第六十三話 各方の懸念と会合
繁華街の中にひっそりと佇む、格式張った佇まいの喫茶店に、少々不釣り合いな出で立ちの女が一人悠々と入っていく。
店員の案内もそこそこに一気に奥へと進み、目当ての個室の扉を開いた。
「おつかれ〜。ちゃちゃっとかたづけてきたよ〜」
そして開口一番、その女──華蓮は軽い調子でそう報告を行った。
「ご苦労。時間通りだな」
それに応えたのは、あらかじめ部屋で華蓮を待つ仲介の男。
今回は現場の確認はしていないが、ここに華蓮が来たということは、仕事を終えたという証であろうと判断している。少なくともそれくらいの信頼はしているようだ。
「今回はそのままほっぽっといたけど、よかったの?」
「それでいい。”成果”を見つけさせるのも含めての依頼だからな」
見せしめや警告、或いは第三者への通知など外部に犯行を知らしめるために、仕留めた獲物をその場に放置することもままある。
今回の仕事はまさにその形だったようだ。
そんな仕事帰りの報告を終えたところで、華蓮がふと不満を漏らす。
「はーあ……最近、全然持ち帰ってくれないもんね。もっとたくさん届けてあげたいのに……」
場がしんとする。
誰も突っ込まない……はずだった。
同席していた構成員の一人が、うっかり口を滑らせる。
「……ちっ、この殺したがりの異常者が……」
空気が一瞬で凍りついた。
華蓮の笑顔が消え、ゆっくりとその男に振り向くと、瞬時にテーブルからティースプーンをひったくり男の眼球めがけて突きつける。
「……今、なにか言った?」
男は青ざめて硬直し、周囲は息を呑む。
寸でのところで止められたスプーンに力がこもり、殺気が放たれるその瞬間。
「──やめろ、華蓮」
低い声で割り込んだのは仲介人だった。
抑揚のない一言に、華蓮は舌打ちして空いていた椅子にどさりと腰を下ろす。
「しょうがないなぁ……わかったよ〜」
命拾いした構成員の男は、冷や汗で顔を濡らしながら震えている。彼もまたこういった組織に所属している以上、切った張ったの現場をいくつも経験してきてはいる。しかし、あまりに容赦なく無音で迫る殺意には肝を冷やすしかなかった。
仲介人はそんな彼をちらりと見やり、皮肉を口にする。
「ふん。命がけでそんなのをからかってみた気分はどうだ?」
男は何も答えられない。ただ必死に首を振るだけだ。
仲介人は冷ややかに笑い、静かに釘を刺す。
「二度と余計なことは言うな。次は俺でも止められん」
場に重苦しい沈黙が落ちる。
華蓮は膨れっ面でふてくされ、呆れたように肩をすくめる。
「まぁ、取り敢えず仕事は終えたんなら後はこれだけだな。ほれ、”ご褒美”だ。後は好きにしろ」
「は〜い。それじゃお仕事あったらまた呼んでね〜」
そう言って仲介人からそこそこの厚さを持った封筒を受け取ると、軽やかに華蓮は個室を後にする。
「……まぁ、気持ちはわかるさ」
そして仲介人は再び扉が閉まり、華蓮が部屋から完全に離れたところで口を開いた。
「普通の人間だったらどれだけ経験したところで慣れることはないし、いつまでも嫌悪感を引きずるものだからな。だから、ああいう手合を同じ人間と思うな。余計なことは何も言わず、何もしない。もしやらかしたとてアレを処分するには手間がかかりすぎる。」
それはこの仲介人という男の偽らざる本音だ。もしも華蓮が勝手な行動をすれば当然処断しなければならない。だが、最悪彼女を排除するとして、そのためにどれだけの根回しをし、手勢を集めなければならないのか。
それを考えれば、どんな異常者であってもうまいこと扱って仕事さえこなしてくれればそれでいい。
そういう結論に落ち着くのである。
(……運び屋の報告にあった妙な組織のこともある。アイツが、さらに余計なものに首を突っ込んで、いなければいいが……)
更に、出入りの運び屋からもたらされた不穏な報告。
日頃からイカれているとしか思えない肉の配達業以上に、狂っているとしか思えないようなことをやらかす組織との関わり。
いくら使える手駒とはいえ、次から次へと懸念を持ち込む華蓮に対しては、その扱いを考えあぐね始めていた。
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街から離れた山間の一角に、乱雑に広がる資材置き場、所謂ヤードに藤嶋はいつものように訪れていた。
様々な依頼人による荷物の持ち込みと集荷、その中継点となる場所でも有り、事あるごとに訪れてはいるが、この陰鬱とした雰囲気はロケーションのせいか、それともかすかに漂う血の香りのせいか──
「……相変わらずひっでぇ味」
その湿気りかけたインスタントコーヒーの酷さも相まって藤嶋の気分は最悪だった。
彼以外にもどこぞの組織が持ち込む”生物”の処理がしょっちゅう行われていたようで、その残り香に辟易する。
「おう、またせたな。全く、急に持ち込まれたもんで手一杯でな」
一体何を? と疑問が一瞬頭に浮かぶが、どうせロクなものじゃないし、聞いていいこともないだろうとそのまま言葉とともにコーヒーを飲み込む藤嶋。
加工屋もそんな無作法な依頼から解放され、ようやく人心地と言ったところのようで、リラックスした様相でそのまま汚れたカップに適当にコーヒーを入れポットの湯を注ぐと、藤嶋の対面にどっかりと腰掛ける。
「まぁ、喜べ。今回は無機物だ」
それを聞いて少しだけ心が軽くなった気がした藤嶋だった。加工屋は顎をしゃくって今回の荷物の場所を示す。
そこに積まれたのは小ぶりだが同じ規格に統一された小包達。
「え〜と、どれどれ? モデルガンにプロップ、模型、撮影小道具……相変わらず露骨な……」
隠す気のない荷札に書かれた物騒な羅列に思わず苦笑いする藤嶋。
これらの物品はおそらくは非合法な組織の事務所に放り込まれ、組み上げられて運用されることになるのだろう。
「その荷札については知らん。そして知りたくもない。まぁ、どこぞにおハジキ遊びが好きな奴らがいるんだろうぜ」
「種目は戦争ごっこって? 笑えないっすね」
相変わらず依頼で運ばされる非合法な品々。それがどこの組織の何の鎬か、そんなことは知ったところで何の得もないし、それどころか余計なリスクになりかねない。
知らぬが華とはよく言ったものである。
「そんで、ちょっと話は変わるんすけど、最近妙なモノ見たんすよ。なんか小綺麗な包で料理を送る連中がいるらしいんですけどね?」
そして次に話題に出したのは、あの妙な白い小包の話。
凛鈴の家で見た胡散臭い配送員と、持ち込まれた見事な料理。
もちろん口に入れるのも憚られる冒涜的な逸品だ。
だが、その話を聞くうちに加工屋はみるみると表情を固くしていく。
「……あの連中か。最近話を聞かなかったが、まだ残ってたんだな」
そしてうんざりするように吐き捨てた。
「やっぱり知ってます?」
蛇の道は蛇とはよく言うもので、長い裏稼業の経歴を持つ加工屋もその噂くらは知っているようだった。
「ま、都市伝説みたいなもんだがな。だが、それをお前に話すつもりはない。やってる内容を想像したら分かるだろうが、どう考えたってまともじゃないからだ。その場で変に勘ぐったり追求しないで正解だ。次に顔を見ることがあっても絶対に深入りするなよ?」
しかし、彼もまた多くを語るつもりも無いらしい。
依頼人に確認と報告を行ったときも同じ様に、沈黙されるだけだったからだ。
だが藤嶋が以前に聞いた話と料理のメニューから、その壮大な規模と高度にシステム化された内情が鑑みれる。
それだけで、関わっちゃいけないものなのだと彼の脳内に警鐘が響くのだ。
「……関わりたくもないっすよ、あんな異常者ども……」
曰く、素材を厳選できる。曰く、フォアグラの育成ができる。曰く、専門のスタッフが居る。曰く、その出来上がった料理の鮮度を保つための設備がある。
それらを秘匿し、更に料理を贈るにふさわしいユーザーのリサーチまで行っている。とても個人でできる規模ではないだろう
知れば知るほど薄ら寒いものが見えてくる謎の組織。自身も裏社会の住人ではあるが、それよりも尚深い闇の奥にある集団。
藤嶋はその警戒度を更に引き上げつつ、残ったコーヒーを一気に飲み干す。
「……これ、もう捨てませんか? 味が変すよ」
だが、その味の酷さに限界を感じた藤嶋は、ついそうこぼす。
「お? そうか? あ、賞味期限がとっくに過ぎてるな。捨てるか」
その言葉にコーヒーの瓶を検めた加工屋は、その日付が遥か彼方に過ぎ去っていることを確認すると、そのままゴミ箱へと中身をぶちまけた。
「……せめて飲む前に確認しとけばよかった」
既に飲み干した後に知らされた現実に藤嶋はがっくりと肩を落とす他なかった。




