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第四十七話 美味しい料理の条件とは

 狭い玄関内に積み上げられた段ボールを一つづつ開梱していく凛鈴(リズ)とその様子を眺める華蓮(カレン)

 これまた綺麗に梱包され、見た目は市販品と遜色のない形に仕上げられ、それらの包を手にとっては一喜一憂している。


「へぇ〜、こんなふうになるんだ、しっかり加工されてるの、何か嬉しいな」 


 一方でその正体を知っている藤嶋は無の境地でそれぞれを検品していく。

 正直触るのも嫌な気分だが、自身は手袋をし、肉は真空パックされていて直接触れることはない。

 しかしだからといって気分がいいものでもない。


(……こんな気色悪いもの、触りたくもない)

 

 そんな言葉を何とか飲み込む、運び屋である藤嶋(フジシマ)(アキラ)。彼にとっては忌々しい荷物でも、目の前の二人にはお宝なのだろうか。


 凛鈴の感性が普通ではないことは理解しているが、なぜもう一人の華蓮までこんな肉を見つめてときめいているのか、彼には理解できなかった。


「あ、これこれ。このお肉わたしが仕留めたの!」


 そして唐突に上る華蓮の無邪気な声に思わずその手が止まった。


(いや、なんで分かるんすかねぇ? 確かに日付で逆算すれば辻褄は合う。だが、だから何だってんだ……) 


 あくまで勘と推測なのだろうが、しっかりとトレーサビリティーしてまで届けたかったのかと呆れるしか無かった。

 ”仕留めた”などとまるでジビエでも持ってきたかのごとくカジュアルに言うが、その実態を知っている分、彼の表情はますます渋くなる。


「あら、そうだったの? ふぅん、少し日をおいてるわね。熟成期間かしら?」

 

 そしてそれを事も無げに品評する凛鈴も凛鈴で呆れるやら戦慄するやら、忙しい胸中であった。

 

あの女(リズ)がヤバいのはわかってたが、コイツ(カレン)も大概だわ)

 

「折角届けてくれたんですもの、これはしっかりお礼をしなきゃだめね」

 

 そしてあらかた肉を仕舞い終わった頃、華蓮が”仕留めた”という肉のパッケージを早速開く凛鈴。

 

「え〜? 早速なにか作ってくれるんですか?」

 

 そんな凛鈴の言葉と行動にいち早く反応する華蓮。喜色の浮かんだ声と顔は期待に満ちている。


「……自分はまだ配達があるんで、コレで失礼します」


 反対に、この先は絶対に付き合いたくはない藤嶋は何かを言われる前にさっさと撤収の運びとなるよう布石を打つ。

 

「え〜? 絶対美味しいのができると思うのに〜。ねぇ〜、一緒に食べようよ〜?」

 

 そんな藤嶋の心境などどこ吹く風で引き止めたのは華蓮だ。

 

(冗談じゃねぇ! そんなモン、食えるか!)

 

 という悲鳴にも似た叫びを何とかこらえきると、

 

「……仕事ですので……!」

 

 なるべく平静を保つよう勤めてそう言葉にし、逃げるように部屋をあとにするのだった。

 

「あら、残念ね。とっても美味しいお肉なんだし、たまには食べていったらいいのに」

 

 そんな背中に、届くことのない凛鈴の言葉だけが残った。

 

 ---


 いつもの調理台の上、いつもと違い横には客人となった華蓮の姿。

 さながらライブキッチンのような状況で、初めての経験に凛鈴の手元は自然と冴え渡っていく。


 まずはモモのブロックから薄いスライス肉をて切り出していく。


 刃が肉を滑るたびに軽やかな音が響き、淡い赤身の断面が美しく露わになる。

 華蓮はそれを目を輝かせて覗き込み、鼻先をくすぐる鉄と血の匂いにすら、どこか恍惚とした表情を浮かべた。


 切り出した肉をオゾン水に沈めると、しゅわしゅわと微かな泡が肉片を撫でる。

 除菌作業も慣れたもので、しばらく漬けた後に水気を拭き取ると皿に並べ、そこへオリーブオイルが黄金の筋を描き、ハーブと香味野菜が散りばめられ、最後にレモンシロップが透明な艶を与える。

 華蓮は「わぁ……」と小さく声を漏らし、完成したカルパッチョを見てまるで宝石を目の当たりにしたように目を細めた。


 続いて残ったモモブロックと新たに取り出したヒレ肉。今度は分厚いスライスに包丁を振るい、豪快な断面を作る。

 振りかけられた塩と胡椒がざらりと音を立て、熱せられたフライパンに落とされた瞬間、油が弾けて白い煙と香ばしい匂いが広がる。

 その光景に凛鈴は思わず笑みを浮かべ、華蓮はその音と匂いに誘われるように無意識で喉を鳴らす。


 表面に焼き色がついた肉をひっくり返し、しばし火を通したのちにアルミホイルで包み休ませる。

 凛鈴の動作には一切の淀みがなく、華蓮は静かにその様子を目で追うばかりだった。


 仕上げには彼女自慢の自家製ベーコンをフライパンに放り込み、香ばしい脂を引き出す。

 華蓮は自身で肉を用意するという形で凛鈴に敬意を示した。その返礼として彼女は自身の仕込んだ渾身の一品という形で応えるようにしたようだ。

 その香りは重厚で力強く、華蓮は思わず胸に手を当てて深く息を吸い込んだ。

 やがて肉汁と脂を合わせたソースがとろりと煮詰まり、休ませたステーキにかけられると、皿の上で肉の赤とソースの艶が妖しい調和を見せる。

 

 いつものテーブルにいつもの燭台。火を灯してテーブルセットをすればいつもの食卓になる。だが今日並ぶ料理は二人分。

 カルパッチョの透明な光沢と、ロゼ色のステーキ、添えられた無骨なベーコン。

 華蓮はその光景に、言葉もなく、ただ瞳をきらめかせ、凛鈴はそんな可憐の表情を微笑ましく眺める。

 

「わぁ〜、凄い! めちゃくちゃ美味しそう!」

 

「ええ、あなたが用意してくれたお肉を、あなたが満足できるように仕上げたつもりよ。さぁ、覚める前にいただきましょう」


 凛鈴がそう促すと、華蓮は待ちきれないとばかりにフォークを伸ばした。

 まずはカルパッチョを一切れ。口に含んだ瞬間、ハーブとレモンの香りが華やかに広がり、柔らかい肉の舌触りがすっと溶けていく。


「ん〜っ! 爽やかで軽いのに、ちゃんとお肉の旨味が生きてる……! すごい、すごくおいしい!」


 頬を紅潮させた華蓮の反応に、凛鈴は小さく微笑み、続いてステーキを切り分ける。

 分厚い断面から滴る肉汁が皿に滲み、熱でとろけたソースと混ざり合って艶めく。


「こちらは重厚な方よ。どうぞ」


 華蓮はすぐに口へ運び、噛んだ瞬間、瞳を大きく見開いた。

 強い肉の旨味と、香ばしいベーコンの風味が重なり合い、口いっぱいに広がっていく。

 思わず椅子の背にもたれて天井を仰ぎ、恍惚の吐息を漏らした。


「……あぁ、最高……。わたしが仕留めた子が、こんなに素敵に料理されるなんて……!」


 その言葉に、凛鈴は微かに眉を上げた。

 料理人として「素材をどう活かすか」に全力を注いできたが、客人がこうまで純粋に喜ぶ姿は、奇妙な高揚を伴って胸に響いてくる。

 何よりもその無邪気に喜ぶ姿が凛鈴をもまた喜ばせ、素直に嬉しくなり浮かべた笑みも深くなる。


「気に入ってもらえたなら、何よりね」


 ワイングラスを傾けながら凛鈴が答えると、華蓮は満面の笑みで何度も頷いた。

 炎が揺らぐ食卓に、二人の笑みだけが残り、静かで、それでいて危うい食宴。

 向かい合う笑みは静かで温かい。それが料理をより美味しくする──幸福と狂気が等しく並んでいた。

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