第四十五話 美味しい料理は仕入れから
多くの人が行き交う、主要路線の駅構内。通勤途中の会社員や夜のお店のコンパニオン、これから遊びに行くのであろう若者たち。
そんな様々な人種でごった返した雑踏の中、彼女はいた。
普段と異なり、デザインこそ派手なものの、灰色を基調とした地味な彩りの服装で、口元には笑みを浮かべつつもその視線は獲物を狙うハンターのごとく鋭く、一点を見つめて離さない。
「……逃げられると思ってる? ンなわけ無いじゃん」
周囲の雑音に溶ける様な声量で神谷華蓮は小さく呟く。
その目線の先にはスーツ姿の男が一人。今回の仕事の目標だった。
それが何者なのかは彼女は知らない。何をして仕事に掛けられたのかも知らない。
依頼されたことは、誰にもわからないよう、確実に始末して次の業者に引き渡せということだけ。
人から認識しづらくなるグレーベースのコーデと素顔の印象が読み取りにくくなるメイク、色使いの違う髪色のウィッグという、単体で見れば派手な出で立ちであることに変わりは無いものの、その色使い一つで華蓮は完全に人混みの中で存在感を消していた。
呼吸を整え、気取られぬよう足音を立てずに徐々に人混みを掻い潜って目標に接近。
目標の男は時折振り返って周囲を聞いして入るが、華蓮という狩人の存在には気づいておらず、その様がより確実に仕留めようと務める彼女の心を冷たくさせる。
ふと視線を外せば、サポート要員の一団が正面から近づいていくるが見えた。
皆一様に、笑顔で談笑をしているスーツ姿のサラリーマン……に見えるが、目標にさりげ無く向けられるその目線、笑っていない目つきが分かる人には分かる異様な集団だ。
彼らと目標との距離が徐々に近づき、いよいよすれ違う、その瞬間に華蓮もタイミングを合わせて目標へと接近、細いナイフで首の神経束を一突きする。
何が起こったのかわからないまま、目標の男は崩れ落ちるが、地面に倒れ込む前にサポートチームの一人が目標を支え、一人がその手からカバンをもぎ取ると、反対方向へと歩き出す。
似た人相風体の男を身代わりに立てて、このまま防犯カメラに姿を晒すのが彼の仕事だ。
一方で、残りのメンバーが酔っ払いを演じて奥表をそのまま引き摺るように運び出す。
その動きに迷いはなく、まるで日常動作のルーティーンのように淀み無く、全ては防犯カメラの一瞬の死角での犯行だった。
血を周囲に飛ばすこと無く抜き取られたナイフを軽く拭い服の中に隠して歩き続ける華蓮。
もちろん、そんな集団を一瞥もしない。すれ違った集団も華蓮を見ない。彼女の目の前には目標と入れ替わった男が相変わらず歩いている。
とある駅の構内で起こった凶行は日常の風景に塗りつぶされ、何事もなく過ぎ去っていくのだった。
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「ご苦労。見事だったな。また用があれば連絡する」
合流地点となったのは駅から少し離れた路地裏のコインパーキング。
そこで華蓮はホームレス風の男から分厚く膨らんだ茶封筒を受け取っていた。
「ん、まいどあり〜。あ、そうそう、ちょっとお願いあるんだけど、きいてくれる?」
封筒の中身をざっと確認しつつ、華蓮は目の前の男にそう切り出した。
「……内容によるな。まぁ、長い付き合いの好だ、言ってみろ」
その答えを聞いて、ニンマリと笑みを浮かべる華蓮。
「ヤッた相手の行き先とか? ちょ〜っと気になるんだよね」
そしてでてきたのはそんな質問だった。
「それは教えられん。かいつまんだ説明なら以前もしただろう。そこから先は領分が違う。深入りは厳禁だ」
しかし返ってきたのは厳し目の答え。男の目つきも鋭く、彼女が禁忌に触れたことを理解するには充分だった。
「そか、それなら仕方ないね。ちょっと、羽鳥凛鈴って人のことが気になっちゃったんだけど」
「悪いが答えんよ。そしてコソコソ探すのもやめろ。俺はまだお前を仕事に掛けたくはない」
「ふ〜ん、残念」
組織のルールを破った者に容赦は無い。華蓮は預かり知らぬことだが、実際に彼女が手をかけた相手にはそういった手合が多かったのも事実だ。
どれがそうなのかはわからないが、自分のやっていることは粛清の対象になりかねないという事を理解し、素直に引き下がる。
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「ってことでさ、羽鳥ちゃんに会いたいんだけど、案内とか頼める?」
そしてその翌日、運び屋の藤嶋晃の元に、神谷華蓮は現れた。
荷物の受け渡しに来た男は、先日とは違いスーツ姿で小綺麗な見た目をしているが、その表情は怒りと呆れが混ざり、射殺さんばかりの勢いで華蓮を睨んでいる。
(え〜……何この状況……突発接触は禁止って言ってなかったっけか? どうすんの、コレ……俺、やばくない?)
そして当の藤嶋はただただ困惑するしか無かった。




