第五十五話 ”仕事”と”ご褒美”
獲物を狩る、というのはいくらかのシチュエーション違いはあれどやることは結局同じだ。
入り組んだ繁華街の路地裏を逃げ惑う獲物と、それを追い立てる黒服の男たち。
執拗に、狡猾に、そして確実に。仕留めるポイントへと追い詰めていく。やがて人目につかず監視カメラも無い一角へと追いやられた、標的となった人物はその場でうずくまり懺悔の声を上げる。
「すいませんでした! 出来心だったんです! 勘弁して下さい!」
もはやできることは命乞いしか無く。しかし、それを聞いたところで追跡をしてきた男たちにはそれを聞く権限も無い。
そして不意に、無様に這いつくばる男に近寄る影があった。
雑居ビルの隙間をパルクールめいたアクロバティックな動きで彼を追っていたもう一人の追跡者。
彼女はそんな男の横に降り立つと同時に首の神経節に刃物を突き入れ、その生命を刈り取る。何が起こったのかは殺された当人にもわからない。
「はい、おしまいっと。運び出しは誰?」
「……いや、今回はこの場で、だ。ご苦労。後は頼むぞ」
倒れた亡骸を余所に、ここまで走ってきていた男たちに問うのは神谷華蓮。
その後処理をどうするのかと問歌直後に、新たに現れたホームレス風の男が答える。そして入れ替わるように黒服の男たちが再び路地裏へと走り出す。先程の追跡劇がまだ続いていることを演出するためだ。
鬼ごっこの鬼が逃げ切ったと誰かが証言すれば、ここで出来事は露見しなくなる。
そして残された華蓮と男が一人。
「まぁ、悪くない手際だな。あいかわらす容赦がない」
倒れた亡骸の刺傷を検め、血が流れないように抑えつつ、男はその手際を褒める。
「でしょ? それよりさ、もうちょっと仕事増やしてもらえる?」
「なんだ? 欲しいものでも出来たか? だが駄目だ」
仕事の出来に関して、華蓮は何でも無いように答え、そしてちょっとした我儘を口にした。
いつもと違うその反応に、男は怪訝そうに華蓮へと聞き返しつつ、その願いを一考だにすること無く却下する。
「えぇ〜? なんで即答するかな〜?」
「当たり前だ。この仕事はお前一人のものじゃない。数をこなせばいいってものじゃないし、そもそもそんな頻繁にある仕事でもないだろうが」
「う〜ん、折角のご馳走が……」
無下もなくあっさりと否定された自身の小さな約束と、ご褒美となる美味な食事が遠のくように感じて華蓮は意気消沈する。
男はそんな様子にため息混じりで言葉を続けた。
「……お前が何を求めるかは勝手だが、こっちにも都合ってものがある。あんまり張り切られても迷惑だ」
先程の手際も然り、全てが分業化されているのだから、一人が張り切ったところで意味はない。
更に言えば、獲物を狩るのは何も華蓮一人でもないし、そもそもそんなに頻繁に”狩られるべきモノ”が現れるものでもない。
標的として狩りに掛けられるのはあくまで最終手段であって、殆どの場合はそこに至る前にケジメとして落とし前は付けさせられている。
誰彼構わず狩っているわけではないのだ。
「……橘さんに相談しても」
「駄目なものは駄目だ。いくらあの人であってもそこは変わらんだろうよ。わかったらいい加減大人しくしてくれ」
「むぅ、仕方ないな〜」
尚も食い下がるが結果は同じで取り付く島もない。
仕方がないので、渋々ながらも引き下がる華蓮だった。
「……くれぐれも依頼以外に狩りをしてくれるなよ? もしやったら、その時はお前が標的だ。覚えておけ」
「わかったってば〜、依頼の分はしっかりやるから、まぁ任せてよ」
その態度が気に入らない男は尚も釘を刺す。あくまで仕事上の付き合いではあるが、そんな子飼いが余計なことをしたのでは自身の面子に関わる。
「それでいい。お前は与えられた仕事だけをこなせ。さあ、分かったら行け。ここからは俺達の仕事だ」
「はぁ〜い。それじゃご褒美期待しているからね」
そうして軽い調子で華蓮も男を一人残してその場を後にする。
おそらく更に雑用のスタッフが集まってあの遺骸をどうにかするのだろう、と。
そしてそれを知ってはいるが、関わり合うつもりもない華蓮は素直に従うのだった。
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「ってわけでさ〜、リズリズにお肉たくさん届けるの、まだまだ先になりそうなんだよね〜」
明くる日、彼女は軽口混じりに愚痴っていた。
「……なんでそれを俺に伝えるんですかね?」
そんな彼女の横には運び屋の藤嶋晃。いつものように荷物を受け取り、配送していた中に華蓮に捕まり、気づけば助手席で我が物顔をして座っている。
(配送ルートとかどこで知ったんだ? 色々やばすぎるだろ……)
本来であれば余計なトラブルや仕事内容が露呈しないよう十二分に注意を払って取引を行っている。
顔を合わせるのは決まった人員だが、受け渡し場所はもちろん、受け取る荷物も一つや二つではないため、ルートも常に変動する。当然そのルートを知っているのは藤嶋のみで、仕事内容を報告はしても、そのルートまでは明かしたりはしない。
にも関わらず、華蓮は何故か藤嶋の車へとたどり着き、配送途中で乗り込んできた。
「……それと他の系列の業務内容とか聞きたくないんで止めてもらっていいです?」
余計な秘密を知りすぎたところでいいことなどありはしない。
なので、適当なところで会話を切り上げる。
「え〜? 折角だし、リズリズのところまで送ってくれてもいいじゃん」
どうせ目的地は一緒なのだろうと当たりをつけて、乗り込んできたようで、タクシー扱いにげんなりする藤嶋。
「……今日はチルド便ないんすよ。届けるのは船便扱ってる会社なの。ちょっと遠乗りなの。だから降りてくれ、頼むから」
乗り込まれてからずっと世間話につきあわされ、愚痴を吐かれ、その間車は停まったままだ。
そして藤嶋の取引相手はいつもの組織だけではない。亡骸やその残骸以外にも運ぶものは多く、この日はどこかで解体された人気車の部品やら何やらが詰め込まれた段ボールだ。
小口を掻き集めて、そのまま船便に突っ込む業者なんてのもいる。
盗んだのはいいが手に負えなくなって、適当に解体されたものを運んでいく。今回はそんな依頼の最中だ。
「え〜? それじゃ意味ないじゃん。時間損した〜」
そしてそんな現実を聞いた瞬間に、華蓮は即座に車を降りその場を去っていく。
「……いや、マジで何なんだよ……」
残された藤嶋はその場で呆然とするしかなかった。
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「ご褒美もお肉も無しか〜。どうしよう? リズリズのトコ行ったらお肉食べさせてくれるかな?」
当てが外れた華蓮は一人行く先もなく街を歩く。
気づけばあのすっかり見慣れた古アパートまでの道なりいて、そんな自分に苦笑した。
”ご褒美のごはん”という”報酬”。それが華蓮の行動理念であり、仕事に求める対価だ。
だが、最近はあまり食べに出ることも無くなった。
ふと昔を思い出せば、仕事の後にファストフード店やファミレスに連れて行ってもらった思い出が頭をよぎる。
その味が特別だったのか、それとも”ご褒美”という体験そのものが嬉しかったのか、そういった経験で”美味しいもの”の概念は知ったが、未だに自分の”好きなもの”というものは今でもよくわからない。
凛鈴は事ある毎に華蓮を褒めた。その食べっぷりや素直に「美味しい」という感想を述べる所、時には自分で食べたい肉を自分で持ってくるという前のめりな欲求もまた、凛鈴にとっては人から求められているという実感が得られており、好ましいと感じている。
そして普段は社交辞令以上に人から褒められることのない華蓮も、小さなことでも褒められるのが嬉しく思い、箸やフォークの使い方もいちいち指摘されず、わがままを言ってもいやあ顔一つせずに聞いてくれる。
先日のパーティで殆ど空になってしまった大きな冷蔵庫のように華蓮もまた空虚な気分で、けれども明確な足取りで歩き続けるだけだった。




