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深紅の令嬢

 僕は複雑な心境のまま客室へと向かっていた。


 王都からの来客と聞いた時は、驚きで舞い上がってしまった。しかし、少し冷静になった今、どのように接すれば良いのか分からないのだ。

 来てくれたことをただ喜べば良いのか。数年も放置されたことに怒れば良いのか。はたまた何事もなかったように振る舞えば良いのか。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか客室の前に立っていた。


 考えはまとまっていないが、着いてしまったものは仕方がない。

 意を決して扉をノックし、客室へ足を踏み入れた。



 一瞬、時が止まる。



 燃えるような深紅の髪。猫のような瞳。高く通った鼻梁。小さく整った口元。

 「容姿端麗」という言葉を体現したような令嬢が、僕の目に映った。



 しばしの静寂が流れる。


 彼女から目を離すことも出来ず、されど言葉を発することも出来ずにいた。そんな僕を見かねたのか、深紅の令嬢が口を開いた。


「ディカード=スライブ公爵様ですね? お初にお目にかかります。(わたくし)、フィラナ=ブライヤーと申します。この度は貴領の再建の一助となるべく、補佐官として参上いたしました。 以後、お見知り置きを」


 美しいカーテシーと共に、堂々たる姿で名乗る令嬢。そんな彼女の様子を見てようやく我に返った僕は、少し噛みそうになりながらも、何とか名を名乗った。


「よ、ようこそスライブ領へ……! 仰る通り、僕がディカード=スライブだ。それにしても、まさかこんなに若いご令嬢の補佐官がいらっしゃるとは思わなかったな」


「えぇ、私以外は男性しかおりませんので、驚かれても無理ないかと。幸い、私の適性には合っていたようでして」


 微笑みながら返事をする彼女にまた見惚れそうになる。


 いかん、いかん。彼女は「補佐官」として来てくれたんだ。今後の領地再建について話をしなければ……!


 浮ついた自分に活を入れつつ、深紅の令嬢へソファに腰掛けるよう促した。

 しゃなりと腰掛ける彼女を横目に、向かいのソファへ身を落ち着ける僕。


「さて、フィラナ嬢。早速で申し訳ないが……」


 スライブ領の未来について話を始める——つもりだったが、その前にどうしても聞いておきたかったことがある。


「……この数年間、何の音沙汰も無かったにも関わらず、なぜ今になってこちらに……?」


 どこかに吹き飛んでしまっていた思い、どうしても聞いておきたかったことを口にする。

 それを聞いた彼女は、先程まで浮かべていた微笑みがスッと消え、神妙な面持ちとなった。


「その件に関しまして、まずは深く謝罪いたします。……どうやら申請を出された数年前、正確には5年前のことですが、当時の担当者が制度に関し理解が乏しく、適切な処理をせぬまま放置していたようなのです」


 落ち着いた、けれど何かを恥じるような声音で、彼女は言葉を続ける。


「この度、貴家より進捗確認の文書が届いたことで、その事実が明るみに出ました。スライブ公爵家をはじめ、領民の皆様に長らく不安を抱かせてしまい、大変申し訳ございませんでした」


 そう言って彼女は深く頭を下げた。その声からは、心から申し訳ない気持ちがひしひしと伝わってくるようだった。彼女の様子を見ていたら、こちらの溜飲も自然と下りていく。


「いや、いいんだ……。悪意を持っていたわけじゃないと分かっただけで十分だ」


 そもそも目の前の令嬢が悪いわけではないのだ。こちらは手を貸してもらう側である以上、とやかく言い続けることは、余計に自分を情けなくさせるだけだろう。


 しかし、今の話を聞いて僕の中に一抹の不安がよぎった。


『このまま補佐官を任せて良いのだろうか?』


 王都には優秀な人材ばかり集まっているものと思っていた。だが、そんな選ばれた者達の中に、制度への理解が乏しいからとはいえ、曲がりなりにも公爵家からの書類を放置する者がいたのだ。

 しかも明らかに自分よりも若く、経験豊富のようには見えない彼女が、同じようなミスをしないとは言い切れない。


 どうすべきか悩み始めた僕の様子を見て、また見透かしたように深紅の令嬢が口を開いた。


「公爵様のご懸念、痛いほど理解できます。数年放置された上、私のような若輩がやって来れば不安に感じることでしょう」


 目を伏せ、静かに落ち着いた声で語る。

 が、突如目を見開き、立ち上がると同時に、堂々たる声音を部屋中に響かせる。


「ですが、ご安心ください!詳しくは守秘義務がございますので、申し上げられませんが、既に東で2件、西と南でも1件ずつ、領地再建に助力してまいりました。数々の領地を立て直した実績のある私がいれば、スライブ領は今後より一層発展していくことでしょう。ですから、いかがです?私の手を取り、輝く未来を見てみませんか?」


「あ、あぁ……見てみたいね。君がいることで、その未来が見られるのであれば……」


 彼女の気迫と熱意に圧倒され、思わず了承してしまう。

 それを聞いた彼女は、ふわりと微笑みを浮かべ、また美しいカーテシーと共に言葉を紡ぐ。


「承知いたしました。であれば、この一年――補佐官として、全力で旦那様を支えてまいりましょう」


「よ、よろしくお願いするよ……、補佐官殿……」


 輝く未来——どころか、波乱の未来が待ち受けていそうと感じつつも、ただ僕は頷くことしか出来なかった。


読んでいただきありがとうございます!

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次話もお楽しみに!

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