第十一話 冷製ハートフル
いつものように、玄関内に山と積まれる段ボール。
その梱包を開きながら羽鳥凛鈴は一喜一憂しながら品定めをしていた。
そんな中、パックされた一つの部位が彼女の目を引く。
「今日はなかなか状態の良い子がいる」
彼女が手にしたのは、綺麗に真空パックされた小ぶりの臓物肉。白とピンクのコントラストが美しいハート型を彼女はうっとりしながら眺めていた。
「……そうなんすかね? 自分にはよくわかりませんが」
配達員がぼそりと呟くと、凛鈴は微笑みながら頷いた。
「そう? でも、これは嬉しい。最近はこんなにきれいな希少部位ってなかなか来なかった」
凛鈴の言葉に、配達員の眉がぴくりと動いた。競合の多い部位はいくつかあるが、上質なものは高値で取引されることも多く、なかなか凛鈴の口に入ることはない。
また、凛鈴の定期便に入ることはあってもそれは売れ残りの粗悪品ということも多く、何かと妥協させられることも少なくなかった。
「――心臓、とても綺麗。皮膜に破損もなく、血管もまっすぐ。これは大事に煮込んであげないと」
凛鈴は、パック越しに臓器へ優しく指先をすべらせる。 そして大事に脇へ避けると次の部位を手にし、
「……ああ、でも腸のほうは、少し荒れてる。たぶん外から相当叩かれてる……可哀想」
小さく溜息をついた凛鈴だが、すぐに平常の笑みに戻った。
「まぁ、今日は当たり? いつもありがとうね」
「……それが仕事なんで」
そうぶっきらぼうに返す配達員。しかし彼は少なくとも、自分が運んできた肉の品評なんぞ聞きたくないし、何なら早くこの場を辞したい気持ちでいっぱいだ。
なのでいつも手際よく運び入れ、回収物を素早くまとめると、部屋を後にする。
「よかったらごはんでもどう?」
「……仕事中ですので」
もちろん、晩餐のお誘いはいつでもキャンセルする。
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折角の上質な逸品。できれば長く味わいたいということで、このハツはコンフィにすることに決めた。
パッケージから取り出されたハツは切開も必要ないほど、滑らかで完璧な表皮。
処理の手際は完璧で血の筋もない。まさに「生命の根源」とも言えるような臓器の美しさにに、凛鈴は静かに目を細める。
「本当に、よく整った子……」
そんなきれいな形を活かして置きたい気もするが、そこはやはり食べやすいように切り分けることにした。
まずは大きく切り開いて、中の確認。血抜きは完璧だったようで、汚れはほとんど無かったが、念の為塩揉みした後、流水で揉み洗いしてから水気をしっかりと拭き取る。
表面がきれいになったら食べやすいサイズにカットしていき、密閉袋へと入れていく。
一緒に入れるスパイスは塩胡椒にローズマリー、セージにイタリアンパセリなど。最後にローリエを1枚添えてから袋ごと揉み込んで味を均す。
最後にオリーブオイルを注いでしばらく寝かせれば下準備は完了。
「まずはしっかりと休んで……優しく、ね」
続いて次の料理に取り掛かる。
先程のハツも扱いは繊細だったが、こちらの肩肉と腸の部位を扱う凛鈴の手は、どちらかと言えば慎重だった。
モツの表面に、かすかに擦れたような跡。 血管の走る筋がところどころ千切れて、腸壁には斑のような色ムラ。
「あらあら……ずいぶん乱暴な扱いね」
硬い肉は叩くものとは言うが、これは調理のための叩きとは別物だ。
位置も力加減も全く均等ではないまばらな圧痕に、わずかに眉を寄せつつ、肉を丁寧に掃除していく。
「このままじゃ食感が悪くなるわね。そうだ、リエットにしましょう」
そうしてメニューが決まったところで、肩肉とホルモンを細かく刻んでいく。
ホルモンは身の部分と脂を分け、肩肉は身と筋を分け、配合を整えてからフライパンで焼き上げていく。
使う調味料はワインに黒胡椒にローリエ。隠し味にエシャロットとブイヨンもプラス。
塩で味を整えつつ、焦げないよう気をつけながら弱火で煮込み続ける。
そこからやがて一時間ほどその作業を繰り返したら、火を止めて粗熱をとる。
冷めたらブレンダーで撹拌し、滑らかな感触となったら完成だ。
寝かせていたコンフィはこのまま一晩落ち着かせるために、一足先に冷蔵庫へ。
「おやすみなさい、また明日ね」
と優しく呟く。
出来上がったリエットはあらかじめ煮沸消毒した瓶へと注ぎ入れ密閉。
「ふふ、とても綺麗よ」
まるで宝石でも眺めるかのような恍惚とした表情を浮かべながら、リエットの瓶を愛おしそうに抱え、名残惜しそうに冷蔵庫へとしまう。
そして翌日。
じっくりと調味液に浸ったコンフィを冷蔵庫から取り出し、袋のまま鍋へと投入。
鍋底に袋が触れないように、全体に火がしっかりと通るように、繊細に。
温度管理も忘れてはいけない。熱すぎず冷たすぎず、70℃の温度を保ちながらゆっくりと火を入れる。
ここで間違えばすべてが徒労に終わってしまう。そんな事になれば、折角の上質な食材に対する冒涜となってしまう。彼女にとってそれは決して許されない。
加熱が終われば火を止めて今度は予熱でしばらく放置。それが終われば鍋から引き上げ、覚めるまで更に放置。
「あぁ、どこまでも焦らしてくるのね。楽しみだわ」
焦がさぬよう、壊さぬよう、静かに時を待つ――それだけが、彼女の祈りだった。
やがて時が来た後は出来上がったコンフィも、煮沸済の瓶へと詰めていく。
ゆっくりと流し入れ、断面を見せるように配置する。
「あなたもとても綺麗。これで長く楽しめるわ……」
リエットの時と同じく、こちらも愛おしそうにうっとりとした表情で瓶詰めを眺める。
オリーブオイルの琥珀色とハツの暗褐色のコントラスト、まるで医学標本のような冷ややかな美しさ。
整った血管。うっすら透ける繊維。白く浮く香草の切れ端と、脂の膜が固まり始めて鈍い光を放っているようにも見えた。
それは命の灯火を失ってなお、光り輝くかのようである。




