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第五十七話 待ち人来たり、されど渇望

 ここの所不意な訪問者が多かったが、この日は久しぶりに来訪が告げられた客が来る。

 待ち切れないと言わんばかりに凛鈴(リズ)は玄関前でその時を今か今かと待ちわびていた。

 

 そしてようやく、待ちに待った呼び鈴が鳴る。

 

 その余韻が消えるよりも早く、凛鈴は扉を開け放った。

 

「待ってたわ! さぁ、お肉を頂戴!」

 

「ちょ!? えぇ!?」

 

 そしていつも以上に激しく向か入れられた配達人は、ただただ戸惑いながら部屋に引き込まれるだけだった。

 

 半ば強奪するかのように段ボールの山も部屋の中へと運び込まれ、乱暴に開墾していく。

 

 その鬼気迫るような勢いに、配達人の藤嶋(フジシマ)(アキラ)は気圧されながらも何とかいつもの業務をこなしていく。

 

「あれ? いつもよりゴミが多くないですか? 一体何やったんです?」

 

 そんな中、ふと気づいたのはゴミの量だ。骨やら一部の皮やら筋やら、非可食部位の他に、端切れや食べ残しのようなものも散見され、いつもと異なる様相に思わず疑問の声が出た。

 

「えぇ、先日お隣さんやあの娘を招いてパーティーをしたのよ。沢山のお肉をみんな美味しいって褒めてくれたわ」

 

 そしてその理由を事も無げに話し始めた凛鈴。その時のことを思い出したのか、その表情は心無しか恍惚を帯びているようにも見える。

 肉の味か、それとも同じ肉好き同志での集まりに味をしめたのか。


(え〜……相変わらず何してんのこの人……)

 

 そんな内心が危うく外に漏れかけるが、それを何とか飲み込みつつ、何とか言葉を吐き出す藤嶋。

 

「……出どころが出どころなんで、あんまり他に出さないでくれますかね……?」

 

 それだけ絞り出すのが精一杯である。もっとも、それを言われた当人はきょとんとするだけで、

 

「あら、どうして? 美味しいお肉はその良さを分かち合わないと」

 

 悪気もなくそう言い放つ。

 

「そのためにはもっと沢山のお肉が必要なのよ。コレじゃ足りないわ」

 

 この日の段ボールは全部で5箱。珍しいことに競合の多い臓物などの希少部位もすべて揃った贅沢な状態で納品されている。


「いや、いつも通りの量っすよ?」


 そして一人で食べるなら、と言いかけて思わず口を噤む。この肉達は藤嶋にとっては”食べてはいけない、食べられない”ものだ。

 また、加工担当からは”ロスの出ないように丁寧に手掛けた”などという聞きたくもない話も聞かされた藤嶋に取って、コレは少ないと言われるような量ではない。

 実際、箱数だけでなく重量もそれなりだ。表に出せない証拠物品でもあるため、運ぶだけでもリスキーなのに、それを少ないと言われたら困惑するしか無いのである。

 

 だが、冷蔵庫に収めてみれば、まだまだ空きがあるのも確かだ。一頃のようにあふれるほど、という状況からは程遠く、それが凛鈴にとっては気に入らないらしい。

 

「それに増やせと言われてもどうしようもないですよ。これを何処から調達しているかくらいわかるでしょう?」

 

 そんな不満そうな凛鈴に何とか諭すように言い聞かせるしかなかった。

 

 物足りない、しかし彼の言うことも確かにその通りだ。

 過去に何度か追加を催促したことはあったが、その答えはいつも「少し待て」で、直ぐに対応されたことは一度もない。

 そしてひとりで調理し、一人で食すのであれば十分過ぎる量だ。

 なので結局は我慢するほかはないのだろう。


 だが、心の奥底では思ってしまう。──これでは足りない。

 彼女を喜ばせるには。皆のあの笑顔をもう一度見るには。

 皆をもてなし、この肉の価値を証明するには。

 もっと、もっと、必要なのだ。

 

「……ふぅん、なら仕方ないわね。それで次はいつ来れそう?」

 

 どうにもならない現実を仕方無しに受け入れ、そして次の予定へと切り替え、藤嶋に問いを投げかける。

 

「それも未定です。というか、俺は知りませんよ、そんなの。予告配達なんてしたこともないですし」


 実際、凛鈴に配達予定を伝えているのはまた別の人間だ。藤嶋はあくまで、指定された日に決められたものを依頼された場所へ運ぶだけだ。


「……そう……なら仕方ない……」


 そして、肉の量を増やすことは叶わず、それならせめて次の配達を楽しみに乗り切ろうとした意図もあっさりと裏切られた凛鈴。

 肉の届いた日にしてはありえないほど意気消沈し、藤嶋を困らせる。


「そんなに落ち込まなくても……まだ冷蔵庫に残りはあるし、今日の分でも結構中身入ったんだから切り替えましょうよ……」


 そんなあまりの落ち込み様に藤嶋は思わず慰めの声を掛けてしまう始末だった。


 彼にとっての凛鈴は、普段の食性や、大人っぽい時と子どもっぽいときの仕草のギャップが凄まじく、あまり人として見れないところもあったが、流石にここまでへこんだ姿は放っておけなかったようだった。


(う〜ん、なんというか……こうしていると普通の女なんだよな。いや、女としての面影があるのが厄介か、この場合)

 

 そんな益体もないことを考える。

 

「……せめてお肉食べて元気だそう……」

 

 しばらく落ち込んだ後、何とか立ち上がる決心がついたのか、凛鈴はよたよたと冷蔵庫まで進み、中身を吟味し始める。

 

「取り敢えず切り落とし……元気が出るならガーリック? それとも生姜焼き?」

 

 そして、物騒なひとりごとが聞こて来たところで藤嶋は急いで部屋を辞することに決めた。

 

「……元気が出たようで何より。それでは、自分はこの辺で……」

 

 いそいそと荷物をまとめ、ゴミを集め、早急に撤収を始める藤嶋。なぜなら──

 

「折角の景気づけなのだし、よかったら一緒にどう?」

 

 ──食事に誘われるからだ。

 

「いえ、急用を思い出したので、これで失礼します」

 

 なので当然のようにコレを断り、逃げるように彼は部屋をあとにした。

 

「……ん〜、残念。美味しく作ってあげるのに」

 

 彼女の料理は、皆が喜んで食べてくれていた。ならば、彼もきっと喜んでくれるはず。

 本人の気も知らずにそんな事を考えながら、自分だけではなく誰かに味わってもらえるよう、より一層の気合を入れてこの日も料理に取り組むのだった。

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