第五十九話 育てる時間、箱庭の饗宴
熟成を伴う加工肉、その過程において手入れが必要になるものは、さながら育成と置き換えても差し支えないのかもしれない。
しっとりと湿った、キッチンペーパーをパンチェッタから剥がして、新たに巻き付けたり、生ハムを保管している熟成庫の風通しや温度を調整したり、サラミやジャーキーの乾燥具合を調べたり……
手間を掛け、じっくりとその過程を愛でるように観察し、出来上がりに思いを馳せる……
ここ最近、凛鈴の日常に加わった新たなルーティーンだった。
正確には、以前もやっていたことではあるが、一度在庫が捌けてしまったため、ここしばらくはそれが出来ずにいた。
まだまだ肉は少ないが、それでも徐々に凛鈴の元へと届けられているため、ようやく普段の食事だけでなく、手の込んだ加工肉にも手を出せるようになった。
「へぇ〜、お肉の手入れも大変なのね」
そんな凛鈴の様子を見て感心している華蓮。美味しい肉料理にすっかり釣られて、ここしばらくは入り浸り気味である。
そしてもっぱら食べ専でもあるため、凛鈴の細かな調理やその工程に驚くばかりである。
凛鈴の言う簡単な料理でさえ、ブロック肉から正確な厚さと均等な大きさで切り出されていくのだ。
そこからも火加減やスパイスの量、塩加減など華蓮にとってはどれも未知であり難易度の高い行程である。
「ふふ、だからこそ出来上がったときの感動もひとしおよ」
凛鈴としては、何をしても驚かれ褒められるので、なんとも調子の狂う話だが、華蓮は自身が食べていた様々な料理の、その出来上がる過程すら知らないものが殆どだ。
そこにどれだけの手間と情熱が掛けられているかを知って、ますます美味しい食事にこだわるようになっていた。
華蓮にとっては美味な食事は仕事の報酬のようなもので、以前面倒を見てもらっていた時は普段は食べないようなファストフードやファミレスなどでの食事が許され、正にご褒美としてそれを楽しんでいた。
今までであれば、料理など店で頼めば出てくるもので、作り手の研鑽した技術やその手間などには興味も無く、ただ供された物を食し、その味に一喜一憂するのみだった。
しかし、華蓮は凛鈴の調理する姿を見て、仕事終わりのご褒美にはここまでの手間を掛けられていたのだと知り、より一層その報酬に喜びを感じるようになった。
とりわけ、凛鈴の調理に至っては自身が手を掛けたであろう獲物も多分に混じっている。
それが自身の仕事の出来を更に評価されているようで心地が良かったのだ。
自分にとっては何でも無いモノが美味な料理に変わる、そんな手品のような芸当を何でも無いようにこなして見えるため、より一層凛鈴へと心酔していった。
「楽しみすぎて、我慢できるかな〜? 今すぐにでもかじりつきたい……」
「流石にお腹を壊すわよ。そうね、あの料理はまだまだ時間がかかるけど、これならそろそろ食べられるかもしれないわね」
そう言って取り出したのは、すっかり乾いて色も黒ずんだドライソーセージの束だった。
時間を掛けて乾燥させたとに燻製し、再び乾燥とこれも時間を欠けた逸品たちだ。
「さらに、このあとのご飯にもいろんなお肉を用意するわ。なにか食べたいものはあるかしら?」
「いいの!? そしたらね、ソーセージとハンバーグ! あと唐揚げ!」
「ええ、いいわよ。ならベーコンも付けてあげる」
「やった〜! リズリズ、ありがと〜!」
凛鈴にとっても、料理のリクエストを受けるというのは新鮮な体験だった。
しかも華蓮はいつでも出来上がった料理を美味しいと言ってくれる。というか美味しいとしか言わないが、別に凛鈴も評論家のような細かな食レポなど求めてはいないし、華蓮がその料理を好いてくれて、それを喜ぶなら何だっていいのだと考えている。
そんな華蓮に対して凛鈴は充足感を抱くようになり、彼女のために腕によりをかけていくのだ。
普段の肉の一部は華蓮が仕留めたものの成れの果て。その感謝も込めて。
−−−
「いっただっきま〜す!」
昼時に供されたメニューは華蓮のリクエスト通り、バンバーグのプレートにウインナーとベーコンが添えられ、別皿にサラミの盛り合わせ。
一も二もなく料理にフォークを突き立て齧り付く華蓮。
「こんな贅沢が自分のご褒美になるなんて夢見たい!」
その感動を全身で表現するかのように食事を進めていく。
そんな華蓮の様子を眺めながら、自身の料理をナイフで切り分けながら口へと運ぶ凛鈴。時にサラミを肴にワインも嗜む。
各々対称的な仕草で料理を堪能し、各々に舌鼓をうつ。
これもまたここ最近の日常風景となってきた。
二人のだけの空間、二人だけの時間。その空気感がゆっくりとまどろむように流れていった。




