第五十話 アフタヌーンティー・アフター
調理とは、常に能動的なものとは限らない。ときにはじっくりと待ち、その出来上がりの良し悪しを祈るように、願うようにただ見つめ続ける行程もある。
例えば今、オーブンの中で焼かれているクッキーの出来栄えとか。
内部で熱を浴びて徐々に膨らみ、色づいていく様子を凛鈴はひたすら眺め続けている。
以前、肉を使ったチーズケーキなどを作ったことがあったが、今回はシンプルにクッキーだ。
小麦粉とバター、砂糖にひき肉を均等に混ぜる。隠し味に僅かな塩とナツメグも加えてある。
特に、丁寧にひき肉をほぐしながら粉に混ぜ、生地が少しずつしっとりと馴染んでいくとき。──この感触が彼女にとってたまらなく愛おしい。
そうして出来上がった生地は冷蔵庫でしばらく寝かしたら形を整え、クッキングシートを敷いた鉄板の上に並べてオーブンへ。
クッキーによってはココア風味だったり、いちごのジャムが載っていたり、刻んだココナッツをちらしたりとバラエティにも富んでいる。
たまには甘い物を、という気分の問題もあるが、最近は少し事情が変わりつつある。
というのも──
「やっほ〜、きちゃった!」
呼び鈴も無くいきなりドアを開け放ち騒々しい来客、神谷華蓮の登場である。
「ふふ、いらっしゃい。待っていたわ」
そんな突然の来客に、オーブンから目を離して笑顔で応える凛鈴。
レトロで退廃的なドレスの凛鈴と、相変わらず派手なファッションの華蓮という大正的な出で立ちの2人が揃う。
「えへへ〜、今日も美味しいおやつ貰いに来たよ〜」
「ええ、なんか今日は来るような気がしてたから待ってたの。クッキーがもうすぐ焼き上るから、テーブルで待ってて」
以前の来訪以来、華蓮は何かと顔を出すようになり、暇な時はこうして凛鈴の部屋で何かしらのご馳走を求めるようになっていた。
訪ねてくる時間帯もこの日のようにおやつ時もあれば早朝から現れることもある。
訪ねてもいい時間帯を選ぶとか、事前にアポを取るとかそういう概念は華蓮にはない。思いついたら部屋の前まで一直線だし、呼び鈴なんかも鳴らしはしない。
だが、そんな華蓮の振る舞いも凛鈴は気にはしないし、何なら自身の料理を賞賛されるのが嬉しくて、歓迎すらしている。
そんな華蓮をテーブルに通すと、凛鈴はタイマーが鳴るであろうタイミングに合わせて湯を沸かし、紅茶の茶葉をポットに入れる。
今日の紅茶はセイロンのアールグレイをチョイス。
予熱されたポットに湯を注ぎ、カバーを被せて砂時計もセット。
その間にオーブンのタイマーもときの報せを鳴らしたので、中のクッキーを鉄板ごと取り出し、粗熱を取っておく。
そしてオーブンの熱が冷める前に、次の鉄板をセットし第2陣のクッキーの準備を済ませた。
やがて紅茶も準備ができたらそれらをトレイに乗せて華蓮の待つ食卓へと運び、それぞれ並べていく。
「またせたわね。さあどうぞ」
「えへへ〜、待ってました! いただきま〜す!」
凛鈴が促すや否や、凄まじい速度でクッキーを鷲掴みし、一気に齧って噛み砕く華蓮。
「ん!? 凄い硬い! でも美味しい! 甘くてしょっぱいの、何か不思議〜!」
「慌てなくても大丈夫よ。まだまだあるわ」
そう言って自身もクッキーを一つつまんで口へと運ぶ。
ひき肉が入ることでかなりの歯ごたえが生まれ、その後に優しい砂糖の甘さとバニラの香りが広がる。いくつかのバリエーションも併せてより豊かな風味を堪能する。
そしていくつか甘味を堪能したところで、ミルクと僅かな砂糖を加えた紅茶で甘さを流し、リフレッシュさせる。
一方、華蓮は口いっぱいに頬張ったクッキーを咀嚼しながらも、流石に口内の水分が少なくなってきたからか、喉を鳴らすようにして一気に紅茶を煽り、残ったクッキーごと押し流す。
「っぷは〜、ちょっと苦しかったかも!」
「そんなに慌てなくても誰も取りはしないわ。おかわりもまだまだあるのだから、慌てなくて大丈夫よ」
「ゴメ〜ん、美味しすぎてついね〜、でもほんとに止まらないよ、これ」
そのマナーもへったくれもない、豪快な食べっぷりの華蓮に、凛鈴は嫌な顔一つすること無く、空になったカップに紅茶を注ぎ、クッキーの山から彼女の分を取り分ける。
少し歪な茶会はまだ始まったばかりだ。
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「は〜、美味しかった。紅茶も飲みすぎてお腹がちゃぽちゃぽしてる〜」
その後も何度か焼き上がったクッキーを次から次へと頬張り、苦しくなったら紅茶を煽るというルーティーンを繰り返し、すっかり満ち足りた華蓮は満足そうに自身の腹を撫でる。
「ふふ、本当にいい食べっぷりね。たくさん作った甲斐があるわ」
そんな華蓮をみて凛鈴もまた満足そうに笑みを浮かべる。
「さて、もうすぐ夕食の時間なんだけど、貴女はどうする?」
そしてふと時計を見れば、時間はすっかり夕暮れを示していた。山のようなクッキーを作って食べた後だが、それでも夕食を欠かさないのが凛鈴流だ。
新たな肉の味わいのために、よほどのことがない限り食事は抜かないのである。
「ごはん!? もちろん食べる! 美味しいやつ作って!」
そしてその山のようなクッキーの大半を食べたであろう華蓮もまた、食べられる時にしっかり食べる主義なのだろう。夕食と聞いて心を踊らせ瞳を輝かせている。
「ええ、もちろん。でも、そのお腹で食べられるかしら?」
「大丈夫! ごはんは別腹だから!」
「ふふ、なにそれ」
自身の用意した料理を、自身の好きな肉を、それをたくさん、しかも美味しいと言いながら豪快に食べる華蓮の姿にますます気を良くした凛鈴は、さらなる料理のために早速キッチンに向かうのだった。
本来ならば、あんなに粗雑で味わっているかもわからないような食べ方など、凛鈴に取っては許せぬはずなのに──なぜか彼女といると、全てが許せてしまう自分がいる。
そんな不思議な感情に気分を良くしながら、彼女は今日も愛する肉を調理する。




