原石
ダルトンたちとの騒動を終え、僕たちが屋敷に戻った時には、すでに陽も沈みきっていた。
屋敷の玄関には、クラムが腕を組んで立っており、その姿には言葉よりも重い怒気が漂っていた。
どうやらフィラナ嬢は、詳しい行き先を告げていなかったようで、クラムは屋敷の周囲や住民街など、あちこち探し回っていたらしい。
無事に僕たちが帰ってきたことに安堵しながらも、その後こっぴどく叱られたのは言うまでもないだろう……。
数日後、僕はまた大量の書類に囲まれていた。
それもそのはず、ダルトンが関わっていたのは鉱山だけでなく、食料品や日用品など、領内の流通全般に及んでいたからだ。
全てを一手に担っていたわけではないにしても、やはり少なからず各所に影響が出ている。
ちなみに鉱山に関しては、あの騒動の後、採掘現場から戻ってきたベンたちに経緯を説明した。
皆一様に驚いていたが、存外すんなりと受け入れているようだった。
もっとも、炭鉱夫のうち数名はダルトンが外から連れてきた者たちだったらしい。
彼らを除く炭鉱夫たちは、横領の実態など知らされておらず、ただ指示されたまま働いていただけのようだ。
そのため、ダルトンたちとは無関係として、今も鉱山に残って働いてもらっている。
ひとまずは、ロージスがくる前まで現場監督者であったベンに管理を任せようと頼んだ結果、
「任せてくだせぇ!坊ちゃんの頼みなら、なんだってやりますよ!」
と、快い返事をもらえた。
とはいえ、鉄鉱石を採掘したとしても、現状取り扱ってくれる商人はまだ見つかっていない。
炭鉱夫たちの努力を無駄にしないためにも、早期に新たな取引先を見つける必要がある……のだが、ダルトンの件もあり、いよいよ自身の見る目のなさを痛感させられる。
ただでさえ有力な商会の伝手や、紹介してくれる友人などもいないのだ。
何から手を付ければ良いか分からず、僕が頭を抱えていると、書斎の扉をノックする音が聞こえる。
「失礼いたします。あら、旦那様。どうされたのです?」
フィラナ嬢が書類を手に、書斎に入ってくる。
「どうしたもこうしたも、領内の流通に関してだよ。まだ数日しか経っていないけど、早く次の取引先を探さないと……」
「あぁ、その件でございますか。それでしたら、こちらの書類にサインをお願いできますか?」
そういうと彼女は持っていた書類を渡してくる。
「なんの書類だい?――こ、これは……!」
渡された書類は、鉄鉱石や日用品などの取り引きに関する複数の商会との契約書であった。
しかもその相手先の中には、王国でも有数の商会の名も含まれていた。
「クレーデン商会に、プロスペル商会……。これ、王国でも有数の大商会じゃないか。いったいどうやって……?」
僕が驚いていると、フィラナ嬢が軽く微笑みながら説明してくれた。
「以前、仕事でご縁のあった商会にお声がけをさせていただいたのです。ジュエラ鉱山で採れる鉄鉱石は質が良いと評判ですので、目敏い方々は二つ返事で了承してくださいましたわ」
「伝手があったとしても、この数日で契約書まで……?」
「話自体は初めて視察に行った際に進めていたのです。近いうちにネイブ商会とは縁を切ることになると思っておりましたので。……まぁ、想定よりもずいぶん早く切ることになりましたけれど」
「うっ……!そ、それは本当に申し訳なかったと思ってるけど……」
フィラナ嬢のどこか棘のある声音に思わず謝ってしまう。
だが、自分でもあの時はさすがに衝動的に動きすぎた自覚はある。
その結果、領民に要らぬ不安を抱かせ、書類の山に囲まれる羽目になっているのだから、素直に反省すべきだろう。
そんな様子の僕を見て、フィラナ嬢の表情がふっと和らいだ。
「ふふっ、申し訳ございません。別に責めるつもりはございませんの。即断即決は領主に必要な素養ですわ。今回は、問題が起こらぬよう手を回すのが遅れてしまいましたが――互いに教訓として、次に活かしてまいりましょう」
「あ、あぁ。そうだね」
前向きな彼女の様子に背中を押されているような感じを覚えながら、僕は受け取った契約書にサインをしていくのだった。
3週間ほど経ったある日の朝。
すっかり春の気配も濃くなり、開け放たれた書斎の窓からは、穏やかな風が吹き込んでくる。
あれから各商会の担当者と今後の細かな調整を重ねた結果、領内の流通の乱れは最小限に抑えることができた。
ジュエラ鉱山の鉄鉱石についても、鉱石を手広く扱うプロスペル商会が買い取ってくれることになり、安定した収益の見込みが立っている。
つまり、ようやく諸々の問題に区切りがついたわけだ。
であれば、今度こそ久々の休日を満喫してもよい――いや、すべきだろう。
というわけで、僕は一人、書斎でのんびりと過ごしていた。
(はぁ〜……のんびりできるって、なんて素晴らしいことなんだろう。……あぁそういえば、最近アレを見ていなかったな。)
ふと思い出し、机の引き出しを開ける。
中に入っていたのは、数枚の書類や封蝋のセット、インク壷……そして、小さなガラス瓶。
瓶の中には、砂とともに、赤や緑など色とりどりの石のかけらが入っている。
僕はその小瓶を手に取り、窓から差し込む陽の光にかざしてみた。
すると、瓶の中の石のかけらが光を受けてきらめき、まるで小さな宝石のように輝いた。
領主を継いでからは、すっかり手に取ることが無くなっていた。
しかし、家族が生きていた頃は、よくこうして小瓶を眺めていたので、当時の思い出が泡沫のように浮かんでくる。
「フィラナ嬢のおかげで、スライブ領も少しずつ良くなってきている。本当に助けられてばかりだな。……何か、彼女に喜んでもらえるものでも用意できればいいんだけど」
彼女に感謝を伝えるにはどうすれば良いのか、そんなことを考えていると、書斎の扉をノックする音が聞こえた。
「失礼いたします。旦那様、少々お時間をよろしいでしょうか?」
「やぁ、どうしたんだい?フィラナ嬢」
「ミリヤがモーニングティーを用意してくれたので、よろしければ旦那様もご一緒にいかがですか?」
ミリヤというのは、フィラナ嬢の世話を任せた若いメイドのことだ。
どうやらこのひと月ほどで、随分距離が縮まったようだ。
「そうだね。それじゃあ同席させてもらおうかな」
静かに過ごそうかと思っていたが、彼女とお茶を楽しむ方が心地良い時間を過ごせそうだ。
「それではテラスまでご一緒しましょう」
「あぁ、行こうか」
僕は持っていた小瓶を、上着の胸ポケットに入れると、彼女の優しい微笑みに促されるように、書斎を後にした。
テラスにやってくると、すでにミリヤが二人分のティーカップを用意して待っていた。
「おはようございます、ディカード様!」
はつらつとした声に出迎えられる。
「あぁ、おはよう。待たせたね、ミリヤ」
「いえいえ!ちょうど紅茶を蒸らしていたところです!さぁ、お二人とも、どうぞお掛けください!とっておきの一杯をお淹れいたしますね!」
僕たちが席につくと、ミリヤは軽やかに頭を下げ、銀のポットの蓋をそっと開けた。
途端に、ふわりと甘く上品な香りがテラスに広がる。
「いい香りだ……。不思議と心が落ち着く気がするね。茶葉は何かな?」
「アールグレイでございます!旦那様のお好きな柑橘の香りを、少しだけ強めにしてみました!」
ミリヤはにこやかに笑うと、丁寧な手つきでカップに紅茶を注ぎ始める。
琥珀色の紅茶がゆらめき、朝の日差しを受けてきらりと光った。
「ありがとう、ミリヤ」
「どうぞごゆっくり!フィラナ様、こちらにミルクとレモンもございますよ!」
「ありがとう、ミリヤ。あとでいただくわ」
フィラナ嬢は静かに礼を言い、湯気の立つ紅茶をそっと持ち上げる。
その所作の一つひとつが、柔らかく、上品で見ているこちらまで姿勢を正したくなるほどだった。
「ところで、旦那様」
ティーカップを置いたフィラナ嬢がこちらを見る。
「先ほど、何かを覗き込んでおられたようですが、何をご覧になられていたのですか?」
「あぁ、これのことかい?」
僕は胸ポケットへ入れていた小瓶を取り出し、フィラナ嬢に手渡した。
「これは昔、兄と海に出かけた時に拾ったものなんだ。よければ、陽の光にかざしてごらん」
フィラナ嬢は、ゆっくりと小瓶をかざすと、感嘆の声を漏らした。
「綺麗ですわね……」
その様子に、僕も思わず口元がゆるんだ。
「そうだろう?僕も昔はよく眺めてたんだ。まあ、この数年は忙しくて引き出しにずっと眠らせていたんだけどね……」
肩をすくめながら、少々情けない声が出てしまう。
「でも、君のおかげでまたこうして眺めることができたんだ。まだ完全に立て直せたわけじゃないけど、感謝している……。ありがとう、フィラナ嬢。これからもよろしく頼むよ」
「旦那様のお力になれているようで、なによりでございます。こちらこそ、引き続きよろしくお願いいたしますわ」
素直な気持ちを伝えると、彼女は優しく微笑んだ。
けれど、その瞳の奥には、静かに燃えるような決意の光が宿っているように見えた。
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