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第三十九話 仔…のバーベキュー

 晴れ渡る空模様は、今日という日を祝福するが如く。いつものように不定期に届く肉の山を見て、羽鳥(ハトリ)凛鈴(リズ)の心はとても晴れやかだった。

 残念ながらこの日の仕入れに希少部位(臓器)は見当たらなかったが、無闇矢鱈と痛めつけられてたり、著しい損壊や欠損もなくきれいな状態で解体され、揃っている。

 

「随分と小さい。まだまだ若いわね、この個体()。モミジまでついているのは予想外だったけど、どうしてこの状態?」

 

「理由までは存じませんが……まぁ、何かあったんでしょう」

 

 普段よりも陰鬱な顔をした配達員は、そんな裏事情なんてものは知りたくないし考えたくない、と言わんばかりにぶっきらぼうに応える。

 

 実際、パッキングされたいくつかの枝肉はどれも小ぶりで肉の張りも若々しいものが多い。

 これだけの鮮度なら味も食感も間違いはない、と凛鈴もご機嫌ではある。

 ――強いていえばそこにハツやフワ、レバーやマメなど、若ければ若いほどいい臓物系がないのが残念なくらいか。

 

「そう。とはいえこのレパートリーは嬉しいわ。これだけ若ければ下処理をしつこくしなくても、臭みもなく柔らかいはずだもの。焼いたらコラーゲンが滲み出て、じゅわって……きっと骨まで柔らかいわ」

 

 そう言って肋骨でつながった肉塊を愛おしそうに見つめる。

 一方でそんな凛鈴とは対象的に嫌悪感にあふれる胸の内をなんとか抑えて、平静を保とうとする配達員の男。


「……そっすね。それじゃ、自分はこれで」


 なんとか荷物の検品も終えたところで、このまま部屋を去ると決めた。 


「折角だから、今日はこのままバーベキューね。天気にも恵まれてほんとによかったわ。あなたも一緒に……」


「まだ仕事中なんで……!」


 いつものように宴に誘われるが、これまたいつものように言い切られる前に少し語気荒く断る。


「残念。じっくりと時間をかけて楽しくパーティーをしようと思ったのに」


 そんな凛鈴の楽しげな言葉とは異なり、この日運び込んだ肉の素性を思って一層陰鬱となった気持ちをため息とともに吐き出しながら男は部屋を後にした。


 ---


 作る料理が決まったのなら迷うことはもはやない。

 いつもの肉よりも小ぶりなそれを早速パッキングから出して、下拵えを始めていく。


「ふふ、本当にかわいいわね。赤ん坊みたいに柔らかい……まだ何も知らない身体。まさにこれからが旬ね」 

 

 珍しく骨がついたままのモモ、スネ、クロッド、リブ、ランプ、などなど……


 スネはモミジ(・・・)が付いたままなのを


「このままじゃ趣がないわね」


 と、関節の軟骨を確かめるように指先でなぞってから、迷いなく関節ごと豪快に切り落とす。

 リブも折角なのでバックリブとスペアリブで切り分け、シルバースキンを剥がしておく。

 使うスパイスは粗塩、胡椒、パプリカ、ガーリックパウダー、オニオンパウダー。オマケでブラウンシュガーを少々。

 これらを混ぜ合わせたラブ(スパイス)をまんべんなく刷り込んでいく。

 

「テキサス式なら主役はやっぱりブリスケット……と行きたいのだけれど、他が小さい分どうしても薄くなるわね。ここはリブに頑張ってもらいましょう」

 

 主役が弱くとも、それを支える名脇役がいれば、この舞台はきっと華やかになる。

 そんな祈りを込めて、下拵えの終わった肉たちを庭に備え付けられたグリルに並べていく。

 どの部位も骨付きなだけに、いかに小ぶりであろうとも迫力はある。

 そうしてその中にひときわ小さく薄いブリスケットも添えてレイアウトは完成だ。オマケで在庫の肉でベーコンでも作ろうと思い立ち、更に肉を追加し、フードを閉めればいよいよ調理開始である。


「さて、ここからが本番ね。」


 折角バーベキューと決めたのだ。このままただグリルで焼くのでは芸が無い。


「こんなこともあろうかと、オフセットスモーカーにしておいて正解だったわ」


 庭に備え付けられたグリル、その横には燻煙を発生させるスペース、つまり副室が付いており、そこにオークの薪とスモークチップを詰め込んで着火、そしてその噴煙をグリル側へと送り込む。

 グリル内の温度は105〜120℃。熱すぎても低すぎても駄目。ここから長い戦いが始まったのだった。

 日本式ではそのまま焼くのがバーベーキューだが、本場アメリカでは焼き方やソースの有無、肉の種類などで種類が分かれるが、殆どの場合はこの様に時間をかけてじっくりと火を通していくのが正式なやり方である。


「さぁ、美味しく育ちなさいな」

 

 温度計とにらめっこし、時折フードを開いて肉にリンゴジュースを霧吹きして潤いを保つ。グリルの温度も肉の温度も目が離せないが、これだけの手間を掛けてこその味がそこにはある。


 まだ低かった太陽はやがて頂点を越え、注ぐ光が赤みを帯びてきた頃にようやくすべての手順に終りが見えてきた。


 適温になった肉はスモークから上げて順次休ませ、アルミホイルに包んで再び加熱。その後再び休ませて、粗熱を取りきればようやく完成だ。

 このときの冷却も急激に冷やしたらそこで台無しになる。最期まで気も手も抜くことは許されないが、凛鈴の表情は始終笑みがこぼれている。


「パーティーに主役は欠かせないものね。焼かれていくこの匂い……ああ、きっと喜んでくれているわ」

 

 こうして長時間にわたる凛鈴の戦いにして宴はついにクライマックスを迎える。

  骨のひとつひとつを丁寧に切り分け、盛り付けられたプレートは、まるで饗宴の祭壇のようだった。


「鮮度もいいわね。お肉が骨からスッキリと取れる」


 何ならナイフなしでも綺麗に捌いて、次々と肉の山が築かれた。

 肉を盛り付ける手付きはまるで司祭かの如く。罪無き饗宴の供物が、今まさに捧げられようとしている。

 そうして焼き上がり、切り落とされた肉をひとくち。


「思った通り、燻香とスパイスの風味がしっかり調和して、まさに宴だわ」


 ”ソースが必要となったのなら、その時点で失敗である”とはよく言ったもの。スパイスと肉の旨味で充分すぎるほどの出来栄えとなり、無事に成功を収めることが出来たようだ。


「ふふ、じっくりと味わうのもいいけど、こうして眺めていくのもまた壮観ね」


 スモーカーの火は落ち、日も暮れてすっかり暗くなった小さな庭。その中で怪しく照らされる凛鈴の笑み。テーブルに灯された燭台の明かりに照らされて、命をかけて焼かれたその仔らもまた、まるで微笑むように、食卓の上で静かに佇んでいた。

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