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第五十三話 余韻と空虚な冷蔵庫

 夜も更けて、食が進んでも未だ肉の供給は止まらない。

 焼けた肉がグリルか鉄板から避けられれば即座に次の肉が焼かれはじめ、皿の肉が食された次の瞬間には絶妙な焼き加減で調理された肉が載せられる。

 シンプルな焼き肉、タレ焼き、趣向を凝らした本格的なベーコンやバーベキュー、少し変化球でソーセージやハンバーグなども焼かれ、箸休めにはスライスしたてのプロシュート。

 この肉尽くしの肉の饗宴を主催した凛鈴(リズ)は、自身も肉の味を楽しみつつ、他の面々の美味しそうに肉を頬張る姿を眺めて満足そうに笑みを浮かべていた。

 

「ふぅ、流石にもう満腹だな」

 

「そうね〜、コレだけ食べたの、久しぶりだわ〜」

 

 だが、肉の量はかなりのものだったことも有り、如何に大の大人であっても、その許容量は限界に達しつつあるようだった。

 充足を越えた満足感に隣人の野崎(ノザキ)沙那(サナ)雄馬(ユウマ)夫妻もすっかり手が止まり、用意された酒類をチビリチビリと飲む程度に落ち着いている。

 始終無邪気に肉を貪る勢いだった娘の梨那も既に満腹による睡魔に襲われベンチで横たわっていた。

 

「沢山のご馳走、ホントにサイコー!」

 

 そんな野崎家とは対称的に、未だに勢いが衰えない華蓮(カレン)は、早速焼き上がった凛鈴特性のソーセージにケチャップとマスタードを掛けてその味を堪能していた。

 

「いや〜、よく食べますね……自分はもういっぱいですよ」

 

「えへへ〜、食べれる時に食べておかないと、次はいつになるかわからないからさ〜。昔からのクセでついね〜」

 

 その様子に雄馬は思わず問いかけるが、彼女は食事の手を止めること無く、こんな言葉を返してきたのだった。

 

「そうなんですか〜、いや〜面白い人だな〜」


 だが、そんな華蓮の言葉は酔も手伝ってか冗談として流された。

 現代日本で食事が不確定な状態というものを想像できなかったこともあるが、せいぜいが自分たちのように普段は粗食でここぞというときに大盤振る舞い、或いはご相伴に預かるという程度のものと判断して。


「ふふ、ありがと〜」


 そして華蓮も別にそれは否定せず、そのまま手にしたフランクフルトに齧り付くのみだった。


 ---


 その後、用意された大量の肉の山は見事になくなり、グリルの火も徐々に落ち着き、空になった皿とそこに僅かな骨が残るだけとなったころ、ようやくパーティーも終宴となる。


 野崎家には焼き上がった肉を保存容器に詰め、しばらくは肉に困ることのないほどの量を渡しで解散となった。


 凛鈴は残った肉を摘みつつ食器を片付け、グリルを掃除のためにバラし始める。


 華蓮も残されたゴミをまとめて、凛鈴の手伝いをしている。


「ふぅ〜、いっぱい食べた〜。リズリズ、今日はありがとうね」


「どういたしまして。ところでずっと気になっていたのだけれど、リズリズって?」


「ん〜? なんか他人行儀なのも変だし、折角だからあだ名っぽく呼んでみたくって。そういうのやったことなかったらなんとなく。嫌だった?」


 凛鈴も華蓮も、あまりまともな幼少期を送ってはいない。当然、ごくありふれた友人関係というものも経験などしたことはなく、おぼろげな知識として知っているだけである。


「ふふ、なんかいいわね。楽しそうで」


「でしょ? だからリズリズって呼ばせて!」


「ええ、かまわないわ」


 静かな庭先の小さな対話、小さな企み。子どものいたずらのように、だけども初めての経験に二人してクスクスと小さく笑った。


 ---


 彼女らの後見人から、似たような存在として紹介された際には明らかに異質なものであるとお互いに認識していた。

 その後は特に凛鈴は興味もなく接触はなかったが、華蓮は逆に凛鈴に対して強烈な好奇心を抱く。

 日頃から娯楽などにそれほど強い欲求も無く、食に関しても自分からその良し悪しについて求めることのなかった華蓮。

 そんな華蓮とは反対に、食に対しての確固たる基準を持ち、嗜好を追求している凛鈴。

 彼女が普段体感している美味とはどんなものなのか、そしてどんな考えでそれらを追求しているのか。


 自分も共有してみたくなったからこそ、無理を押し通して凛鈴への再接触を図った。


 そして、華蓮は知る。自分のためだけにされた調理と、その暖かさに驚いた。

 そこからはまるで転がり落ちるように凛鈴への興味と料理の虜となる。

 事ある毎に押しかけ、その料理で腹と心を満たし、ときには我儘も言う。

 それでも凛鈴は文句一つ言わず、笑顔で華蓮を受け入れてくれた。

 普段であれば箸の握り方、フォークの使い方で小言を言われることもあるが、凛鈴はそんな事を気にしないし、好きなように沢山食べさせてくれる。そんな関係だから彼女は凛鈴のそばが心地よく、そして心置きなく感じていた。

 

 一方の凛鈴はと言えば、ここまで積極的に自身の料理を求められたことはなかった。

 今現在であれば、彼女と華蓮以外ではお隣の野崎家くらいしか食すものはいなかった。


 配達員の男は何度誘っても断られる、後見人をしている橘は料理の話をすると物悲しそうに首を振るばかり。


 反対に沙那は、凛鈴の持つ特別な肉を美味しい美味しいと食べて、他とは違うとその違いにも敏感であるようなこと言っていた。そのため凛鈴も快く肉や料理を分け与えてきた。

 

 だが、華蓮の様な更に踏み込んだ、勢いのある求められ方はされたことがなかったため、凛鈴にはその様が新鮮に見えた。

 

 しばらく華蓮の訪問に合わせて食事を提供してきたが、一心不乱という言葉通りの食べっぷりに最初は驚いたが、屈託無く笑顔で料理を褒められるのは悪くない、そう感じるようになり提供する喜びを完全に自覚した。

 一緒に食べるのも、心の奥底で無意識に感じていた孤独感を紛らわせる事を求めた結果である。

 

 ---

 

「あらあら、すっかり寂しくなったわね」

 

 あらかた片付けも終わり、火の気と人気の無くなったパーティ会場を眺めて一人呟く凛鈴。

 

「そだね〜。でも、またやったらいいじゃん。リズリズのお肉、もっと食べたいし」

 

「ええ、私もあなたにもっと食べてほしいもの。美味しい料理、まだまだたくさんあるわよ?」

 

「今から楽しみ〜」

 

 そんなやり取りに俄然やる気が湧いたところで、凛鈴は改めて冷蔵庫を開く。

 新たな輪スピレーションが得られれば、と考えて。


「あら、こっちも随分と寂しいわね」


 普段は溢れんばかりの肉でぎっしり詰まっているはずの巨大冷蔵庫。だが今はぽっかりと隙間が目立ち、冷気ばかりが虚しく漂っている。

 凛鈴の視線がわずかに沈む。その横で、華蓮は満腹の腹をさすりながら笑った。


「ふふ、大丈夫。わたしがまたたくさん仕留めて、いっぱいにしてあげるわ」


 約束めいたその言葉に、凛鈴は小さく微笑んだ。けれどその笑みは、蛍光灯のちらつく白い光に溶け、どこか頼りなげに揺れていた。

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