第六十一話 忘れた頃の贈り物
凛鈴は料理が好きだ。作るのも食べるのも。そして誰かに食べてもらうのも。
ただの肉塊が調理の手法によって様々な表情を描き出し、生み出された調和がその時々に合わせた喜びと驚きをもたらしてくれる。
それらの歯車が噛み合ったとき、出来上がった料理を食せばそれは無上の喜びと言っても差し支えがないだろう。
だが、その歓喜を味わおうにも、元手がなければ話にならない。
すっかり隙間の増えた冷蔵庫は未だに満たされる気配がない。
せっかく届いた肉も長期保存用や加工用でいくつかが熟成庫へ回されていることもあって、未だ消費が共有を上回っている状態だ。
「ほんと、いつも絶妙なタイミングなのよね。助かるわ」
そんな中、この日も新たな肉の供給が始まった。
「ちょっと臓物がいくつか少ないけど、大きさ的には十分ね。ただ、少し脂肪が乗り過ぎかしら? 大きければいいってものでもないのだけれど……」
やはり肉が届くのはいつでも嬉しいのか、饒舌にその仕上がりを吟味していく凛鈴。
「あら? 今日はロットが一つじゃないのね? 随分大盤振る舞いじゃない。もう片方は……大分欠損があるようね? 変なモノが混じってなければいいけど……」
一通り並べてみると、部位に偏りがあることが分かるが、それはそれとして少し多めの供給は嬉しいらしく、満面の笑みを浮かべてその肉を迎え入れるのだった。
「……そういう情報は聞きたくなかったっすね……」
反対に、そんな肉から見えた補足情報に渋面を浮かべるのは運び屋の藤嶋晃だ。
彼は、肉の出どころ自体は知っているが、その個体の素性はもちろん、それをどこで誰がどのようにして仕留めたかなどという細かな事情は知らされていないし、本人的には知りたくもない情報だ。
凛鈴の見立てでは、枝肉が派手に欠損しているようなので、ろくなものではないのだろう。
とは言え彼の仕事はそれを言われた場所から指定先まで運ぶことだけだ。
その荷物の正体などは知ることはないし知ってはいけない。
そしていつもの日常である肉の仕分けも終わりかけた頃、再び呼び鈴が鳴り響いた。
「あら? 他に予定あったかしら?」
「……またお隣さんなんじゃないですかね?」
できればお裾分けは止めてくれ、そんな言葉を飲み込みつつ藤嶋は凛鈴と顔を見合わせる。
しかし、1度目の呼び鈴の後は特に動きもなく、しばらくした後に再び呼び鈴が鳴らされた。
この反応から、来訪者は隣人でもなければ最近入り浸っている華蓮でもないことが分かる。
「……ほんと、なんなのかしら?」
取り敢えず、でてみないことには何もわからないので、凛鈴は玄関まで赴き扉を開くことにした。
「おひさしぶりです、羽鳥凛鈴様」
「あら? 忘れた頃に現れるのね」
「予測できる来訪より、不意を突いたほうが驚きも感動も一入かと、とは依頼主様の言でございます」
ドアの前に立っていたのはよくある配送業風の制服にわざとらしい仕草の男。胡散臭い笑みを浮かべた、いつかの配達員だった。
「え? 誰?」
思わぬ訪問客に狼狽えるのは藤嶋だけで、凛鈴はそんな得体のしれない相手でも普段通りの対応だった。
「例によって受け取らないという選択肢は?」
「ございません。今回もお気に召すかと存じます」
そういって差し出される小包。今回もまた真っ白で清潔感のある箱に、わざとらしく貼られた荷札という、ごく普通の贈り物。
「ふふ、それならありがたく頂戴するしか無いわね。そちらの料理は私とは解釈が違うけれど、悔しいことに味は本物なのよね」
「そう言っていただけるなら恐縮です。それではまた」
そして短いやり取りにとどめて新たな来訪者は直ぐに踵を返し去っていく。
凛鈴はドアを締め、受け取った荷物を改めて確認すると、それはいつものように冷蔵か冷凍のパックでひんやりとしており、以前よりは大きめの箱に収められているようだった。
「……もしかしてあれですか? いつだったか謎の料理が届けられたっていう……?」
「ええ、そうよ。手の込んだ、一流の料理人が手掛けているのは分かるのだけれど、それ以外はさっぱりな、ね。」
そう話しながら早速開梱していく凛鈴。
「あら、これは……全く、単なるプレゼントなのか、それとも挑発してるのか……」
開かれた箱には綺麗にパッキングされた少し大きめのパイが鎮座していた。
例に漏れずメッセージカード付きで、「包み隠さぬ美味は、包んでこそ映えるもの」と記されている。
「手間も時間もかかる上に、技術も必要。全く、いい性格してるわ」
その伝言に呆れるように言い捨てる凛鈴。しかしその表情はむしろ期待に満ち溢れている。
それは料理の味に対してか、それともこの挑戦に対する自信からか。
「……怪しい料理、ってことはあれっすよね? うげぇ……」
普段の凛鈴の料理でさえも拒否反応のある藤嶋からすれば、ここまできれいに整えられた状態というのは狂気の沙汰にしか見えない。思わずえずきかけ、声が漏れる。
以前聞いた時は管理の行き届いたフォアグラだったという。それだけでも気味が悪いのに、今度は更に手間のかかった職人芸のようなモノである。
噂通り、凛鈴と同じ趣向を持つものが他にもいるという、信じたくない現実を突きつけられ、藤嶋はその顔を青くするしかなかった。
「それにしても、結構食べでがありそうね。多分もう少ししたらあの娘も来るだろうし、せっかくだから貴女も食べていかない? きっと美味しいわよ?」
そしていつも通り、食事への誘いが始まった。凛鈴としても、この料理の味は保証できるし、自分以外にも素晴らしい料理人がいる事を知らしめたい、という思いもある。
同好の士が増えることも歓迎であるため、いつになく強めに藤嶋を誘った。
「……いえ、仕事中ですので……というか急用ができました。ちょっと他と相談とか報告とかに行かないと……」
しかし、藤嶋も負けじといつも以上に強めに断り、そそくさと部屋を後にした。
確認の取れていなかった謎組織の確定情報は流石に手に余るため、依頼人や自信の仕事仲間に聞き込みをしておきたいという心情である。
「そう、残念だわ。もし残りそうだったら残しておくから、楽しみにね」
そんな彼にとっての絶望的なメッセージは、当人には届くこと無く、ただ虚しく響くだけだった。
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