第十六話 Angly Hungry
本日も2話構成となっております。
それは、いつもの肉の配達。そう思って開けた皮袋の中身を見て、羽鳥凛鈴は一切のためらいもなく包中物を地面に打ち捨てた。
「……ねぇ。これは何?」
普段であれば、産地や銘柄のラベルこそ無いもの、食用肉然としたパッケージが詰め込まれているのだが、今ぶちまけたモノはそれとは全く違う趣をしていた。
「え? ちょっと、これ……」
満足に保冷がされておらず、若干の汁気を伴った、乱雑なラップ巻の何か。サイズもバラバラなそれは段ボールの中に無造作に詰め込まれていたのだ。
普段であれば絶対に起こらない、雑な仕事の証明である。
自分の運んできた荷物にそんな不備があるとは露知らず、配達の男は青ざめる。
「そんな馬鹿な! 間違いなくいつもの業者から……」
うろたえる男を余所に、凛鈴はぶちまけたブツの中から一つ、無造作に取り出し梱包を剥ぐ。
その瞬間に広がる微かな甘い香りと、それらを押し流す薬品の臭い。
中身は大凡食用には向かない、特別な処理を施されたものだった。
表皮はそのまま、一部は骨もついている。しかし、コレを捌いたところで食用にはならない。
「……ひどい冒涜もあったものね。コレは食べるためのものじゃないわ。これは保管し管理されるものね」
保管、その意味が保存食ではないことは人目でわかった。
それでも、この”肉ではないもの”の正体が気になる凛鈴はそれらの枝肉のような塊をためらいなく捌いていく。すると、出るわ出るわの非可食部位の山。
配達員もこのままで不味いと、取り敢えずぶちまけられたラップと他の段ボールも開梱していく。
結果はどれも似たようなもので、いつもの風景とは異なった、生々しい代物が並ぶ。
どれも一様に乱雑に裁断され、加工処理もされずにラップに包まれた肉片。所々に金属片や樹脂、シリコン、などの不純物が見え隠れする。
チタン製の人工骨が骨格のように残り、自動体外部装置の断片が腱に絡むようにこびりついていた。皮膚代わりのシリコンは、粘着質の薄膜となって肉片を覆っている──大凡それは食材などとは呼べない、冒涜的な何かだった。
そのあまりの状態の悪さに、凛鈴の包丁の動きが怒りを帯びていく。
「薬品、保存液、防腐処理……やる気のない洗浄……どれかひとつならまだしも、全部じゃないの!」
ひとつひとつのインプラントをまるで「異端審問」のように摘出していく。
「……私はお肉が大好き。でも、なんでもいいってわけじゃない。ねぇ、コレは一体何なの?」
どう考えても異常事態。とはいえ、依頼といえば受け取った荷物を決められた場所に運べ。それしか聞かされていない彼にとって、何が何やらといった感じである。
「……そういえば、今日は出荷担当が違っていました。もしかして……」
何かを思い出したかのように呟く男。しかし、そんな事情などは彼女の知ったことではない。
「そういう内輪の話は私は知らない。私はただ肉を食べるだけ」
ばっさりとそう切り捨てると、凛鈴は捌ききった肉を更に並べて静かに差し出す。皿の傍らに並べられたのはインプラントの残骸が添えられた。
「これを“肉”と呼ぶなら、せめて自分で味見してから、もう一度言いに来なさい」
そう言って彼女はいつものようにレトロな電話の受話器を手にする。
配達員の彼は渡された皿と共に、手つかずだったそれらを再び段ボールに戻して、中身が外気に触れないよう、厳重に再梱包する。
流石になにかヤバいことに巻き込まれたかと、始終冷や汗を流しながら、彼は部屋を辞した。
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数日後、配達員が再びやってきた。 その表情は完全に疲れ切ってはいるものの、どこか安堵したような表情だった。
「元ルートは、先日廃棄となりました。受付と加工担当と出荷元、すべて刷新されて新しい人員が就きましたんで、今後は多分大丈夫です」
そう言って持ち込まれたのは、通常の二倍量はあろう段ボールの山。
いつもと変わらない、商品表示もなければ分類もない。無味乾燥な箱の山。
「責任は、この通り……取らせていただきました」
そう言って、箱の一つを開ける配達員。中に詰められていたのは正に、彼女に調理してもらうために誂えられた肉の数々。
すべての部位を欠けること無く揃えたフルパッケージだった。
それに気を良くした凛鈴は、目を細めながらその一つを手にとって。
「そうね。そういうことならありがたく受け取っておくわ」
その一言で肩の荷が降りたのか、安堵の色をより濃くして、軽く笑みを浮かべる配達員。
「……そう言ってもらえて何よりです。それと、こちらも……心ばかりのお詫びだそうです」
段ボールとは別にもう一つ、小さな小包も凛鈴へと手渡される。
「へぇ、これはいいものね」
その中身は真新しいキッチンナイフセット。これも先日、食品以外のものを調理させたお詫び、ということらしい。
「……いい刃ね。今度こそ、本当に“料理”ができそうだわ」
そうして肉の開梱し冷蔵庫への詰め込むと、いつものように早々と配達人は部屋を後にした。
−−−
「さて、どうしてくれようかしら? あの不快感、屈辱は」
謝罪は受けた。内部のごたつきに巻き込まれた形なので、あの配達員やいつもの業者にもそこまで非があるわけじゃなかったらしい。
しかし、あの加工業者に肉に非ざるものを供されたことはそれなりに怒りとなって、凛鈴の内心を焦がすように燻り続けていた。
なので、その炎は肉へとぶつけることにした。真新しい包丁でブロックの部位を次々とぶつ切りにしては串に刺し、それを何本も並べていく。
そこに塩、胡椒、にんにく、ナツメグなどをまぶして揉み込んでいけば下拵えの完成。
後は庭に常設されている特製のバーベキュースペースでじっくりと焼く。
いつものように高級備長炭を組み上げ、火種を仕込んでブロワーで風を送り込み、炎が落ち着いたところで串肉を並べ、じっくりと焼き上げていく。
片面に火が入れば串を回し、火が通ったらまた回し。
そうしてある程度の焼目が出来たら、表面を削ぎ落とすように切り分け、串は再び火の上に戻す。
切った肉にはトマト、パプリカ、ピーマン、玉ねぎを刻み、ワインビネガーとオリーブオイルで漬け込んだモーリョ(野菜の酢漬けソース)をかけてシュラスコスタイルでいただく。
目線は炭焼きの上の肉から離さず、そのまま肉を掻き込む凛鈴。やや若さが抜けて入るが、解体や下処理は完璧な仕上がりで、熟成も悪くない。
これこそが本来凛鈴が求めていたものなのである。
前回持ち込まれたような肉以下のモノなど、食に対する冒涜であると同時に、凛鈴に対する侮辱でもある。
串が空いたら、また次の肉をゴロゴロと刺して、焼いては切り、食べては切って……
「……少しは敬意を持って調理するコトのありがたさをわかって頂けたかしら」
誰ともなく呟く。今日は隣人の乱入も無く、この場にいるのは凛鈴一人。
時折、落ちた脂の燃える音、炭の爆ぜる音、金属の串とナイフが当たる音。それらの奏でる音楽な中、彼女はひたすら肉を貪るように食べ続けた。




