら、下までお越しください」
僕がうなずくと同時に、彼女は軽やかな足取りで書斎を後にした。
まったく、忙しないにも程があるな……。だが、唐突な誘いに面食らってしまったものの、せっかく彼女が誘ってくれたのだ。これを断るのは不調法というものだろう。
僕は(ほぼ流されていたとしても)彼女の誘いに応じた自分を密かに褒めつつ、いそいそと外出の支度を始めるのだった。
支度を終えた僕が玄関前までやって来ると、フィラナ嬢が2頭の馬とともに待っていた。
「すまない、待たせたね」
「いえ、それほどでございますわ。それよりも、急なことでございましたのに、誘いに応えていただきありがとうございます」
そう言うと、フィラナ嬢は軽くお辞儀をした。
「いやいや、ちょうど随分と久しぶりに時間を持てあましていたところなんだ。君が誘ってくれたおかげで無為な時間を過ごさずに済んだというものさ」
「左様でございましたか。であれば、本日は意義のある一日となるよう、しっかりと補佐させていただきますわね」
そう言うと、フィラナ嬢は花のほころぶような穏やかな笑みを浮かべた。
「あ、あぁ……。よろしく頼むよ……」
気の利いた返事が出来なかったことに歯痒さを覚えつつも、僕はただ、この後に待つ穏やかな一日に、期待で胸を膨らませるばかりだった。
春の木漏れ日を浴びつつ、爽やかな風を頬に受け、僕はフィラナ嬢とともに青く広がる草原を進んでいた。屋敷を発ってから小一時間ほど経っただろうか。
それでもなお、フィラナ嬢は馬を止めるそぶりを見せない。さすがに少し心配になってきた僕は、思い切って聞いてみることにした。
「……フィラナ嬢?今日はいったい何処まで行くつもりなんだい?」
「ご安心を。もうまもなく目的地に到着いたしますわ」
そうフィラナ嬢は言ったものの、自然を眺めるだけなら道中にいくらでもそういう場所はあったのだ。
あと彼女が目的地にしそうな場所といえば、先日視察したジュエラ鉱山ぐらいしかないのだが……。
まさか……。
「フィ、フィラナ嬢?も、もしかして……今向かっているところは……」
頭にはよぎった。
だが否定してほしいという思いを込めて聞いてみる。
「えぇ、ジュエラ鉱山ですわ。以前はドレスでしたので断られてしまいましたが、本日の装いであれば問題ないでしょう」
どうやらなんとしてでも採掘現場を見ておきたかったらしい。
穏やかなお出かけ気分は僕の中から消え去り、仕事に向かう重々しい気分がじわじわと込み上げてくる。
意気揚々としているフィラナ嬢とは裏腹に、僕は肩を落とすばかりだった。
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