第三十三話 包まれたもの、隠したいもの −雨の配達人−
降りしきる雨の中、彼は今日もハンドルを握り車を走らせる。
しがない勤め人に選べる仕事はない。今日も今日とて後ろ暗い曰く付きの荷物がバンの中に積み込まれていた。
「……げ、そろそろくるとは思っていたが……」
依頼人から集まった伝票を眺め、その集荷先と配達先を確認してげんなりする男が一人。
そんな彼、藤嶋晃は非合法の配達業者、所謂運び屋だ。不法投棄に密輸に密売、”派手”な積荷なら実入りも大きだろうがリスクもでかい。
一番多いのは”廃棄物”の移動と投棄だ。モノにも寄るが捕まったとて殆どが罰金刑で済む。それも軽くはないが、長い懲役やそれ以上の刑罰はありえないからだ。
もっとも、その積み荷が本当にただのゴミならば、ではあるが。
「……あのクール便、リスクが高くて嫌なんだよな……」
とはいえ仕事は選べない。彼はしがない運び屋なのだから。
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「いつもすまんね。とりあえず依頼通り、”加工場”へ運んでくれ」
待ち合わせ場所の駐車場。依頼人の代理が言うなり、若い男たちが二人がかりで黒塗りの高級車から黒いバッグを引きずり出す。
妙な柔らかさを持ったそれが地面にくたりと置かれ、荷受けの確認を済ませる。
中身までは見ない。それが契約だし深入りしてもいいことはない。それに万が一表沙汰になっても、知らぬ存ぜぬを通し続けねばならないのだから。
得体のしれないバッグ一つ。その金額は充分すぎるが、コレを”加工場”まで運ぶ間が1番リスクが高く、何度やっても慣れずにいる。流石に挙動不審にはならないが。
「では、たしかに受け取りましたので。依頼通り、配送先は”加工屋”様。確かにお届けいたします」
「おう、頼んだぞ」
言葉少なく、仕事を終え、次の場所を目指して再び車を走らせる。
「……全く、今度のやつは一体なにやらかしたのやら」
裏の人間から渡されるバッグの中身。物言わぬままならそれでいいが、時折”生モノ”を梱包無しで引き渡されたこともあり、流石にその時は彼のメンタルが死んだ。
それを思えば、中身が見えないようになっているだけマシというものである。
降りしきる雨は彼の足跡を洗い流すかのごとく降り続ける。
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「……どうも、配送に来ました」
長雨の中車を走らせ、辿り付いたの郊外の古びたヤード。
日頃から様々な”加工”を行っているためか、機械の廃油の臭いに生臭さが混じる。
そんな空気にげんなりしつつ、藤嶋はいくつかの荷物をここにいる”加工屋”に渡す。
例の怪しいバッグ、何かの機械部分、あやしい化学物質などなど、怪しいものがてんこ盛りだ。
……モデルガンだの、調味料だの、この荷札は中身を隠す気あるのだろうか……
「おう、来たか。とりあえず肉だけは速攻でヤッちまうからちょっとまっててくれ」
受取人は検品もそこそこにそう言って重たいバッグを担いで置くへと戻っていく。
事務所に残された藤嶋は一人、備え付けのインスタントコーヒーを勝手に入れて、作業が始まれば漂ってくる独特な臭気を紛らわせる。
陰鬱な雨と陰鬱な気分をなんとか振り切ろうと、砂糖とクリームを多めに入れるが、湿気り気味のインスタントコーヒーの味が改善されることはなかった。
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「またせたな。とりあえず今回はこんなところだ」
どれくらい時間が経っただろうか。薄っすらと船を漕いでいた藤嶋に声がかかる。
加工屋の横には台車に乗った段ボールの山。既に密閉されており、中身を窺い知ることは出来ない。
もっとも、この先の配達で検品と開梱を手伝わされるので、今この場で見なくとも何を運ばされるのかはわかりきっているのだが。
「いつも通りきっちりパック肉にしておいたからな。これなら万が一職質食らってもごまかせるぜ」
あまり聞きたくない話ではあるが、それと同時にカモフラージュされているのは藤嶋にとってもありがたい話なので、それはそれとして受け取っておく。
「ありがとうございます。それでは早速イキますので。コーヒー、いつもごちそうさまです」
「おう、安もんで悪いがな」
そうして郊外のヤードから辞する。この男の素性は知らない、多分相手も藤嶋のことは細かくは知らないだろう。
本当にこのヤードの主かどうかも疑わしい。が、それでいい。深く知っても多分いいことなどなにもないのだから。
荷物を積み込み、自身も車に乗り込めんでイグニッションを捻ればエンジンが唸りを上げる。
いつの間にか夜は空けたが、相変わらず憂鬱な雨は降り続けるままだった。
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いつものように車を住宅街へと走らせ、やがて目的地となる古びたアパートへとたどり着く。
「あら、いつもご苦労さんです」
「はい、どうも……」
間の悪いことにアパートの大家に出くわしたが、帽子を目深に被り直して顔を隠しつつ、荷物を運び入れる。
そして依頼先の部屋の前で呼び鈴を押す。すると、若干のドタバタ音が聞こえ、ドアが衝撃と共に開かれる。
「お肉! 来たのね!?」
相変わらず肉が来たと知ると、凄いテンションの女が現れた。
いくつかの依頼人たちから「くれぐれも」と念押しされるほどの上客らしい、羽鳥凛鈴である。
(相変わらずのイカれっぷりだな……)
内心そんな事を想いつつも、それをできる限り顔には出さず、いつものように段ボールの運び込みとその検品を手伝わされる。
「あら、このハツ、ちょっと元気が無いみたいね?」
不意にそんな事を言われるが、そんなことは藤嶋にはわからない。というかわかりたくもない。
「そうなんすかね? まぁ、希少部位ならいいんじゃないんスか?」
とぶっきらぼうに応える。
藤嶋は以前、この羽鳥凛鈴に無礼を働いた人間がどうなったかを見聞きしていることもあり、他の依頼人とは違った理由でお近づきになりたくはないと思っている。
にも関わらず、彼女はやたらとフレンドリーに絡んでくるので、どうあしらったものかと毎回頭を悩ませるのだった。
不況を買ったらどうなるか……考えたくはない。
ふとキッチンを見やれば、朝方なにかをまた調理していたのか、芳しい香りの立ち昇る鍋が目に入る。
思わずその匂いを堪能したいという思いが頭をもたげるが、即座に思い直す。
あの鍋の中身はなんだ? 前回自分が運んだ肉だろう。なら、その肉の出処は?
本音を言えば息さえ止めておきたいくらいである。
何度か彼女の調理する風景や完成した料理を見たこともあるが、そのたびに食欲が刺激されるのが困りものだ。
あんな肉を見て食欲が湧くなど……
「……では、自分はこれで」
一通りの検品が終わったところで、いつものように部屋を辞する。
一連の配送が終われば、これでようやく休みになる。緊急の案件がなければ、次の配送は翌々日だ。中身は確か不法投棄。しかもただのゴミだ。
ガラ運びだの、その証拠隠滅がてらの食肉配送と比べたら大分マシか。
相変わらずの雨だが、コレで少しは心も現れるというものである。
「いつもありがとうね。あ、そうだ。これからお昼ご飯なんだけど、よかったら一緒に……」
「いえ、仕事中ですので」
尚、食事の誘いには絶対に乗らない。




