第四十六話 美味しい料理の仕込みのために
運び屋の仕事は荷物を運ぶこと。それ以上でもそれ以外でもない。
信頼を得るため、そしてお互いのトラブルを防止するために、関係組織各所にややこしい契約を迫られて、その遵守も約束させられたのに、ここに来てさらなるイレギュラー対応に頭を悩ませる。
苦労多き運び屋である藤嶋晃はこの現状に頭を抱えたい衝動にかられながら、何とかハンドルを握り車を走らせる。
いつもと違うのは、助手席にもう一人ゲストがいることだ。
先日、”荷物”の引き取りに向かったとき、突然彼女──神谷華蓮が乱入してきた。
その女の口から「羽鳥凛鈴に会いたい」などと出てくるものだから、藤嶋も覆わず戦慄する。
過去に勝手に彼女に接触したり、自分の仕事に割り込んだ連中がいたが、いずれも何かしらの制裁を課され、悲惨な末路を辿っている。
またその惨劇を見届ける羽目になるのかと、内心げんなりするのも無理からぬことだった。
そしてどうやら彼女は藤嶋の取引係と知り合いだったのか、顔見知りとしての会話をしてはいた。しかし、その雰囲気はどこか剣呑なものであり、男の右手は始終懐に入れられたまま。
いつその手が飛び出すかと、藤嶋は気が気ではなかった。
自身の上役とその組織内の話など聞きたくない、知りたくないと言わんばかりに心を無にして耐えていたが、やがて取引相手の男はスマホで何処かに連絡を入れ、それが終わると深い溜め息をついて重そうに口を開く。
「……取り敢えず特例事項だそうだ。明日、荷物を引き取った後に道中でコイツを拾ってくれ。その許可は出た」
そしてまさかの面会許可だった。
「はぁ!? ……と、それはいいんですか?」
過去のことを思えば信じられない話で、思わず変な声が出てしまい、慌てて取り繕うが、相手はそれを気にする素振りもなく、うんざりした様子で言葉を続けた。
「いいわけあるか。だが、俺の上役は許可を出した。それだけだ。……まったく、こんなものリスクでしか無いのに、……さんも甘い……」
そして吐き捨てるようにそう呟く。
「んふふ〜、ありがとね〜。それじゃ明日はよろしく〜」
そんななんとも言えない雰囲気の中、嵐のように女は去っていく。
そしてこの日、彼は言われた通り加工屋からの荷物を受け取ったあと、道中で華蓮をピックアップし、凛鈴の家へと車を走らせているのだった。
ちなみに、”途中で拾う”のは、必要以上に分業先に彼女を接触させないためである。
「いや〜、ごめんね? こんな事急に頼んじゃってさ」
そして悪びれる様子もなく詫びてくる彼女。
「……いえ、それは構いません。許可が出ているなら、それも俺の仕事の内ですから。しかし、なんでまた、羽鳥さんに?」
藤嶋は、”なんて物好きな”と胸中で付け加えつつ、そんなふうに華蓮に問いかける。
「え〜? 気になる? ちょっと前に初めてあったんだけどね? なんか美味しい料理作ってくれるって言ってたから、食べてみたくなったんだ〜。でも、どこで住んでるかとか全然知らないし、あのおじさんも「詮索するな」しか言わないから、探しようもなかったし。だから昨日、おじさんの後をつけてみたんだ〜」
するとこんな答えが返ってきて、聞くんじゃなかったと後悔の念が湧く。
彼女の言うおじさん、というのは前日に取引をしたあの男のことだろう。
複数いる藤嶋の取引担当の一人、ということ以外は何も知らないが、その男がこの華蓮にも指示出しをしていたのだろう。
おそらく下っ端ということもない。そんな男が詮索をするな、と釘を刺すくらいには羽鳥凛鈴はやはりアンタッチャブルな存在なのだろう。
そう改めて認識すると同時に、凛鈴の料理を食べたいがために、明らかにカタギではない担当者を尾行して他の取引現場に乱入するなどという、常軌を逸した華蓮の行動力にも藤嶋は戦慄する。
コイツも大概ヤバいヤツだ、と。
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やがて目的地である、住宅地の中の古びたアパートの前で車は止まり、華蓮は助手席のドアを開けてその佇まいを確かめるように見つめた。
「へぇ〜、なかなかおもしろいところに住んでるんだね〜。お化けとか出そう」
そんな益体もないことを口にする彼女を余所に、藤嶋は後部から台車と複数の段ボールを取り出し、配達の準備をする。
「……では行きましょうか」
あまり会いたくはない人物に、おそらくヤバい感性を持っている人物を引き合わせるのは気が重いが、これも仕事となんとか割り切って華蓮を促す藤嶋。
段差越えも慣れたもので、華麗な台車さばきで目的の部屋前まで段ボールを運び込むと呼び鈴を押す。
「来たのね! 待っていたわ!」
そして数秒とおかずに、普段のダウナーなテンションとはかけ離れた勢いで、この部屋の主である羽鳥凛鈴が姿を表すのだった。
「あら、そちらの彼女は……わざわざ訪ねてくれたのね」
そして普段とは異なり、隣にもう一人の来客がいることに気づくと、また表情が変わりうれしそうに笑みを浮かべる。
「えへ、きちゃった〜♪ 美味しいごはん、作ってくれるって聞いたから〜」
屈託のない笑顔で無邪気に応える華蓮の言葉により一層凛鈴の笑みは深くなる。
取り敢えず、何も見なかったことにして、藤嶋は段ボールの運び込みを始めるのだった。




