第五十六話 未来の肉を待ちわびて
日差しの降り注ぐ小さな庭の片隅に、パラソルの下で優雅にグラスを傾けながら、彼女は一点を見つめていた。
その目線の先にあるのははただ目の前の状況だけではなく、ゆっくりと煙の上る小さな箱。その中に収められた肉の熟成。そしていずれ出来上がるであろう収穫物のその味わい。
凛鈴はその遠くないであろう未来を見据え、その完成図を肴にワインを煽っていた。
シーセージにベーコン、サラミにジャーキー。しっかりと燻製、熟成させその旨味を蓄えて解放する日を心待ちにしながら。
もちろん、座して待つ調理だけではなく、普通にじっくりと焼いている肉もグリルには並べられている。
各種スパイスを使い分け、風味に変化をもたせた肉塊たちが所狭しと載せられ、その肉汁を滾らせている。
普段の食事用肉の調理と長くゆっくり楽しむための加工肉の調理、その両方をこなしていかなければならないのが辛い所であり、そして楽しことでもある。
そんなふうに自重しながら、時折焼き上がった肉を摘みつつ、ワインも進む。
「あ、羽鳥さんこんにちは! この前はありがとうね! なんかまた美味しそうなの作っているわね?」
凛鈴がそうしてゆったりとした昼下がりを堪能していると、隣人の野崎沙那が顔を出してきた。
「ええ、こんにちは。そうね、この前のパーティーで少しお肉の備蓄が寂しくなったものですから」
「あら、そうだったのね。でも大丈夫よ〜、この前のお肉、まだ残っているもの。やっぱり羽鳥さんのお肉ってなんか違うわね〜。飽きが来ないっていうか」
先日の庭での肉パーティーでは、野崎家の面々も、コレでもかというくらいに肉を堪能していった。
さらにそれだけでは飽き足らず、いくつもの出来上がった料理を持ち帰っている。
そして、どうやらそれらはまだ消費しきれていないらしく、沙那にしては珍しくお裾分けの催促がなかった。
そして凛鈴の調理の技術の高さか、それとも肉の特別性が、未だ飽きることなく食べ続けている。
「ふふ、そう言ってくれるなら、あのお肉たちも喜んでくれそうね。また新しいお肉が届いたら、何か作って分けるから、お楽しみにね」
相変わらず肉の在庫は少ないが、それでも沙那が求めたら、今この場の料理たちを分けることも吝かではないだろう。
沙那もまた凛鈴の肉と料理を喜んで受け止め、それを褒めてくれるかけがえのない存在と認識しているからだ。
近い内にまた肉は来る。ならば、その肉もまた全霊を込めて調理して振る舞おう。そんな事を凛鈴は密かに誓った。
「そう言えば、あの人……神谷さんだっけ? なんか不思議な人だけど、どんなつながりなの?」
そして不意に、話題は肉から華蓮へと移った。
あの夜、共にパーティーへと参加したのだが、その食べ方やマナーはお世辞にもいいとは言えない。
以前、沙那が見た凛鈴の食事マナーはとても整っていた。
カトラリーの使い方から細かな所作に至るまで、あまりそういったことに詳しくない沙那ですら見事なものと感じるほどにはキチンとしていたように思える。
ファッションに関しても、クラシカルなドレスを着ている凛鈴に対してギャル風なスタイルで現れた華蓮は、まさにま反対なタイプに見える。
少なくとも日常の中に接点があるようには思えなかった。
「あぁ、彼女は人からの紹介なのよ。いつものお肉を仕留めてくれる、そういう意味では肉友? かしらね」
実際に凛鈴は目にしたことはないが、そういうものだと紹介されたときには聞いている。
時折、仕留めた獲物と共に現れたり、或いはその一部を持参したりと中々にワイルドな仕草を思い出して思わずクスりと笑みがこぼれる。
「仕留めるって、猟師か何か? 人は見た目によらないわね〜」
「ふふ、そんなようなものね。腕がいい狩人なのだとか。食べっぷりも含めてとても好ましく思うわ」
そして何より、凛鈴の料理をいつでも美味しそうに頬張り、その感想を素直に聞かせてくれるところもまた、彼女にとっては愛おしく思えるところである。
「へぇ~、人は見かけによらないわね〜」
そしてもちろん、華蓮の狩る獲物が何なのかは伝えることはない。
沙那も普通に鹿や猪だろうと勝手に目星をつけている。普段スーパーで買える肉とは明らかに違うことは分かるのだが、相変わらずその正体までには興味がない。
「近い内にまたお肉が届くし、彼女も割とよく来るから、よかったらお肉の感想を教えてあげてね」
「それとそうね。でも、そうならそうと言ってくれたらよかったのに」
あのパーティーの肉のほとんどが華蓮の仕留めたものなのだとしたら、立派な立役者だ。
マナーだのなんだのと敬遠などしなければよかったと、少し自身の決めつけによる偏見を恥じた。
「今日はまだお肉が少ないけど、次の配達がとても楽しみになるわ。そのときはまた貴女も呼ぶから、その時はよろしくね」
「ええ、ありがとう。楽しみにしておくね」
肉の焼ける匂い、燻すための煙。
芳しい匂いの広がる庭でまた一つ、小さな約束が交わされる。




