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第五十二話 満たされた宴卓

 日が傾き、涼しさをかんじさせるかぜがではじめたころ、古びたアパートの小さな庭に立ち上る煙は、夕暮れの風に乗って甘く香ばしい匂いを漂わせていた。

 鉄板の上ではタレ漬けされた肉たちが香ばしい煙を漂わせ、手作りスモーカーの中では厚切りのベーコンがじゅうじゅうと音を立てながら燻されて、そんなパーティー会場の片隅には生ハムの原木が木陰にどっしりと据えられている。更に別のグリルの上では凛鈴(リズ)の手によって仕込まれたポルケッタが香草をまとい、ゆっくりと火を入れられていた。

 贅を尽くした肉の饗宴に、野崎(ノザキ)一家は息を呑んだ。

 

「すごい……! ねえ梨那(リナ)、見て。お肉がいっぱい!」


「おにく、おいしそう!」


 そんな宴に招待された野崎一家の沙那(サナ)の声に、小さな娘の梨那はぱちぱちと拍手を送る。

 

「お、おぉ……本格的だな」


 野崎家の夫、雄馬(ユウマ)はそんな肉焼きの中でも一際異彩を放っていた大型のグリルに圧倒されつつも椅子に腰を下ろしつつ、やや落ち着かない様子で目の前の皿を見下ろした。


 鎮座しているのは焼き上がった壺焼きカルビとハラミ。芳しい湯気を上げているソレは、一口食べれば確かに美味い。だが、舌の上に広がる旨味にどこか説明のつかない違和感が残る。


「……いや、どうでもいいか。美味けりゃ、それで」

 

 そう呟いて、違和感を心の奥に押し込めた。

  

 対面では、華蓮(カレン)が骨付き肉にかぶりついていた。逆手に持ったフォークで肉を刺し、豪快に肉にかぶりついて、そのまま引き裂いては笑顔を見せる。

 脂が服やテーブルに跳ねるのも厭わないほどに肉を堪能していた。


「うまい! これ、最高!」


 その所作を見て、沙那が呆れたように目を丸くする。

 当初、凛鈴から招待されたときに友達も来ると言われた時は彼女は正直驚いていた。

 今まで誰かと交流しているような素振りはまったくなく、言い方は悪いがいつも陰気なドレスで肉を貪るなど、不気味でしかなかったかだ。

 正直どんな変人が現れるのやらと、不安でしかなかったが、実際に蓋を開けてみれば派手なファッションと奇抜な髪色に、自分と同じく”陽の者”の気配を感じ取り、親近感さえ抱いていたのだった。

 だが、それも華蓮の振る舞いや食べ方などを見ることであっという間に霧散した。

 沙那自身も決して行儀のいい方でないということは自覚している。しかし、華蓮のそれはそんなレベルではなかった。

 箸もフォークもまともに使えない、というか区別がない。どちらも一様に逆手に握って突き刺すだけだ。何なら時には手づかみもする。食器を持ってという概念もなく、テーブルに這いつくばって一心不乱にかぶりつくさまは異様の一言に尽きる。


「ちょっと……あなた、マナーが酷いわよ」


 この酷さを娘が真似してはたまらないと、思わず指摘する沙那。


「え? だって、美味しいものは美味しいうちに食べなきゃ!」


 だが、そんな指摘もどこ吹く風と言わんばかりにきっぱりと言い切る華蓮に、呆気にとられる沙那。そんなやり取りを見ていた雄馬の眉がぴくりと動く。だが彼は何も言わず、グラスを傾けてごまかした。

 奇妙な隣人の奇妙な友人、あの振る舞いを見るにまともな教育など受けていないのだろう。下手に関わって面倒に巻き込まれても面白くないし、余計な事情など知らないに越したことはない。

 なので、自身の妻が距離を取ろうとするのならそれに従うだけだ、そう判断して雄馬は供された肉と酒に舌鼓を打つのみだった。


「さて、そろそろベーコンが出来上がるわ。出来たてをどうぞご賞味あれ」


 皆が各々好きな肉を堪能していいる中、凛鈴はさらなる美味の追求の手を緩めること無く、次の料理を取り出した。

 自作スモーカーから引き上げたベーコンは、速成とは言え下味はしっかり整い、燻煙によって飴色に輝いている。


「すごいわね〜、いつ見ても美味しそうだわ」


「いやぁ、どれも本格的で驚きですよ」


 熱にさらされた肉肌からは脂が滲み出し、切り分けると迸るほどに瑞々しく。さながら絶妙な温度管理が生み出す芸術のようである。


「ん〜! 美味しい! さすがリズリズ!」


「ええ、まだまだあるからいっぱい食べてね」


 そして早くもベーコンに文字通り食いついた華蓮に、丁度出来上がったポルケッタも笑顔で差し出し、美味しそうに頬張る姿を微笑ましく眺めつつも次なる料理に取り掛かる。


 と言っても、仕込みは既に終わっていて、後は時間通りに作業を行うだけなのだが、ここからが大事だ。

 タイマーを確認して頃合いだと判断した凛鈴は、アメリカ仕様の巨大なグリルの蓋を開き、中に鎮座する肉塊を取り出して、アルミホイルで包み上げる。

 事前にスパイスをなじませ、この宴の始まる何時間も前から熱とスモークを浴びせ続けた肉の仕上げがようやく始まった。


「ホント、羽鳥さんって多彩だわ〜。こんなに沢山の調理法知っているなんて」


「本当ですね。今度、会社の連中とキャンプっていうかバーベキューあるみたいなんですけど、よかったらいくつか教えてもらえませんかね?」


「おねえちゃん、すご〜い!」


 その手際のよさとバリエーションの豊富さには野崎家の面々も思わず称賛の声をかける。


「それに羽鳥さんも、その、お友だちの方もすっごい食べるのね。太らない秘訣とかあるのかしら?」


 そして2人の食べる量に舌を巻く。実際、凛鈴は調理しながら、肉を焼きながらもちょくちょくつまんではその味を堪能しているし、華蓮もまた出された肉を次から次へと平らげている。


「さて、どうなんでしょうね? 一節ではお肉はむしろ太らない、なんて話もありますけど」


 いいながら華蓮の頬に飛んだソースを拭い、沙那の皿に程よく焼目の入ったスペアリブを置き、雄馬のグラスにワインを注ぐ。


「脂の取り過ぎはよくないのかもしれませんが、赤身肉ならむしろタンパク質が多くなるので案外ダイエットになるかもしれませんね」


 そして少しおどけてそう締めくくった。その間も作業の手は止まること無く、休ませた肉の温度とタイマーをチェックし、タイミングを見極めて切り分ける。


「さあ、とっておきの肉が焼けたわ。若い個体をしっかり吟味して、下拵えから焼き上げまでじっくりと手をかけた逸品よ。さぁ、ご賞味あれ」


 そしてさらなる肉が各々の皿に取り分けられ並べられていく。


「へぇ〜、ただ焼くだけでもいろいろあるのね〜」


「いや〜、こりゃどうも、何から何まですみません」


「やった〜、あたらしいおにく!」


「きたー! とっておき! おいしそー!」


 皆一様に喜びの声を上げ、新たな肉を歓迎する。

 おかわりは充分。宴はまだまだ終わらない。

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